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第2章「新たな地、灯ノ原」
第25話「鬼たちとの試合 異形の鬼、児赤」
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その四角い空間には自分たち以外には誰もおらず、上を見上げても天井などはなくひたすら闇が広がっているだけだった。
「こ、ここは?」
とタイニーが呟くと涅鴉无が答える。
「ここはね、僕の力で作り出した特別な土俵さ。さて、誰から試してみようかな? 誰でもいいよ。君でも構わない」
涅鴉无は真之介に視線を向けながら、そう答えた。だが……。
「いや、ここはタイニーが行く! 若矢たちは下がってろ! タイニーはこんな奴らやっつけて、早く桜京に戻りたい!」
タイニーが準備運動のように伸びをした後に、前に出る。
タイニーの相手は、若い少女の姿に近い鬼だった。
「あら、あなたが相手なのね! 綺麗な毛並みの猫さん! アタイの名前は"小吹"だよ」
魅月よりも小柄で華奢なその身体は、子供にしか見えないが艶のある声だ。
「じゃあタイニーとやらよ、僕の土俵にようこそ。早速だけど始めるとしよう。魅禍屡那様の勇士なのかどうか、見せてくれ」
涅鴉无がパチンと指を鳴らすと、戦いの場は一瞬にして草原に変わったのだった……。
タイニーは相手を警戒しながら慎重に距離を取る。
(この鬼は普通の鬼よりもずっと手強そうだ。だけど……タイニーが絶対に勝つ!)
タイニーは自分を鼓舞して相手に向かって一気に距離を詰める。そして鋭い爪で相手の腕を切り裂こうと振りかざすが、小吹はそれをひらりと躱した。そのことに驚きつつも、そのまま回転し後ろ足で蹴りを繰り出すがそれも避けられてしまう。
「へぇ、なかなかいい攻撃じゃん」
と余裕の笑みで言う小吹。
タイニーはなおも攻め続けるが、小吹は軽々と全ての攻撃を躱す。
(このままじゃダメだ!)
タイニーは一度距離を取って大きく深呼吸すると、そのまま一気に大地を蹴って走り出す。そして相手の間合いに入った瞬間、上に飛び上がって回転し勢いをつけた爪の一撃を喰らわせようとする。
だが小吹はその攻撃も読んでいたようで、ひらりと身を翻すと逆にその腕を掴み取った。そしてタイニーを投げ飛ばすと地面に叩きつける。
「ぐはっ!」
とタイニーの口からは苦悶の声が漏れ、そのまま倒れてしまう。
「あはは! 猫ちゃん、もう終わりなの?」
小吹はタイニーを嘲笑する。
(くそっ……強い)
タイニーは悔しさで唇を噛むが、まだ諦めないとばかりに立ち上がる。そして再び相手に向かって走り出した。そして2人は激しい攻防を繰り広げた。しかしやはりタイニーの攻撃は全て避けられてしまい、逆に相手の攻撃を受けるばかりだった。
(このままじゃダメだ……何か手を考えなきゃ……!)
タイニーは必死に打開策を考えるが、なかなかいい方法が思いつかない。
するとその時、若矢の声が聞こえてきた。
「タイニー、落ち着くんだ! 闘気の修行を思い出すんだ! タイニーの場合、攻撃は最大の防御だ! 素早さに翻弄されるな!」
その言葉にタイニーはハッとして思い出す。
(そうだ、闘気だ。今度こそ修行の成果を発揮するんだ!)
