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第2章「新たな地、灯ノ原」
第31話「決着! 飢鬼山の戦い」
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「回復したかも! ボクたちだって戦うんだからね!!」
増殖した若矢に続き、再び闘気のオーラを纏った弁慶も、手から闘気のビームを放つ。
そのビームは、児赤や魔物を消滅させていく。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なにしてんの? たぶん修行しないと俺には無理だよ」
「いや、この状態なら俺もできるかなって」
「そんなことよりラスト集中集中!」
若矢たちは相も変わらず、自分同士で会話をしながら連携を取って敵を殲滅させていく。
涅鴉无の言った通り、ただの分身ではなくまるで1つのチームのようだ。
「……ふぅむ。この状態の若矢と、あのマリナという女、どちらが強いだろうなぁ、ククク」
ベルフェゴールは手を口元に当て、思案するように呟く。
「おい、ベルフェゴール! なに、悠長なこと考えてやがる!」
同盟を結んだ相手が戦いに集中していないと感じ、重企は苛立ったように叫ぶ。
だがベルフェゴールは若矢の観察に集中しているらしく、返事すらしない。
重企が苛ついていると、彼の部下である鬼たちが彼に何かを伝えに来る。
「な、なんだと!? そんなバカなことがあるかっ!! 桜京の町の被害はほとんどなく、町に侵入した鬼と魔族はほぼ退治された、だと!?」
重企は怒り狂い、今にも発狂しそうであった。
「……当然のことだ、重企。お前は人間どもを甘く見過ぎていたようだな。過去の例から学ぶところまではよかったが、お前はどうも、楽観視してしまうところがある」
「ふざけんなよ! 俺様の完璧な計画がこんなガキどものせいで狂っちまったってのか!? そんなことがあっていいはずがねえ!! クソッタレがっ!!」
重企は地面を思い切り殴り付ける。すると轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れる。
「お前の計画など、最初から破綻していたんだよ。確かに普段に比べて数は少なかっただろうが、人間側の守りは決して甘くなかっただろう。人間どもが30年前と同じだと思っている時点で、お前に勝機は無かったのだ」
涅鴉无は、重企にそう告げる。苛立った重企は腹いせに、自分に情報を伝えに来た鬼を殺そうと手を伸ばす。
「じゅ、重企様っ! お、おやめくださいっ!」
殺されるとわかった鬼が叫ぶ。
重企に殺されるのを覚悟した鬼だったが、重企の動きが止まっている。
「か、体が……動かねぇ……な、なんだ……こりゃあ……」
驚きと怒りが入り混じったように呻く重企。
「……やれやれ、涅鴉无。部下1人も制御できないのですか?」
落ち着いた女性の声が聞こえ、皆がそちらを見ると白い装束に身を包んだ美しい長髪の女性の姿があった。
右手は印を結んでいるようで、若矢も一目見て、その女性が重企の動きを止めているであろうことが理解できた。
「ずいぶんと血の気の多そうな鬼ですね……」
重企は血管が浮き出るほど怒り狂っていたが、体を動かすことはできないようでただただ彼女を睨み付けるだけだ。
「……申し訳ない。僕はどんな部下であれ、同族には甘くてね」
涅鴉无は女性に謝罪する。
「あ、あなたは……? まさか……あの伝説の陰陽師様?」
人々は彼女に見惚れて、それ以上言葉が出てこない。
しかし女性は苦笑しながら首を横に振る。
「ふふ、伝説だなんてそんな大層なものではありませんよ。……私は桜京を守護する者として、この町の平和を脅かす存在を排除しに来ただけですから」
彼女はそう言って人々に微笑む。そうやって話しながらでも、重企の動きを完全に止めてしまっている。その実力は相当なものだろう。
「まあ、話は後にしましょう。それよりも今は……」
彼女は重企から目を離し、魔物たちに目を向けようとするが……。
「甘いんだよっ! このくそアマがぁぁ!!」
重企は叫び声をあげると、彼女の背後で腕を伸ばして攻撃を仕掛ける。しかし彼女も予想していたのか、後方を振り返ることなく印を結ぶ手だけを動かす。すると重企の体は再び、ピタリと動かなくなる。
「な、なにぃ!?」
驚く重企を他所に、女性はそのまま振り返ることもなく、何かを唱え始めた。
すると不思議なことに重企の体が見る見るうちに縮んでいき、豆粒ほどの大きさになり、そのまま地面に落下した。
「な、なんなんだよ!? 俺は一体どうしちまったんだ!?」
