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第1章「幼少期~小学生の日々」
第1話「オッサンのビギンズナイト」
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(今日こそ俺はぁ~、やるぞぉ! やるぞぉ! やるぞぉ!)
人生初彼女は30歳の時のみ。デートを5度程して部屋でキスまでいったものの別れた。別れた原因については、俺ごときの恋愛経験値ではわからなかった。
ある友人は、部屋でキスまでしたんなら男を見せるべきだったという。またある友人は、そもそも家に連れ込んだのが間違いだという。そしてさらに別の知人は、狭いアパートにケチった交通費……金が無いのがバレたのだろうとのこと。
結局わからなかった。なぜならその一か月後に少し会ったのを最後に、彼女とは音信不通になってしまったからだ。自然消滅というやつだ。
ちょうどその頃の俺は、自身の持病の発覚、身内の不幸とそれに伴う転居の話などで頭がいっぱいになっており、結局そのまま連絡を取ることはなかった。
そしてそれから20年。
50歳になった俺、「熊山三四郎」は友人の知り合いで出会った女性「沢井七海」と新たにお付き合いを始めていた。
久しぶりの彼女、七海はとても優しく、物静かな女性だった。デートも落ち着いていたし、ゆっくりとした時間が流れていた。
彼女の年齢は30歳。つまり、俺とは20歳差のカップルということになる。奇しくも俺が最初に彼女ができた年と同じだ。
最初は、こんな若い子が俺と付き合うことを申し訳なく思ったり、話や趣味が合うだろうかと悩んだりしたけど、七海とはすぐに意気投合した。
デートは映画を観に行ったり、博物館へ行ったり、あるいは動物園や水族館へも行った。また時には海辺にドライブに行って海を眺めたりもした。
前回の彼女と同じく、キスまではした。……あれから、1ヶ月。今日こそはと自分を奮い立たせる。
鏡で自分の姿を見る度に老いを感じるし、七海と一緒に写っている写真を見ると、まるで親子のようにも見えた。
その度に自信を無くしてしまっていたけど、俺は自分を奮い立たせる。これ以上、情けない姿を見せるわけにはいかない。ここは年上の男として、七海にいいところを見せなければならない。
俺は、彼女を迎えに七海の住むマンションへとやってきた。
「いらっしゃい、しろちゃん」
「おじゃまするよ、七海」
出迎えてくれた七海の笑顔は、とてもかわいかった。思わず抱きしめたくなるが……ここは大人の余裕を見せなければならない。2人で手を繋いで出かける準備をする。玄関で靴を履いていると、七海が後ろから抱き着いてきた。
「しろちゃん……好きです」
そう言って俺の背中に顔を埋めてくる七海。俺は振り返って彼女の頭を撫でながらそれに答える。
「俺もだよ。……でもどうしたの? 急に」
俺が尋ねると、彼女は顔を上げて微笑んだ。
「ううん。一緒にいられて幸せだなぁ……って! ふふ」
七海はそう言い終わると、今度は正面から抱き着いてきた。俺はそれに答えて彼女を抱きしめる。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
七海は、まるで太陽のような笑顔を俺に向けてくれる。こんな幸せを感じられる日が来るなんて、1年前の俺に言っても絶対に信じなかっただろうなぁ……そう思いながら、俺たちはマンションを出発した。
「しろちゃん、旅行楽しみだね!」
七海は腕に抱き着きながらそう聞いてくる。柔らかい胸が腕に当たってとても心地よい。俺はそれにドギマギしながらも、余裕のあるふりをしてうなずく。
「うん。1泊2日だけど、日中は観光地巡りをして、夜は旅館だからね。七海と旅行できると思うと嬉しいよ」
俺がそう言うと、七海は頬を赤らめて
「も~しろちゃんったら……恥ずかしいこと言わないでよ~」
と言ってきた。
俺はそんな七海を見て微笑む。
「いいじゃん、本当のことだからさ。たくさん思い出作ろうな」
「う、うん……」
七海は恥ずかしそうにしながらも、俺の腕にさらに強く抱き着いた。俺はそんな彼女の頭を撫でてやる。七海は嬉しそうな表情を浮かべていた。
こんなに可愛い七海だけど、なんでも俺が人生初彼氏らしい。
そんなバカなと思ったけど、彼女曰くこの2年間でファッションやヘアスタイルに気を使うようになったのだという。
中学生の時に父親を亡くし、大学生の時には母も亡くした。そして大学を中退して以降、彼女は引きこもり同然になり、身内である妹や祖母以外とも話をする機会が無くなったのだという。
だけど、従妹が結婚したのを見て一念発起。自分もいつか好きな人を見つけて結婚したいと思うようになり、自分磨きを始めたらしい。
そんな時に知り合いを通じて出会ったのが俺だ。俺からすると出会った時から可愛いと思っていたけど、たしかに半年前に出会った当時の写真と比べると、今の彼女はより一層魅力的になっているように感じる。
俺にはもったいない女性だと思う。だけど……だからこそ、彼女がこの先も一緒にいたいと思える男になるんだ!