タイニーは目を閉じ集中すると、全身から溢れんばかりの赤い闘気を放出した。そのあまりの輝きに小吹も思わず怯む。
「な、なにっ!? この猫ちゃん!」
小吹が驚いているうちに、タイニーは一気に間合いを詰めると渾身の一撃を放った。だがそれは小吹には当たらず空を切るだけに終わる。が、次の瞬間にはタイニーは懐から槍を取り出すとただでさえリーチの長い穂先に闘気を宿して長くし、躱した小吹を薙ぎ払う。
「はぁああっ!」
タイニーの槍が小吹の脇をすり抜ける。だが同時に、その穂先からは闘気の炎が噴出していた。
「くっ……!」
と苦悶の表情を見せる小吹は、炎に焼かれながら吹き飛ばされていく。
「ほぅ、中位の鬼の中でもまだまだ戦闘慣れしていないとはいえ、こうも圧倒するとはな……」
涅鴉无は驚きつつも感心したよう呟く。
そして……小吹は倒れたまま起き上がれなかった。
「うぅ……」
と小さな呻き声を上げるが、その姿からは力強さが感じられない。
「この場から下げて、助かるなら治療しろ」
涅鴉无は後ろに控えていた鬼に命じると、その鬼は膝を着いて頭を下げると他の鬼を数人呼んで、担架のようなものに乗せると運び始めた。
涅鴉无はニヤリと笑うとタイニーに視線を向けた。
「やるな、獣人族の者よ……。さて、次は誰が来る?」
そして次の挑戦者を選べと言わんばかりに、若矢たちを見回す。
「ボクがいこうかな~。猫さんの戦いを見て、ボクも戦いたくなっちゃったし!」
そう言いながら前に躍り出たのは、弁慶だった。
「お前か、いいだろう。ならば……お前が相手してやれ、物寄よ」
「御意に、主様」
と壮年の男性の鬼が答え、前に出てくる。その名は物寄というらしい。
「こんな子供が相手とは……。だが、涅鴉无様のご指名とあっては仕方ない」
そう言って、彼は持っていた大きな斧を軽々と振り回してみせる。
「う~ん、ボクの方が強いだろうな~。おじさん、戦う前に降参してもいいよ?」
弁慶の言葉に物寄はカチンときたようで、眉間にシワを寄せると斧を振り下ろして叫ぶ。
「私は"百戦錬磨の物寄"だ! お前のような子供に負けるわけがなかろう!」
弁慶はそれをひらりと躱すと、華麗にジャンプして空中に躍り出る。そして一気に落下すると蹴りを放つ、がそれは避けられてしまう。それでも弁慶は、素早く方向転換して再び攻撃を仕掛けた。しかしそれも難なく回避されてしまい……それどころか逆に物寄の左拳による反撃を貰ってしまう。
「くっ! なかなかやるねぇ……」
弁慶が苦しそうな表情を浮かべると、物寄はニヤリと笑う。そして再び斧を振りかぶる。
「その程度では私の攻撃を避けきれんぞ!」
と言いながら振り下ろされる斧。しかし弁慶はそれを紙一重で避けると、そのまま相手の懐に潜り込み拳を放つ。
「はぁあっ!!」
弁慶の鋭い一撃が決まり、物寄は大きく後ろに吹き飛ばされたが、体勢を立て直すとまた攻撃を仕掛けてくる。
「まだまだぁ!!」
と叫び、何度も何度も斧を振り回す物寄に対して弁慶は華麗な動きでそれを全て躱していく。
そしてついに隙を見つけた弁慶は、素早く懐に入るとそのまま拳を何十発も放つ。
「うりゃりゃりゃりゃあああああっ!!」
その連撃は見事に命中し物寄の腹へとめり込み、彼は口から血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
「ぐふっ!……な、なんだ? この威力は……」
と物寄が呟く。
驚いたのは若矢たちも同じだった。弁慶は若矢たちと戦った時と違い、闘気も武器である薙刀も何一つ使わずに拳のみで鬼を圧倒したのだ。
「物寄よ……まさかお前がこうも簡単に敗れるとはね……。もしやこのガキが……。お前は、少し休むといいよ」
涅鴉无は小吹の時と同じように、彼を部下に別室で治療するように命じる。
「さて、次はそこの武士の少年か……君か……」
涅鴉无は真之介と若矢を見据えている。
前に出ようとする真之介を制して、若矢が前に出る。
「真之介。ここは俺が行く。お前は鬼殺しの一族だ。もしこの先こいつらによって俺たちが危なくなった時に、助かるかもしれない唯一の希望だからな」
若矢の言葉を聞いた真之介が反応するより早く、涅鴉无が
「へぇ……そうか。君が相手するんだね。じゃあ、特別に"アイツ"を呼ぼう」
と呟き、部下に向かってうなずく。
しばらくすると……。
「ゲギャアアアアアアアアアアアッッ!!」