重企は突然の変化に混乱しているようだ。だが彼は再び動き出すことができないでいる。
そして彼女はそんな重企の様子を気にする様子もなく、女性はベルフェゴールたち魔族の方を見ている。
「魔族……ですか。これ以上悪さをするつもりなら、私が許しませんよ?」
女性の言葉の節々に静かな怒りが込められていた。
「おいおいおい、ベルフェゴールよ! こいつをぶっ倒せ!」
重企は小さくなった体で叫んでいる。
ベルフェゴールは少しの間黙っていたが、やがて高笑いすると魔族たちに撤退の指示を出す。
「クク、これは分が悪いなぁ。まあよい。今回はこれで引くとしよう。お前との同盟もこれまでだ。すまんなぁ、重企」
重企は悔しそうにベルフェゴールを睨みつけている。
「く、くそがぁぁっ!!」
重企の叫びを無視し、大勢の若矢に視線を向けるベルフェゴール。
あれだけいた児赤の数ももう数えるほどしか残っていない。
「牛方若矢……。ようやく見つけたが、まだまだ自分で育ちそうだしなぁ。しばらくは泳がせておくとしよう。……ごきげんよう、牛方若矢」
ベルフェゴールはそう言い残し、魔族たちと共に姿を消した。
「お、終わった……のか?」
人々は呆然と立ち尽くしている。
残る児赤は1体にまとまると、再び巨大化して最後の抵抗を試みた。
だが、100人の若矢たちは児赤の前に集結する。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
100人の若矢がそれぞれ白い闘気を解放する。
そして一斉に跳び上がると、児赤に爆発エネルギーを籠めたパンチやキックを一斉に放つ。
「おりゃああああっ!!」
「そりゃああああっ!!」
「とりゃああああっ!!」
辺り一帯に強烈な突風を引き起こす爆発が起こると共に、児赤が断末魔の叫びを上げる。
「ギャアアアアッ!!」
爆発の中から1人に戻った若矢が、戻って来る。
「お兄さん大丈夫!?」
弁慶が目を見開いて声をかけると……。
「もちろん! この通りだ!」
若矢は力強く胸を叩く、が……。
「あ、あれ……。さすがに……」
と、倒れ込みそうになる若矢を弁慶が支える。
「お疲れさま、お兄さん。めちゃくちゃ強くてカッコよかったよ! 疲れただろうから、休んでね!」
「あ、ああ。ありが……とう……」
若矢は弁慶に支えられながらゆっくりと腰を下ろすと、そのまま眠ってしまった。
「……さて、これで一件落着だな」
涅鴉无がそう言うと、人々も鬼も歓声を上げるのだった。
「涅鴉无、今回の件に関わった鬼たちをどうするつもりです?」
白い装束の女性が涅鴉无に問いかける。
「やはり……許してはくれないかい? 千集院翳殿」
「条約を破り、桜京を手中に収めんとした者加担した者たちですよ? 決して許されることではありません。……ですが、町に人的被害が無かったこともまた事実。あなたがしっかりと再教育するというのであれば、私は今回の件を不問にしましょう」
「そうか……。恩に着るよ」
涅鴉无は頭を下げると、町の方へ目を向ける。
「……今回の件は、僕の責任でもある。必ず人と鬼との協定を守る」
「わかりました。ではこの重企という鬼はどうしましょうか? ……私が始末しても構わないのですが?」
翳がそう提案すると、重企は恐怖で震え上がる。
「いや、それはやめて欲しい。彼の始末は僕が請け負う。どのような形になるにせよ、もう二度と人間に近付かせないと約束しよう」
「わかりました。ではそのように」
翳はそう言うと、鬼たちをぐるりと見回し、他の鬼たちにも改めて釘を刺す。
「いいですか? あなたたちが条約を破り、町や里の人間に害を為せばその報いを受けるのはあなたたち自身です。ゆめゆめ忘れぬことです」
重企を含む全ての鬼たちが震え上がる。
「……さてと。では私はこれで失礼致しますね」
翳はそれだけ言うと、若矢と弁慶の方に歩み寄る。
「町を守るために尽力してくれたようですね。どうもありがとう。あなたたちのおかげで、被害はほとんどありませんでした」
翳が微笑むと弁慶は満面の笑みで返す。
「どういたしまして! ボクも楽しかったけど、一番頑張ったのはこのお兄さんなんだ!」
疲れて眠っている若矢を抱きかかえながら、弁慶は笑顔で言う。
「ふふ、そうですか。ではそのお兄さんによろしくお伝えください。また会えるとよいですね」
翳はそれだけ言うと、まるで霧のようにその場から姿を消した。
「え? あれ、もういない……!?」
弁慶は目を丸くして周りを見回すのだった。
それから程なくして、夜が明け始める。
「牛方若矢、弁慶。君たちは魅禍屡那様の勇士候補だ。いずれまた、必ず我らは再会するだろう。試練の時にな。だが今はその時ではないようだ。……僕のせいで、大事に巻き込んでしまって申し訳ない。鬼の頭目として深く詫びる。そして、桜京の町を守るために力を貸してくれたことを感謝する」