旅行先の観光地では、七海のいろんな表情を見ることができた。
一緒に写真を撮ったし、お土産もたくさん買った。そびえる城を見上げて目を輝かせていたし、展望台から見る景色に感動していた。
夕方になり温泉に着くいた俺たちは、まずは温泉に浸かって、その後に夕食を楽しむ。露天風呂からの景色は最高だった。
そして夕食。旅館で食べる食事はどれもとてもおいしく、そして七海と一緒に食べるとより美味しく感じた。
食事を終えて部屋に戻ると布団が2つ並んで敷かれていた。それを見た七海が頬を赤らめているのを見て俺もドギマギする。だけど、今日は七海と初めての旅行だ! ここで俺がヘタレるわけにはいかない!
俺は覚悟を決めて布団の上に座る。そして七海を手招きした。彼女は少し驚いた後、ゆっくりと俺の元へとやってきて、俺の前で正座をする。俺も彼女の正面で正座をした。そして……。
「……七海」
「しろちゃん……」
俺たちは見つめ合う。そしてそのままキスをした。何度も何度も……。お互いに見つめ合うと照れくさくて笑ってしまう。彼女の目にこの50の俺がどんなふうに見えているんだろう……。
それから七海は俺の手を取ると、それを自分の胸へと導いてきた。心臓がバクバクと高鳴っているのを感じる。緊張しているのは俺だけじゃないんだ……七海も精一杯なんだ! そんな七海がいとおしいと思った俺は、彼女を優しく布団の上に押し倒した。そしてもう一度キスをする……。
「……しろちゃん」
「ん?」
「……好き」
「……俺もだよ」
俺は彼女に覆いかぶさる。七海は恥ずかしそうにしながら俺を見つめている。俺はそれから目を離さずに、彼女の浴衣を脱がせていく。七海は顔を赤くしながらも、抵抗するそぶりはなかった。そして……
「……しろちゃん」
「ん?」
「手……」
「え?」
「……繋いでほしいな」
七海にそう言われて、俺は右手で彼女の左手を握ってやる。すると彼女は俺の左手に指を絡めてきた。俺もそれに応じて絡めた指を強く握り返してやる。七海は安心したような表情を浮かべると、ゆっくりと目を瞑った。
俺はそれを見届けてから、彼女にキスをした……。
最初はお互いぎこちなくて、ぎこちなかったけど、気が付くとお互いに笑っていた。そして……七海は言ったんだ。
「……しろちゃん」
「ん?」
「……ありがとう。私を選んでくれて……」
そう言って微笑む七海に俺は言った。
「それは俺のセリフだよ。俺を受け入れてくれて、ありがとう」
すると彼女はまた笑ってくれた。俺もそれにつられて笑う。
「じゃあ……いくよ七海。痛かったら言ってくれ。できるだけ優しくするから……」
俺がそう言うと、彼女は小さくうなずいた。
「……きれいだ」
思わずそう口にしていた。それは俺の素直な感想だった。七海の体はとても美しかったのだ……。
俺はもはや我慢できなかった。七海の体に触れようとしたその時、彼女の手が俺の手に重ねられた。
「しろちゃん……私は大丈夫だから……」
その一言で、俺の理性は崩壊した。そして俺は七海の首筋に吸い付いた。
……その、直後。
凄まじい揺れが旅館全体を襲う。俺たちが驚く間もなく、館内の緊急放送が鳴り響く。