という気味の悪い鳴き声とも叫び声ともつかない声が辺りに響き渡る。その声に思わずタイニーと弁慶は耳を塞ぐが、若矢は微動だにせず声の主が来るのを待ち構えている。そして……そこに現れたのは、異様な姿形をした鬼だった。
以前タイニーと共に戦った太鬼よりもさらに大きく、太っており、その大きさは立ち上がると10メートルはありそうだ。巨体に似つかわしくない、小さすぎる潰れた目と、それとは正反対に大きな口を持ち、歯の長さがまちまち、鼻らしきものがない、などなど……。
その姿はまさに異形そのものだ。それが巨体を揺らしながらまるで赤子のように這いずって来る様を見て、誰もが鳥肌を立てていた。
「この子はね、他の鬼とは違って少し特殊なんだ……まぁ見ての通りって感じだけど」
涅鴉无はそう言いながら笑う。
「いや、この子という年齢でもないか……。コイツは生まれてからすぐに成長を続けてね。僅か1年足らずで今の姿になったんだけどそれ以上成長もしなければ、知能も発達せず……。まるで赤子のように本能に従って行動しているんだ。それによって同族の鬼たちですら、何人もコイツのお遊びで殺されたよ」
涅鴉无が説明している間も、その異形の鬼は近くにいる鬼たちを見て涎を垂らして無邪気に笑っている。
「本来ならとっくに殺してしまっているんだけど、何を隠そうコイツも魅禍屡那様の勇士候補なんだよね。だから特別待遇で許してやってるってわけだ。……さて、長話にも飽きてきただろう? この"児赤"の遊び相手になってやってくれ」
涅鴉无はそう言った瞬間、指をパチンと鳴らす。と、同時に若矢の視界は暗転し、そのまま戻らない。視界を奪われたかと思った若矢だったが、薄っすらとではあるが少し先が見える。
(どうやら別の空間に送り込まれたようだな……)
と若矢が思っていると、涅鴉无の声が遠くから響くように聞こえる。
「聞こえるかい、異界からの客人。そこは児赤が普段幽閉されている部屋だよ。あんな誰彼構わず食べようとする危険な奴を、外に野放しになんてできないだろう? それにあの場で戦いをされたら、城が破壊されてしまうかもしれないからね。悪いけどそこで戦ってくれ。僕と君の仲間は外から見学させてもらうとするよ」
そう言うと、涅鴉无の声は聞こえなくなった。
若矢は辺りを見渡すと、そこは真っ暗闇だ。しかも物音ひとつせず静寂に包まれている。
(闘気で神経を集中させるんだ……。そうすれば周りが見えなくても、反応できる!)
ラグーの戦い方や、闘気の説明を聞いていた若矢は暗闇の中でも冷静に対処できる術を学んでいた。そして、若矢は神経を集中させて児赤の動きを探る。
(どこだ……どこにいる? ……なんだ、この匂い……。生臭くて、何かが腐ったような……)
微かに匂いを感じとった若矢の脳裏に、ふとある映像が浮かぶ。
横たわる無数の死体、腐った肉片に群がる蝿、死体に付着する蛆、死体を食べる人……。
(やめろ、今は考えるな!)
若矢は心の中で叫ぶが、その映像は止まらないのだった。
「こ、ここは?」
とタイニーが呟くと涅鴉无が答える。
「ここはね、僕の力で作り出した特別な土俵さ。さて、誰から試してみようかな? 誰でもいいよ。君でも構わない」
涅鴉无は真之介に視線を向けながら、そう答えた。だが……。
「いや、ここはタイニーが行く! 若矢たちは下がってろ! タイニーはこんな奴らやっつけて、早く桜京に戻りたい!」
タイニーが準備運動のように伸びをした後に、前に出る。
タイニーの相手は、若い少女の姿に近い鬼だった。
「あら、あなたが相手なのね! 綺麗な毛並みの猫さん! アタイの名前は"小吹"だよ」
魅月よりも小柄で華奢なその身体は、子供にしか見えないが艶のある声だ。
「じゃあタイニーとやらよ、僕の土俵にようこそ。早速だけど始めるとしよう。魅禍屡那様の勇士なのかどうか、見せてくれ」
涅鴉无がパチンと指を鳴らすと、戦いの場は一瞬にして草原に変わったのだった……。
タイニーは相手を警戒しながら慎重に距離を取る。
(この鬼は普通の鬼よりもずっと手強そうだ。だけど……タイニーが絶対に勝つ!)
タイニーは自分を鼓舞して相手に向かって一気に距離を詰める。そして鋭い爪で相手の腕を切り裂こうと振りかざすが、小吹はそれをひらりと躱した。そのことに驚きつつも、そのまま回転し後ろ足で蹴りを繰り出すがそれも避けられてしまう。
「へぇ、なかなかいい攻撃じゃん」
と余裕の笑みで言う小吹。
タイニーはなおも攻め続けるが、小吹は軽々と全ての攻撃を躱す。
(このままじゃダメだ!)
