転生したら魅了スキルが強すぎて人生ハードモードだった件

蟒蛇シロウ

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第1章「幼少期~小学生の日々」

第18話「接触 ~痩せ細った女性と華怜の抑制~」

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 放課後になると、俺はいつもと同じように学校を出て、家への帰路に就く。
「ゆ、雄飛! い、今帰るところ? ぐぐ、偶然ね。……同じ方向だし、せっかくだから一緒に帰らない?」
 たまたま下校中の華怜と遭遇した。いや……たまたまか? いきなりのことに少し驚いたけど、とりあえず俺はすぐに返事をする。
「うん、いいよ! じゃあ一緒に帰ろうか」
 そう言って俺たちは並んで歩く。……何気に女の子と一緒に下校するのは初めてだったりする。精神年齢の違いのせいでクラスに馴染めず、低学年から浮いている俺はいつも1人で帰っていた。そんな俺なので、華怜に一緒に帰ろうと誘われた時は驚いたけど嬉しかった。
 いや……そもそも前世でも女の子と下校なんて、集団登下校でしかしたことないな……。

 彼女との帰り道、俺はふと彼女に聞きたいことがあったのを思い出した。
「そうだ……この間、聞こうと思ってたことがあるんだけどさ……」
「え、何?」
 俺は歩きながら聞いてみた。華怜はいつから能力を自由に使いこなせるようになったのか、と。
「……あ、いや、別に言いたくなかったら言わなくていいんだけど」
 俺がそう付け足すと、彼女は少し考えてから答えてくれた。

「う~ん……。最初に転生したときの20代になった頃、だったかな? 昔過ぎて覚えてないけどね。……今では完璧に使いこなせるけど、当時は酷いものだったわ。自分の意思とは関係なく発動しちゃうし、しかもそれが周囲の人やら環境やらに影響するものだから、ホント大変だったの」
 華怜はそう言うと、苦笑いをする。俺は彼女の苦労を想像しながら聞く。彼女の能力は抑制のはず……。ということは、意図していないものにまで能力を作用させて抑え込んでしまっていたということだろう。
「大変だったね……」
 俺がそう答えると、彼女は少し悲しげな顔をする。
「ううん……別に私だけが苦労したわけじゃないわ。私よりもっと大変な思いをしている人はたくさんいたもの。今の雄飛だってそう……。……それに、私は運が良かっただけ……」

「え? なんで?」
 俺は彼女の言葉に疑問を持つ。運が良かった……とはどういうことだろう。
「……能力に溺れて自滅したり、好き放題やって捕らえられて処刑されたり、そういう人がたくさんいたの。だから私なんかはマシな方なのよ」
 彼女はそう続けた。やはりその表情はどこか悲し気だ。
「そう、なんだ……」
 華怜がそんな壮絶な前世を歩んで来ていたとは……。俺は彼女の苦労を労う。

「あ……でも、これかなり昔の話だからあんまり気にしないで? 雄飛は今のまま訓練していけば大丈夫よ! 私が保証するわ」
 華怜はそう言うと、ニカッと笑う。彼女は自分の不幸を笑い飛ばすかのように明るく言うが、俺はその笑顔を見て、彼女が経験してきた苦労や悲しみを想像してしまい、少し胸が苦しくなった。
「じゃあ雄飛、ここでお別れね。鍛錬もいいけど、今しかない小学生としての生活も少しは満喫しなさいよね。それじゃ、また明日!」
 華怜はそう言うと、俺の肩を叩いて自分の家の方へと向かっていく。彼女の後ろ姿を見つめながら俺は思う。この能力の苦しみを分かち合える人がいて本当に良かった……と。
 そして同時に、彼女への感謝の気持ちもあらためて強く感じるのだった。