「緊急地震です! 強い揺れにご注意ください!!」
その直後、大きな音を立てて部屋全体が揺れる。……そして、七海の悲鳴が響き渡った。俺は慌てて彼女を抱き寄せる。だがすぐに床が裂け、天井が降って来た。
七海と目が合う。恐怖と絶望で、彼女の目は涙に濡れていた。俺はそんな七海を安心させようとして……。
「大丈夫! 俺がいるから!」
と叫んだ直後だった。俺の背中に強い衝撃、そして自分たちの体が落ちていくのを感じる。
(今日は人生で一番幸せな時間だった。それなのにどうしてこんなことに……)
最後に目に映ったのは、目を見開いて口から血を流し、力なく俺に抱かれる彼女の虚ろな瞳だった。
「ここは……どこだ……? 何もない闇……暗く、冷たい世界だ」
俺は気が付くとそんな場所にいた。俺以外には何もない。どこまで行っても闇が広がるばかり。どれくらい歩いただろう。ただ、ここを出るのなら足を止めてはいけないと思った。ひとたび足を止めれば、自分が前に進んでいるのかどうかさえわからなくなりそうだったからだ。
「誰か……いないのか」
俺は思わずそうつぶやく。しかしその声に応える者はいない。
その名を呼んでしまったら、絶望で気がおかしくなってしまいそうで我慢していたけど……。……もう我慢の限界だ。彼女はどこにいるんだ?
最後に見た彼女の虚ろな目……まさか……そんな……。
「七海っ!! 七海っ!! 返事をしてくれよ! 七海っ!!」
俺は我を忘れて叫んだ。そして膝から崩れ落ちてしまう。進まなければ何も始まらないと立ち上がって歩き出す。
何度も何度も彼女の名前を叫んだ。
「七海……どこにいるんだ」
俺は途方に暮れて呟く。自分の声が反響すらしないこの場所は、いったいどこまで、そしてどこに続いているんだろう。
そうか……これは俺への罰なのかもしれない。誰かに助けてもらってばかりの人生だった俺に対する。だとしたら、ここはやはり地獄なのか?
そう考えて首を振る。
そうだとしたら、七海は関係ないじゃないか……。これまで苦しく寂しい思いをしてきて、ようやく新しい人生を歩み始めたばかりなのに。彼女が……死んでいいわけがない!
俺は必死に七海の姿を探した。そして、ふと手に何かを持っていることに気が付いた。それは……
「これは……」
見覚えのあるものだった。そう、それは彼女がいつも身に着けていたネックレスだ。俺がプレゼントしたものだ。それを目にした瞬間、俺の目からは涙がこぼれる。
「……七海」
もう会えないのか? あの笑顔を見ることは二度とできないのだろうか? そんなの嫌だ! 絶対に認めない!!
(そうだ……まだ諦めるな)
俺は涙を拭って前を向く。例えこの歩みが終わりのない徒労だったとしても、彼女の笑顔を覚えているうちは、歩みを止めてはいけない。俺は必ずこの地獄から生還してみせる。
そして七海を探し出し……一緒に帰るんだ! それからどれくらい歩いただろう。前方にぼんやりとした光が見えるのを感じた。それは気のせいか? いや、違う! 確かに光っている! 俺は急いでその光の方へと駆け出した。そしてとうとう見つけたんだ……明かりを!!
(やったぞっ!!)