タイニーは一度距離を取って大きく深呼吸すると、そのまま一気に大地を蹴って走り出す。そして相手の間合いに入った瞬間、上に飛び上がって回転し勢いをつけた爪の一撃を喰らわせようとする。
だが小吹はその攻撃も読んでいたようで、ひらりと身を翻すと逆にその腕を掴み取った。そしてタイニーを投げ飛ばすと地面に叩きつける。
「ぐはっ!」
とタイニーの口からは苦悶の声が漏れ、そのまま倒れてしまう。
「あはは! 猫ちゃん、もう終わりなの?」
小吹はタイニーを嘲笑する。
(くそっ……強い)
タイニーは悔しさで唇を噛むが、まだ諦めないとばかりに立ち上がる。そして再び相手に向かって走り出した。そして2人は激しい攻防を繰り広げた。しかしやはりタイニーの攻撃は全て避けられてしまい、逆に相手の攻撃を受けるばかりだった。
(このままじゃダメだ……何か手を考えなきゃ……!)
タイニーは必死に打開策を考えるが、なかなかいい方法が思いつかない。
するとその時、若矢の声が聞こえてきた。
「タイニー、落ち着くんだ! 闘気の修行を思い出すんだ! タイニーの場合、攻撃は最大の防御だ! 素早さに翻弄されるな!」
その言葉にタイニーはハッとして思い出す。
(そうだ、闘気だ。今度こそ修行の成果を発揮するんだ!)
タイニーは目を閉じ集中すると、全身から溢れんばかりの赤い闘気を放出した。そのあまりの輝きに小吹も思わず怯む。
「な、なにっ!? この猫ちゃん!」
小吹が驚いているうちに、タイニーは一気に間合いを詰めると渾身の一撃を放った。だがそれは小吹には当たらず空を切るだけに終わる。が、次の瞬間にはタイニーは懐から槍を取り出すとただでさえリーチの長い穂先に闘気を宿して長くし、躱した小吹を薙ぎ払う。
「はぁああっ!」
タイニーの槍が小吹の脇をすり抜ける。だが同時に、その穂先からは闘気の炎が噴出していた。
「くっ……!」
と苦悶の表情を見せる小吹は、炎に焼かれながら吹き飛ばされていく。
「ほぅ、中位の鬼の中でもまだまだ戦闘慣れしていないとはいえ、こうも圧倒するとはな……」
涅鴉无は驚きつつも感心したよう呟く。
そして……小吹は倒れたまま起き上がれなかった。
「うぅ……」
と小さな呻き声を上げるが、その姿からは力強さが感じられない。
「この場から下げて、助かるなら治療しろ」
涅鴉无は後ろに控えていた鬼に命じると、その鬼は膝を着いて頭を下げると他の鬼を数人呼んで、担架のようなものに乗せると運び始めた。
涅鴉无はニヤリと笑うとタイニーに視線を向けた。
「やるな、獣人族の者よ……。さて、次は誰が来る?」
そして次の挑戦者を選べと言わんばかりに、若矢たちを見回す。
「ボクがいこうかな~。猫さんの戦いを見て、ボクも戦いたくなっちゃったし!」
そう言いながら前に躍り出たのは、弁慶だった。
「お前か、いいだろう。ならば……お前が相手してやれ、物寄よ」
「御意に、主様」
と壮年の男性の鬼が答え、前に出てくる。その名は物寄というらしい。
「こんな子供が相手とは……。だが、涅鴉无様のご指名とあっては仕方ない」
そう言って、彼は持っていた大きな斧を軽々と振り回してみせる。
「う~ん、ボクの方が強いだろうな~。おじさん、戦う前に降参してもいいよ?」
弁慶の言葉に物寄はカチンときたようで、眉間にシワを寄せると斧を振り下ろして叫ぶ。
「私は"百戦錬磨の物寄"だ! お前のような子供に負けるわけがなかろう!」
弁慶はそれをひらりと躱すと、華麗にジャンプして空中に躍り出る。そして一気に落下すると蹴りを放つ、がそれは避けられてしまう。それでも弁慶は、素早く方向転換して再び攻撃を仕掛けた。しかしそれも難なく回避されてしまい……それどころか逆に物寄の左拳による反撃を貰ってしまう。
「くっ! なかなかやるねぇ……」
弁慶が苦しそうな表情を浮かべると、物寄はニヤリと笑う。そして再び斧を振りかぶる。
「その程度では私の攻撃を避けきれんぞ!」
と言いながら振り下ろされる斧。しかし弁慶はそれを紙一重で避けると、そのまま相手の懐に潜り込み拳を放つ。
「はぁあっ!!」
弁慶の鋭い一撃が決まり、物寄は大きく後ろに吹き飛ばされたが、体勢を立て直すとまた攻撃を仕掛けてくる。
「まだまだぁ!!」
と叫び、何度も何度も斧を振り回す物寄に対して弁慶は華麗な動きでそれを全て躱していく。