 華怜と別れて家へと向かっていると……。
 ……あれ? なんか今、遠くから視線のようなものを感じたような……。気のせいか? そう思いつつも俺は周囲を見回すが、誰もいない。
 一体なんだったんだろうか? そしてもう一度歩き出した瞬間、ゾクッと背中に悪寒が走った。
「……ッ!?」
 俺は咄嗟に振り返るが、やはり誰もいない。気のせいか? いや……違う! これは間違いなく誰かに見られている……。こんな感覚は初めてだ。

「カワイイネ、アノ子トソックリダ! カワイイ、食ベチャイタイ……アイツニハ止メラレテルケド……チョット位、オ味見シチャッテモイイヨネ!」

「え?」
 その声は俺のすぐ前から聞こえ、俺は振り返っていた顔を恐る恐る前に戻す……。
 そこには白いワンピースを着て、ガリガリに痩せた女性が立っていた。長い黒髪から覗く黒目は異様なほど大きく、濁っている。
「オ名前、何テ言ウノ?」
 その異様な風体と、か細く震えるように尋ねる声に、俺はこれまでに感じたことのない恐怖を覚えていた。そして彼女の問いかけで、その女性が先ほどまで感じていた視線の正体だと理解した。
「え……と……」
 俺は上手く声を出せなかった。すると女性は目を細めて、口元を釣り上げる。
「怖ガッチャッテ……ホントニカワイイ……。ワタシガ、カワイガッテアゲル……」

 次の瞬間、女性は飛び掛かってきて俺の首に手をかけるとそのまま俺を押し倒した。女性とは思えない凄まじい力で俺は抵抗もできず、されるがままになっていた。
 転生者である俺は、常人よりもそもそもの身体能力が高いはずなのだが、それでも女性の力を撥ね退けることができなかった。
「チョット痛イケド……我慢してネ? スグニ気持チヨクナルカラ……ネ……」
 女性はそう言うと、俺の首にかけていた手の片方を下ろし、俺のズボンへと近づけていく。
「や……やめ……」
 俺は必死に抵抗を試みるが、女性とは思えない強い力で抑え込まれてしまう。

 この人はいったい何なんだ!? 俺の思考は恐怖と混乱で支配されていた。俺の魅了の能力に引き寄せられた……? いや、違う。まだ薬の効果は続いているはずだ……。
 その時、フッと入間さんに言われた言葉を思い出す。
「"魅了"の能力を薬で完全に封じ込めているにも関わらず、君に好意を持つ異性がいたとしたら、それは能力関係なしに本心から君を想っているということだ。そんな異性がいたら大事にしたまえ? そしてもう1つ、同じような条件で君を襲おうとする者がいたら……そいつはきっと本当に危険なヤツだ。魅了されていないにも関わらず、子供である君を襲おうとしているんだからね」

 まさか……これが……? 俺は今、その"危険なヤツ"に襲われているということか?
「サァ……キモチヨクナッテ……食ベテアゲルカラ……」
 考えている間にも、女性が俺のズボンに手を掛ける。あまりの恐怖に俺は目を瞑った……その時だった……。


「……雄飛から離れなさい!」
 叫んだのは、先ほど別れた華怜だった。
「か……華怜?」
 俺がそう呟くと、彼女は女性を睨みつける。
「私の……私の友達に……手を出すなぁッ!」
 華怜はそう言うと瞬く間に俺と女性の間に入り、その勢いのまま女性に蹴りを入れた。女性は吹き飛び、俺は解放される。華怜は俺の手を掴むと、この場から一緒に逃げるように走り出した。

 背中越しに、邪魔をした華怜に対する女性の怨嗟の声が聞こえる。
「ウォァ……邪魔ヲ……スルナァッ!」
 女性は飛び起きると、俺と華怜を追いかけてくる。その痩せ細った外見からは想像も付かないスピードで、あっという間に距離を詰めてくる。
「か、華怜! 追い付かれる! どうしたら!?」
 俺がそう聞くと、華怜は走りながら俺に言う。
「雄飛! 私を信じて!」
 俺は華怜のその真剣な目を見て、うなずく。そして華怜は立ち止まると、女性に向かって向き直る。女性はすぐそこまで迫っていた。