俺は喜びの声を上げた。
しかし、その声はすぐに消え去ってしまう。なぜなら……目の前に現れた光景を見たからだ。
「なんだこれは……」
そこには俺たちが泊まった旅館が跡形もなく崩れ去り、海には旅館の瓦礫が浮かんでいる光景だった。
唖然とする俺の背後から男の声が聞こえた。
「あの空間を抜けたんだね……これは驚きだ。どう、見えるかい? あれは君が死んだ場所だよ」
振り返るとそこには一人の男が立っていた。その顔はフードを被っていてよく見えないが、口元を見ると微笑んでいるように見える。そして男の言葉を理解した瞬間、俺の心は激しい怒りに支配された。
「お前が……やったのか!?」
俺は目の前の男に向かって叫ぶ。すると彼は笑いながら言った。
「何故そう思うのかな? 僕は君を殺す動機がないじゃないか」
「ふざけるな! お前が旅館の地震を誘発させたんだろ!? そうとしか考えられないんだよ!」
俺は男に詰め寄る。
しかし、彼は動じた様子もなく言った。
「……短絡的だね。怒りで我を忘れているようだ」
そう言って、男は俺を蔑みの目で見る。そして続ける。
「あれは本当にただの事故さ。僕はその惨状と被害の大きさを見に来ただけ」
その時初めて築いた。この男は宙に浮いている。……いや、この男だけじゃない。俺も同じように宙に浮いている。
「なっ!? なんだこれっ!?」
俺は思わず声を上げた。すると男は笑う。
「君は今、魂だけの存在だ。……言ったろう? 君はすでに死んだのさ。じき、魂の楽園からお迎えが来るだろうさ」
「ふざけるな!! 七海はどうなった!? 無事なのか!?」
俺の問いに男はまた笑う。……それはどこか不気味さを感じさせるものだった。俺は恐怖を覚えながらも、どうにか震える声で尋ねる。
「……答えろよ」
「君は知っているはずだ。だって……その目で見たんだろう? 彼女は君と同じ……つまり死んだよ」
「っ!!」
俺は言葉を失った。
そして同時に理解する……七海はもうこの世にいないことを。俺の心は完全に折れてしまった。もう何も考えられない。
ただ、涙だけがとめどなく流れるだけだった。
そんな俺に対して男は言う。
「……この世は輪廻。いずれ彼女とはまた巡り合うこともあるだろう。そんなことより君、転生に興味は無いかな?」
「え?」
俺は男を見る。男はニヤリと笑ったまま俺を見つめている。その目は笑ってはいなかった。俺は直感した……この男は危険だと。しかし、俺の体は動かないままだった。
「僕は君たちが言うところの神ってやつだ。君にチャンスを与えようと言っているのだ」
「……チャンス?」
「そうさ。君はあの常人なら諦めたり、発狂したりするあの闇の中を歩いて抜けて来た。正直、驚いたよ。さて、どうする?」
そんなの決まっているじゃないか……七海がいない世界なんて、もうどうだっていいんだ。俺は力なく答えた。
「……七海がいないんじゃ生きていたって……死んでいたって変わらない……あんたの好きにしていい」
「いいだろう。君の勇気に免じて、僕が君に新しい人生をプレゼントしよう。君ならきっと……」
そこで男の声は途切れる。そして次の瞬間、俺は光に包まれていくのを感じた……。
目が覚めると見知らぬ天井が目に入る。俺が寝ていたのはどこかのベッドのようだ。どうやら助かったようだ。
そう思った瞬間、俺は七海の事を思い出してベッドから降りようとした……その時だ!
(あれ……やけに体が重い……それに頭もうまく回らない……)
俺は自分の体調の悪さに驚いた。だが、すぐにその理由に気づくことになる。
そう……今の俺は赤ん坊になっていたのだ!
「あうあうぅ~(嘘だろ……)」
思わず声が出る。
その声はとても幼いもので、ハッキリと言語を話すことができない。俺は慌てて自分の手を見る。そこにはぷっくりと柔らかい小さな手が握られていて、さらに視線を下げるとその体は裸だった。
「あぁ、可愛い!」
そう言いながら俺を覗き込む若くて綺麗な女性。この人は誰だろう。……いや、こんな愛おしそうに自分のことを見つめているのだ。間違いなくこの赤ん坊の……つまり俺の母親なんだろう。
「あぁ、本当に可愛い……私たちの子ね」
そう言って俺を抱きしめる母。
その後ろには父であろう若い男性の姿もあり、彼もまた俺を見て微笑んでいる。
俺は両親のことを知らないが、この人たちならきっと幸せになれるのだろう。そんな根拠のない確信があった。
「そうだ、名前を教えてあげないとね」
そう言って母は俺を抱き上げると、優しく頭を撫でてくれた。
「あなたは今日から雄飛よ。よろしくね、私たちの可愛い子」
雄飛、それが俺に与えられた名前だ。
そしてこの日から俺の新しい人生が始まったんだ……。
俺を転生させた神が言っていた。"この世は輪廻。いずれ彼女とはまた巡り合うこともある"と。きっと彼女もこの世界のどこかに転生しているに違いない。もっとも、俺のように記憶がある可能性は低いだろうけど。それでもいつか必ず、生まれ変わった七海に会ってみせる。
そして必ず見つけ出して……今度こそ守り抜くんだ!