そしてついに隙を見つけた弁慶は、素早く懐に入るとそのまま拳を何十発も放つ。
「うりゃりゃりゃりゃあああああっ!!」
その連撃は見事に命中し物寄の腹へとめり込み、彼は口から血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
「ぐふっ!……な、なんだ? この威力は……」
と物寄が呟く。
驚いたのは若矢たちも同じだった。弁慶は若矢たちと戦った時と違い、闘気も武器である薙刀も何一つ使わずに拳のみで鬼を圧倒したのだ。
「物寄よ……まさかお前がこうも簡単に敗れるとはね……。もしやこのガキが……。お前は、少し休むといいよ」
涅鴉无は小吹の時と同じように、彼を部下に別室で治療するように命じる。
「さて、次はそこの武士の少年か……君か……」
涅鴉无は真之介と若矢を見据えている。
前に出ようとする真之介を制して、若矢が前に出る。
「真之介。ここは俺が行く。お前は鬼殺しの一族だ。もしこの先こいつらによって俺たちが危なくなった時に、助かるかもしれない唯一の希望だからな」
若矢の言葉を聞いた真之介が反応するより早く、涅鴉无が
「へぇ……そうか。君が相手するんだね。じゃあ、特別に"アイツ"を呼ぼう」
と呟き、部下に向かってうなずく。
しばらくすると……。
「ゲギャアアアアアアアアアアアッッ!!」
という気味の悪い鳴き声とも叫び声ともつかない声が辺りに響き渡る。その声に思わずタイニーと弁慶は耳を塞ぐが、若矢は微動だにせず声の主が来るのを待ち構えている。そして……そこに現れたのは、異様な姿形をした鬼だった。
以前タイニーと共に戦った太鬼よりもさらに大きく、太っており、その大きさは立ち上がると10メートルはありそうだ。巨体に似つかわしくない、小さすぎる潰れた目と、それとは正反対に大きな口を持ち、歯の長さがまちまち、鼻らしきものがない、などなど……。
その姿はまさに異形そのものだ。それが巨体を揺らしながらまるで赤子のように這いずって来る様を見て、誰もが鳥肌を立てていた。
「この子はね、他の鬼とは違って少し特殊なんだ……まぁ見ての通りって感じだけど」
涅鴉无はそう言いながら笑う。
「いや、この子という年齢でもないか……。コイツは生まれてからすぐに成長を続けてね。僅か1年足らずで今の姿になったんだけどそれ以上成長もしなければ、知能も発達せず……。まるで赤子のように本能に従って行動しているんだ。それによって同族の鬼たちですら、何人もコイツのお遊びで殺されたよ」
涅鴉无が説明している間も、その異形の鬼は近くにいる鬼たちを見て涎を垂らして無邪気に笑っている。
「本来ならとっくに殺してしまっているんだけど、何を隠そうコイツも魅禍屡那様の勇士候補なんだよね。だから特別待遇で許してやってるってわけだ。……さて、長話にも飽きてきただろう? この"児赤"の遊び相手になってやってくれ」
涅鴉无はそう言った瞬間、指をパチンと鳴らす。と、同時に若矢の視界は暗転し、そのまま戻らない。視界を奪われたかと思った若矢だったが、薄っすらとではあるが少し先が見える。
(どうやら別の空間に送り込まれたようだな……)
と若矢が思っていると、涅鴉无の声が遠くから響くように聞こえる。
「聞こえるかい、異界からの客人。そこは児赤が普段幽閉されている部屋だよ。あんな誰彼構わず食べようとする危険な奴を、外に野放しになんてできないだろう? それにあの場で戦いをされたら、城が破壊されてしまうかもしれないからね。悪いけどそこで戦ってくれ。僕と君の仲間は外から見学させてもらうとするよ」
そう言うと、涅鴉无の声は聞こえなくなった。
若矢は辺りを見渡すと、そこは真っ暗闇だ。しかも物音ひとつせず静寂に包まれている。
(闘気で神経を集中させるんだ……。そうすれば周りが見えなくても、反応できる!)
ラグーの戦い方や、闘気の説明を聞いていた若矢は暗闇の中でも冷静に対処できる術を学んでいた。そして、若矢は神経を集中させて児赤の動きを探る。
(どこだ……どこにいる? ……なんだ、この匂い……。生臭くて、何かが腐ったような……)
微かに匂いを感じとった若矢の脳裏に、ふとある映像が浮かぶ。
横たわる無数の死体、腐った肉片に群がる蝿、死体に付着する蛆、死体を食べる人……。
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