「か……華怜!?」
 俺は華怜が危ないと思い、彼女を守ろうと前に出る。だが、彼女はそんな俺を手で制すると言った。
「雄飛はそこにいて! 私が何とかするから!」
 そう言って華怜は女性を見据える。女性はもう目と鼻の先だった。そして女性が華怜に襲いかかろうとした瞬間——。

「"筋力抑制"!」
 華怜はそう叫び、懐から何かを取り出して投げつけた。それは小さな大量のビーズだった。光り輝きながら女性の体にぶつかるビーズ。
 と、同時に女性は力が抜けたようにその場に座り込む。


「行くわよ、雄飛!! 今のうちに逃げるの!」
 華怜はそう言うと、俺の手を引いて走り出す。
「か……華怜! 今のって……」
 俺は華怜に手を引かれながら聞く。すると彼女は走りながら答える。

「あれは私の能力で"抑制"を付与したビーズなの! 雄飛にあげた首飾りと同じようなものよ。……それをぶつけると同時に何を抑制するのかを、私が選んだってわけ。足全体の筋力の働きを抑制したことで、あの女は動きを止めたの。だけど、恐らくあの感じだと持って数分ってところね……」
 そう言って華怜は走り続ける。俺も彼女の手を離さぬよう、しっかりと握る。
「あ……ありがとう!」
 俺がそう言うと、彼女は少し無言になってから答える。
「いいえ、ここは私が謝るべきだわ。雄飛の身の安全を考えるのなら、私がもう少し警戒しておくべきだった。本当にごめんなさい」
 そう言って華怜は走る速度を上げる。俺も置いて行かれぬよう、全力で走った。


「ハァ……ハァ……」
 俺たちは何とか家までたどり着くことができた。家の中に入ると、俺と華怜は肩で息をする。そんな俺たちを母さんが出迎えてくれた。
「おかえり、雄飛ちゃん♪ あ、華怜ちゃんも一緒だぁ~! おやつ食べる? ……って、どうしたの2人。もしかしてかけっこしてきたの? 汗だくじゃない」
 母さんは不思議そうな表情を浮かべながら、俺たちに聞く。俺と華怜は顔を見合わせてから答える。
「うん……まぁね……」
 すると母さんは微笑みながら言った。
「そっかぁ~! さぁ、華怜ちゃんも入って入って! 今、試作のクッキーを焼いてるの! すぐできるから2人で遊んで待っててね!」
「お、お邪魔します! 雄飛くんのお母さんは、今日もお綺麗で……」
 華怜は気を取り直したのか、笑顔で母さんに答える。

 俺と華怜は俺の部屋へと向かいながら話す。
「ホント助かったよ……ありがとう」
 俺は改めて華怜にお礼を言う。すると彼女は少し困ったように笑うと言った。
「いいのよ別に!」
 そう言ってくれる彼女に感謝してもしきれない。あのまま華怜が来なかったら、どうなっていただろうか? 俺はそれを想像すると、背筋に寒気を感じた。
 「このまま退いてくれるといいんだけど……。あのね雄飛、アイツらは……」
 華怜が真面目な表情に戻り、離し始めたその時だった。


 ピンポーン、と家のチャイムが鳴る。
「ん、誰かなぁ?」
という母さんの声が聞こえると同時に、華怜は血相を変えて下の階へと駆け下りていく。そして応対しようとする母さんの腕を掴んで、首を振る。
「か、華怜ちゃん? 誰か来てるみたいだから、出ないと……」
 華怜の行動に、母さんが少し困ったように言う。
「ダメです! 出たらダメなんです!!」
 華怜は母さんに必死の形相で訴える。玄関の近くの擦りガラス越しに長い髪のシルエットが見え、その執念に俺は言葉を失う。