人生初彼女は30歳の時のみ。デートを5度程して部屋でキスまでいったものの別れた。別れた原因については、俺ごときの恋愛経験値ではわからなかった。
ある友人は、部屋でキスまでしたんなら男を見せるべきだったという。またある友人は、そもそも家に連れ込んだのが間違いだという。そしてさらに別の知人は、狭いアパートにケチった交通費……金が無いのがバレたのだろうとのこと。
結局わからなかった。なぜならその一か月後に少し会ったのを最後に、彼女とは音信不通になってしまったからだ。自然消滅というやつだ。
ちょうどその頃の俺は、自身の持病の発覚、身内の不幸とそれに伴う転居の話などで頭がいっぱいになっており、結局そのまま連絡を取ることはなかった。
そしてそれから20年。
50歳になった俺、「熊山三四郎」は友人の知り合いで出会った女性「沢井七海」と新たにお付き合いを始めていた。
久しぶりの彼女、七海はとても優しく、物静かな女性だった。デートも落ち着いていたし、ゆっくりとした時間が流れていた。
彼女の年齢は30歳。つまり、俺とは20歳差のカップルということになる。奇しくも俺が最初に彼女ができた年と同じだ。
最初は、こんな若い子が俺と付き合うことを申し訳なく思ったり、話や趣味が合うだろうかと悩んだりしたけど、七海とはすぐに意気投合した。
デートは映画を観に行ったり、博物館へ行ったり、あるいは動物園や水族館へも行った。また時には海辺にドライブに行って海を眺めたりもした。
前回の彼女と同じく、キスまではした。……あれから、1ヶ月。今日こそはと自分を奮い立たせる。
鏡で自分の姿を見る度に老いを感じるし、七海と一緒に写っている写真を見ると、まるで親子のようにも見えた。
その度に自信を無くしてしまっていたけど、俺は自分を奮い立たせる。これ以上、情けない姿を見せるわけにはいかない。ここは年上の男として、七海にいいところを見せなければならない。
俺は、彼女を迎えに七海の住むマンションへとやってきた。
「いらっしゃい、しろちゃん」
「おじゃまするよ、七海」
出迎えてくれた七海の笑顔は、とてもかわいかった。思わず抱きしめたくなるが……ここは大人の余裕を見せなければならない。2人で手を繋いで出かける準備をする。玄関で靴を履いていると、七海が後ろから抱き着いてきた。
「しろちゃん……好きです」
そう言って俺の背中に顔を埋めてくる七海。俺は振り返って彼女の頭を撫でながらそれに答える。
「俺もだよ。……でもどうしたの? 急に」
俺が尋ねると、彼女は顔を上げて微笑んだ。
「ううん。一緒にいられて幸せだなぁ……って! ふふ」
七海はそう言い終わると、今度は正面から抱き着いてきた。俺はそれに答えて彼女を抱きしめる。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
七海は、まるで太陽のような笑顔を俺に向けてくれる。こんな幸せを感じられる日が来るなんて、1年前の俺に言っても絶対に信じなかっただろうなぁ……そう思いながら、俺たちはマンションを出発した。
「しろちゃん、旅行楽しみだね!」
七海は腕に抱き着きながらそう聞いてくる。柔らかい胸が腕に当たってとても心地よい。俺はそれにドギマギしながらも、余裕のあるふりをしてうなずく。
「うん。1泊2日だけど、日中は観光地巡りをして、夜は旅館だからね。七海と旅行できると思うと嬉しいよ」
俺がそう言うと、七海は頬を赤らめて
「も~しろちゃんったら……恥ずかしいこと言わないでよ~」
と言ってきた。
俺はそんな七海を見て微笑む。
「いいじゃん、本当のことだからさ。たくさん思い出作ろうな」
「う、うん……」
七海は恥ずかしそうにしながらも、俺の腕にさらに強く抱き着いた。俺はそんな彼女の頭を撫でてやる。七海は嬉しそうな表情を浮かべていた。
こんなに可愛い七海だけど、なんでも俺が人生初彼氏らしい。
そんなバカなと思ったけど、彼女曰くこの2年間でファッションやヘアスタイルに気を使うようになったのだという。
中学生の時に父親を亡くし、大学生の時には母も亡くした。そして大学を中退して以降、彼女は引きこもり同然になり、身内である妹や祖母以外とも話をする機会が無くなったのだという。
だけど、従妹が結婚したのを見て一念発起。自分もいつか好きな人を見つけて結婚したいと思うようになり、自分磨きを始めたらしい。
そんな時に知り合いを通じて出会ったのが俺だ。俺からすると出会った時から可愛いと思っていたけど、たしかに半年前に出会った当時の写真と比べると、今の彼女はより一層魅力的になっているように感じる。
俺にはもったいない女性だと思う。だけど……だからこそ、彼女がこの先も一緒にいたいと思える男になるんだ!