涅鴉无2人に向かって頭を下げる。
若矢はゆっくりと首を振ると、顔を上げるように言った。
「児赤が逃走したのは暴走した俺のせいでもあるし、そもそも重企が魔族と結託して謀反を起こそうとしていたんだし、涅鴉无さんのせいだけじゃないよ」
「ありがとう、君は優しいんだな……」
若矢の言葉を聞き、涅鴉无は再び頭を下げると、小さくなっている重企に目を向ける。
「さて、重企よ。お前の処罰は、城に戻ってからじっくり考えよう」
重企は相も変わらず怒鳴り散らしているが、その大きさは豆粒程度であり、以前のような迫力はない。
涅鴉无はあらためて礼を言うと、指をパチンと鳴らす。
すると鬼たちの姿は一瞬でその場から消え去るのだった。
「俺たちも帰るか、弁慶」
「そうだね! ボクはもうお腹ペコペコだよー!」
若矢と弁慶も桜京に向かって歩き出す。
「ふふ……。牛方若矢、この短期間でずいぶんと強くなったのね。……食べちゃいたいところだけど、今彼を襲ったら私が涅鴉无様に粛清されちゃうわね……」
2人の後ろ姿を見送りながら、1人の女性が木の上で佇んでいた。それは桜京の町で若矢と戦った鬼、魅月だった。
「また会える日を楽しみにしてるわ、転生者くん」
彼女はそう呟くと、森の中へと消えていくのだった。
増殖した若矢に続き、再び闘気のオーラを纏った弁慶も、手から闘気のビームを放つ。
そのビームは、児赤や魔物を消滅させていく。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
「なにしてんの? たぶん修行しないと俺には無理だよ」
「いや、この状態なら俺もできるかなって」
「そんなことよりラスト集中集中!」
若矢たちは相も変わらず、自分同士で会話をしながら連携を取って敵を殲滅させていく。
涅鴉无の言った通り、ただの分身ではなくまるで1つのチームのようだ。
「……ふぅむ。この状態の若矢と、あのマリナという女、どちらが強いだろうなぁ、ククク」
ベルフェゴールは手を口元に当て、思案するように呟く。
「おい、ベルフェゴール! なに、悠長なこと考えてやがる!」
同盟を結んだ相手が戦いに集中していないと感じ、重企は苛立ったように叫ぶ。
だがベルフェゴールは若矢の観察に集中しているらしく、返事すらしない。
重企が苛ついていると、彼の部下である鬼たちが彼に何かを伝えに来る。
「な、なんだと!? そんなバカなことがあるかっ!! 桜京の町の被害はほとんどなく、町に侵入した鬼と魔族はほぼ退治された、だと!?」
重企は怒り狂い、今にも発狂しそうであった。
「……当然のことだ、重企。お前は人間どもを甘く見過ぎていたようだな。過去の例から学ぶところまではよかったが、お前はどうも、楽観視してしまうところがある」
「ふざけんなよ! 俺様の完璧な計画がこんなガキどものせいで狂っちまったってのか!? そんなことがあっていいはずがねえ!! クソッタレがっ!!」
重企は地面を思い切り殴り付ける。すると轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れる。
「お前の計画など、最初から破綻していたんだよ。確かに普段に比べて数は少なかっただろうが、人間側の守りは決して甘くなかっただろう。人間どもが30年前と同じだと思っている時点で、お前に勝機は無かったのだ」
涅鴉无は、重企にそう告げる。苛立った重企は腹いせに、自分に情報を伝えに来た鬼を殺そうと手を伸ばす。
「じゅ、重企様っ! お、おやめくださいっ!」
殺されるとわかった鬼が叫ぶ。
重企に殺されるのを覚悟した鬼だったが、重企の動きが止まっている。
「か、体が……動かねぇ……な、なんだ……こりゃあ……」
驚きと怒りが入り混じったように呻く重企。
「……やれやれ、涅鴉无。部下1人も制御できないのですか?」
落ち着いた女性の声が聞こえ、皆がそちらを見ると白い装束に身を包んだ美しい長髪の女性の姿があった。
右手は印を結んでいるようで、若矢も一目見て、その女性が重企の動きを止めているであろうことが理解できた。
「ずいぶんと血の気の多そうな鬼ですね……」
重企は血管が浮き出るほど怒り狂っていたが、体を動かすことはできないようでただただ彼女を睨み付けるだけだ。
「……申し訳ない。僕はどんな部下であれ、同族には甘くてね」
涅鴉无は女性に謝罪する。
「あ、あなたは……? まさか……あの伝説の陰陽師様?」
人々は彼女に見惚れて、それ以上言葉が出てこない。
しかし女性は苦笑しながら首を横に振る。