「また……あの女……?」
 俺は目で問いかけるように、華怜に視線を送る。華怜は同意するようにうなずく。
 なおも応対しようとする母さんを、俺も華怜と一緒になって止めた。外に声が漏れないように、母さんに小声で伝える。
「たぶんおかしな人なんだ。俺と華怜のことを追いかけて来て……」
 真面目な顔で言う俺に、母さんもようやく事態を重く見たのか、
「わ、分かった……。じゃあ2人とも、もう少し様子を見ましょ?」
 そう言って俺たちに寄り添うように立つ。華怜はそんな母さんに少し安心したような表情を見せると、玄関の扉を睨む。


 すると再び、ピンポーンとチャイムが鳴る。今度は、3秒と置かずにすぐにもう一度チャイムが押される。ピンポーン♪ ピンポーン♪ピンポーン♪ ピンポンピンポンピンポン♪ と、何度も連続でチャイムを押される。
 そしてすぐにドンドンドン! ドンドンドン! と激しく扉を叩く音も聞こえ始める。母さんは、俺と華怜が怖くないように抱きしめて、2人の耳を押さえる。
「雄飛ちゃん、華怜ちゃん! 大丈夫だからね……。もし、何かあっても私が守ってあげるから!」
 小声でそう言いながら、俺と華怜の頭を撫でてくれる母さんは優しい目で見つめる。華怜は下唇を噛みながら、玄関を見つめている。
 それから少しして、音が止んだ。

 と、すぐに何やら会話が聞こえてきた。
「……まだ本格的な接触は許可されていないはずですが……」
 それなりに年を重ねていそうな、低く落ち着いた男性の声がそう言う。
「ウルサイ……新入リノ癖ニ。ヨウヤク、アノ子達ニ会エタンダモノ。少シ舐メル位ナライイデショ? 10年近ク待ッタンダカラ」
 先ほどの痩せ細った女性の声だ。新入り……? 10年、俺の年齢のことか……?

「もちろん貴女の気持ちは重々承知していますとも。しかし、今回我々に与えられたのは、顔見世程度の接触のみです。……これはさすがにやり過ぎでは? 疑心暗鬼になられて自滅されては元も子もありませんぞ? ……もっと自制をなされよ」
「……フン、ソウネ。今日ハ怯エル顔ガ見レタシ、名前モ覚エタカラネ……」
 そこで会話が途切れる。
 が……次の瞬間。

 バンッという音と共に、擦りガラスに濁った黒目がギョロリと張り付く。
「ひっ……」
 俺と母さんは、小さく悲鳴を漏らす。
「……フフ……ユウト君、ま・た・ね」
 ニヤリと口角を釣り上げてそう言ったのを最後に、2つの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

「……い、いなくなったの?」
 俺は恐る恐る扉から耳を離し、華怜に尋ねる。すると華怜は複雑そうな面持ちでうなずく。
「ええ……もう大丈夫みたい」
 華怜がそう言うと、母さんも安心したのか、俺たち2人を抱きしめる力を弱めた。
「よかったぁ……子供を狙う犯罪者……かな? とりあえず警察に連絡しないと……」
 母さんは不安そうな面持ちで、すぐに電話を手に取って警察に状況を説明する。

 だけど俺は、電話による簡易的な聞き取りだけで、詳しく調査してくれないだろうなと思っていた。
 現在、日本各地の地方都市5か所で、大規模なテロ行為が多発していて、全国の警察に応援要請が掛けられている。
 数年前から、日本でも治安が悪い地域が再び多くなってきたため、追いかけられて家のチャイムを何回も鳴らして玄関のドアを叩かれたくらいでは、詳しい調査に人員を回せる余裕が無いのが実情だ。

 ……そんな俺の予想は見事に的中する。
「え?すぐには動けない……? そ、そんな! うちの子とその友達をストーカーしていた人が、まだ近くにいるかもしれないんです!すぐにでも来て下さい! お願いします!」
 母さんは電話越しに必死に訴えかけるが、警察の返答は芳しくないようだ。母さんは渋々電話を切り、今後の対策について考えているようだ。
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