旅行先の観光地では、七海のいろんな表情を見ることができた。
一緒に写真を撮ったし、お土産もたくさん買った。そびえる城を見上げて目を輝かせていたし、展望台から見る景色に感動していた。
夕方になり温泉に着くいた俺たちは、まずは温泉に浸かって、その後に夕食を楽しむ。露天風呂からの景色は最高だった。
そして夕食。旅館で食べる食事はどれもとてもおいしく、そして七海と一緒に食べるとより美味しく感じた。
食事を終えて部屋に戻ると布団が2つ並んで敷かれていた。それを見た七海が頬を赤らめているのを見て俺もドギマギする。だけど、今日は七海と初めての旅行だ! ここで俺がヘタレるわけにはいかない!
俺は覚悟を決めて布団の上に座る。そして七海を手招きした。彼女は少し驚いた後、ゆっくりと俺の元へとやってきて、俺の前で正座をする。俺も彼女の正面で正座をした。そして……。
「……七海」
「しろちゃん……」
俺たちは見つめ合う。そしてそのままキスをした。何度も何度も……。お互いに見つめ合うと照れくさくて笑ってしまう。彼女の目にこの50の俺がどんなふうに見えているんだろう……。
それから七海は俺の手を取ると、それを自分の胸へと導いてきた。心臓がバクバクと高鳴っているのを感じる。緊張しているのは俺だけじゃないんだ……七海も精一杯なんだ! そんな七海がいとおしいと思った俺は、彼女を優しく布団の上に押し倒した。そしてもう一度キスをする……。
「……しろちゃん」
「ん?」
「……好き」
「……俺もだよ」
俺は彼女に覆いかぶさる。七海は恥ずかしそうにしながら俺を見つめている。俺はそれから目を離さずに、彼女の浴衣を脱がせていく。七海は顔を赤くしながらも、抵抗するそぶりはなかった。そして……
「……しろちゃん」
「ん?」
「手……」
「え?」
「……繋いでほしいな」
七海にそう言われて、俺は右手で彼女の左手を握ってやる。すると彼女は俺の左手に指を絡めてきた。俺もそれに応じて絡めた指を強く握り返してやる。七海は安心したような表情を浮かべると、ゆっくりと目を瞑った。
俺はそれを見届けてから、彼女にキスをした……。
最初はお互いぎこちなくて、ぎこちなかったけど、気が付くとお互いに笑っていた。そして……七海は言ったんだ。
「……しろちゃん」
「ん?」
「……ありがとう。私を選んでくれて……」
そう言って微笑む七海に俺は言った。
「それは俺のセリフだよ。俺を受け入れてくれて、ありがとう」
すると彼女はまた笑ってくれた。俺もそれにつられて笑う。
「じゃあ……いくよ七海。痛かったら言ってくれ。できるだけ優しくするから……」
俺がそう言うと、彼女は小さくうなずいた。
「……きれいだ」
思わずそう口にしていた。それは俺の素直な感想だった。七海の体はとても美しかったのだ……。
俺はもはや我慢できなかった。七海の体に触れようとしたその時、彼女の手が俺の手に重ねられた。
「しろちゃん……私は大丈夫だから……」
その一言で、俺の理性は崩壊した。そして俺は七海の首筋に吸い付いた。
……その、直後。
凄まじい揺れが旅館全体を襲う。俺たちが驚く間もなく、館内の緊急放送が鳴り響く。
「緊急地震です! 強い揺れにご注意ください!!」
その直後、大きな音を立てて部屋全体が揺れる。……そして、七海の悲鳴が響き渡った。俺は慌てて彼女を抱き寄せる。だがすぐに床が裂け、天井が降って来た。
七海と目が合う。恐怖と絶望で、彼女の目は涙に濡れていた。俺はそんな七海を安心させようとして……。
「大丈夫! 俺がいるから!」
と叫んだ直後だった。俺の背中に強い衝撃、そして自分たちの体が落ちていくのを感じる。
(今日は人生で一番幸せな時間だった。それなのにどうしてこんなことに……)
最後に目に映ったのは、目を見開いて口から血を流し、力なく俺に抱かれる彼女の虚ろな瞳だった。
「ここは……どこだ……? 何もない闇……暗く、冷たい世界だ」
俺は気が付くとそんな場所にいた。俺以外には何もない。どこまで行っても闇が広がるばかり。どれくらい歩いただろう。ただ、ここを出るのなら足を止めてはいけないと思った。ひとたび足を止めれば、自分が前に進んでいるのかどうかさえわからなくなりそうだったからだ。
「誰か……いないのか」
俺は思わずそうつぶやく。しかしその声に応える者はいない。
その名を呼んでしまったら、絶望で気がおかしくなってしまいそうで我慢していたけど……。……もう我慢の限界だ。彼女はどこにいるんだ?
最後に見た彼女の虚ろな目……まさか……そんな……。
「七海っ!! 七海っ!! 返事をしてくれよ! 七海っ!!」
俺は我を忘れて叫んだ。そして膝から崩れ落ちてしまう。進まなければ何も始まらないと立ち上がって歩き出す。
何度も何度も彼女の名前を叫んだ。
「七海……どこにいるんだ」
俺は途方に暮れて呟く。自分の声が反響すらしないこの場所は、いったいどこまで、そしてどこに続いているんだろう。
そうか……これは俺への罰なのかもしれない。誰かに助けてもらってばかりの人生だった俺に対する。だとしたら、ここはやはり地獄なのか?
そう考えて首を振る。
そうだとしたら、七海は関係ないじゃないか……。これまで苦しく寂しい思いをしてきて、ようやく新しい人生を歩み始めたばかりなのに。彼女が……死んでいいわけがない!
俺は必死に七海の姿を探した。そして、ふと手に何かを持っていることに気が付いた。それは……
「これは……」
見覚えのあるものだった。そう、それは彼女がいつも身に着けていたネックレスだ。俺がプレゼントしたものだ。それを目にした瞬間、俺の目からは涙がこぼれる。
「……七海」
もう会えないのか? あの笑顔を見ることは二度とできないのだろうか? そんなの嫌だ! 絶対に認めない!!
(そうだ……まだ諦めるな)
俺は涙を拭って前を向く。例えこの歩みが終わりのない徒労だったとしても、彼女の笑顔を覚えているうちは、歩みを止めてはいけない。俺は必ずこの地獄から生還してみせる。
そして七海を探し出し……一緒に帰るんだ! それからどれくらい歩いただろう。前方にぼんやりとした光が見えるのを感じた。それは気のせいか? いや、違う! 確かに光っている! 俺は急いでその光の方へと駆け出した。そしてとうとう見つけたんだ……明かりを!!
(やったぞっ!!)
俺は喜びの声を上げた。
しかし、その声はすぐに消え去ってしまう。なぜなら……目の前に現れた光景を見たからだ。
「なんだこれは……」
そこには俺たちが泊まった旅館が跡形もなく崩れ去り、海には旅館の瓦礫が浮かんでいる光景だった。
唖然とする俺の背後から男の声が聞こえた。
「あの空間を抜けたんだね……これは驚きだ。どう、見えるかい? あれは君が死んだ場所だよ」
振り返るとそこには一人の男が立っていた。その顔はフードを被っていてよく見えないが、口元を見ると微笑んでいるように見える。そして男の言葉を理解した瞬間、俺の心は激しい怒りに支配された。
「お前が……やったのか!?」
俺は目の前の男に向かって叫ぶ。すると彼は笑いながら言った。
「何故そう思うのかな? 僕は君を殺す動機がないじゃないか」
「ふざけるな! お前が旅館の地震を誘発させたんだろ!? そうとしか考えられないんだよ!」
俺は男に詰め寄る。
しかし、彼は動じた様子もなく言った。
「……短絡的だね。怒りで我を忘れているようだ」
そう言って、男は俺を蔑みの目で見る。そして続ける。
「あれは本当にただの事故さ。僕はその惨状と被害の大きさを見に来ただけ」
その時初めて築いた。この男は宙に浮いている。……いや、この男だけじゃない。俺も同じように宙に浮いている。
「なっ!? なんだこれっ!?」
俺は思わず声を上げた。すると男は笑う。
「君は今、魂だけの存在だ。……言ったろう? 君はすでに死んだのさ。じき、魂の楽園からお迎えが来るだろうさ」
「ふざけるな!! 七海はどうなった!? 無事なのか!?」
俺の問いに男はまた笑う。……それはどこか不気味さを感じさせるものだった。俺は恐怖を覚えながらも、どうにか震える声で尋ねる。
「……答えろよ」
「君は知っているはずだ。だって……その目で見たんだろう? 彼女は君と同じ……つまり死んだよ」
「っ!!」
俺は言葉を失った。
そして同時に理解する……七海はもうこの世にいないことを。俺の心は完全に折れてしまった。もう何も考えられない。
ただ、涙だけがとめどなく流れるだけだった。
そんな俺に対して男は言う。
「……この世は輪廻。いずれ彼女とはまた巡り合うこともあるだろう。そんなことより君、転生に興味は無いかな?」
「え?」
俺は男を見る。男はニヤリと笑ったまま俺を見つめている。その目は笑ってはいなかった。俺は直感した……この男は危険だと。しかし、俺の体は動かないままだった。
「僕は君たちが言うところの神ってやつだ。君にチャンスを与えようと言っているのだ」
「……チャンス?」
「そうさ。君はあの常人なら諦めたり、発狂したりするあの闇の中を歩いて抜けて来た。正直、驚いたよ。さて、どうする?」
そんなの決まっているじゃないか……七海がいない世界なんて、もうどうだっていいんだ。俺は力なく答えた。
「……七海がいないんじゃ生きていたって……死んでいたって変わらない……あんたの好きにしていい」
「いいだろう。君の勇気に免じて、僕が君に新しい人生をプレゼントしよう。君ならきっと……」
そこで男の声は途切れる。そして次の瞬間、俺は光に包まれていくのを感じた……。
目が覚めると見知らぬ天井が目に入る。俺が寝ていたのはどこかのベッドのようだ。どうやら助かったようだ。
そう思った瞬間、俺は七海の事を思い出してベッドから降りようとした……その時だ!
(あれ……やけに体が重い……それに頭もうまく回らない……)
俺は自分の体調の悪さに驚いた。だが、すぐにその理由に気づくことになる。
そう……今の俺は赤ん坊になっていたのだ!
「あうあうぅ~(嘘だろ……)」
思わず声が出る。
その声はとても幼いもので、ハッキリと言語を話すことができない。俺は慌てて自分の手を見る。そこにはぷっくりと柔らかい小さな手が握られていて、さらに視線を下げるとその体は裸だった。
「あぁ、可愛い!」
そう言いながら俺を覗き込む若くて綺麗な女性。この人は誰だろう。……いや、こんな愛おしそうに自分のことを見つめているのだ。間違いなくこの赤ん坊の……つまり俺の母親なんだろう。
「あぁ、本当に可愛い……私たちの子ね」
そう言って俺を抱きしめる母。
その後ろには父であろう若い男性の姿もあり、彼もまた俺を見て微笑んでいる。
俺は両親のことを知らないが、この人たちならきっと幸せになれるのだろう。そんな根拠のない確信があった。
「そうだ、名前を教えてあげないとね」
そう言って母は俺を抱き上げると、優しく頭を撫でてくれた。
「あなたは今日から雄飛よ。よろしくね、私たちの可愛い子」
雄飛、それが俺に与えられた名前だ。
そしてこの日から俺の新しい人生が始まったんだ……。
俺を転生させた神が言っていた。"この世は輪廻。いずれ彼女とはまた巡り合うこともある"と。きっと彼女もこの世界のどこかに転生しているに違いない。もっとも、俺のように記憶がある可能性は低いだろうけど。それでもいつか必ず、生まれ変わった七海に会ってみせる。
そして必ず見つけ出して……今度こそ守り抜くんだ!
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俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
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鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
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痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
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最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
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カクヨムで先行投稿中!
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
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主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。
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【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
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よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
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ゆさま
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チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
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