「ふふ、伝説だなんてそんな大層なものではありませんよ。……私は桜京を守護する者として、この町の平和を脅かす存在を排除しに来ただけですから」
彼女はそう言って人々に微笑む。そうやって話しながらでも、重企の動きを完全に止めてしまっている。その実力は相当なものだろう。
「まあ、話は後にしましょう。それよりも今は……」
彼女は重企から目を離し、魔物たちに目を向けようとするが……。
「甘いんだよっ! このくそアマがぁぁ!!」
重企は叫び声をあげると、彼女の背後で腕を伸ばして攻撃を仕掛ける。しかし彼女も予想していたのか、後方を振り返ることなく印を結ぶ手だけを動かす。すると重企の体は再び、ピタリと動かなくなる。
「な、なにぃ!?」
驚く重企を他所に、女性はそのまま振り返ることもなく、何かを唱え始めた。
すると不思議なことに重企の体が見る見るうちに縮んでいき、豆粒ほどの大きさになり、そのまま地面に落下した。
「な、なんなんだよ!? 俺は一体どうしちまったんだ!?」
重企は突然の変化に混乱しているようだ。だが彼は再び動き出すことができないでいる。
そして彼女はそんな重企の様子を気にする様子もなく、女性はベルフェゴールたち魔族の方を見ている。
「魔族……ですか。これ以上悪さをするつもりなら、私が許しませんよ?」
女性の言葉の節々に静かな怒りが込められていた。
「おいおいおい、ベルフェゴールよ! こいつをぶっ倒せ!」
重企は小さくなった体で叫んでいる。
ベルフェゴールは少しの間黙っていたが、やがて高笑いすると魔族たちに撤退の指示を出す。
「クク、これは分が悪いなぁ。まあよい。今回はこれで引くとしよう。お前との同盟もこれまでだ。すまんなぁ、重企」
重企は悔しそうにベルフェゴールを睨みつけている。
「く、くそがぁぁっ!!」
重企の叫びを無視し、大勢の若矢に視線を向けるベルフェゴール。
あれだけいた児赤の数ももう数えるほどしか残っていない。
「牛方若矢……。ようやく見つけたが、まだまだ自分で育ちそうだしなぁ。しばらくは泳がせておくとしよう。……ごきげんよう、牛方若矢」
ベルフェゴールはそう言い残し、魔族たちと共に姿を消した。
「お、終わった……のか?」
人々は呆然と立ち尽くしている。
残る児赤は1体にまとまると、再び巨大化して最後の抵抗を試みた。
だが、100人の若矢たちは児赤の前に集結する。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
100人の若矢がそれぞれ白い闘気を解放する。
そして一斉に跳び上がると、児赤に爆発エネルギーを籠めたパンチやキックを一斉に放つ。
「おりゃああああっ!!」
「そりゃああああっ!!」
「とりゃああああっ!!」
辺り一帯に強烈な突風を引き起こす爆発が起こると共に、児赤が断末魔の叫びを上げる。
「ギャアアアアッ!!」
爆発の中から1人に戻った若矢が、戻って来る。
「お兄さん大丈夫!?」
弁慶が目を見開いて声をかけると……。
「もちろん! この通りだ!」
若矢は力強く胸を叩く、が……。
「あ、あれ……。さすがに……」
と、倒れ込みそうになる若矢を弁慶が支える。
「お疲れさま、お兄さん。めちゃくちゃ強くてカッコよかったよ! 疲れただろうから、休んでね!」
「あ、ああ。ありが……とう……」
若矢は弁慶に支えられながらゆっくりと腰を下ろすと、そのまま眠ってしまった。
「……さて、これで一件落着だな」
涅鴉无がそう言うと、人々も鬼も歓声を上げるのだった。
「涅鴉无、今回の件に関わった鬼たちをどうするつもりです?」
白い装束の女性が涅鴉无に問いかける。
「やはり……許してはくれないかい? 千集院翳殿」
「条約を破り、桜京を手中に収めんとした者加担した者たちですよ? 決して許されることではありません。……ですが、町に人的被害が無かったこともまた事実。あなたがしっかりと再教育するというのであれば、私は今回の件を不問にしましょう」
「そうか……。恩に着るよ」
涅鴉无は頭を下げると、町の方へ目を向ける。
「……今回の件は、僕の責任でもある。必ず人と鬼との協定を守る」
「わかりました。ではこの重企という鬼はどうしましょうか? ……私が始末しても構わないのですが?」
翳がそう提案すると、重企は恐怖で震え上がる。
「いや、それはやめて欲しい。彼の始末は僕が請け負う。どのような形になるにせよ、もう二度と人間に近付かせないと約束しよう」
「わかりました。ではそのように」
翳はそう言うと、鬼たちをぐるりと見回し、他の鬼たちにも改めて釘を刺す。
「いいですか? あなたたちが条約を破り、町や里の人間に害を為せばその報いを受けるのはあなたたち自身です。ゆめゆめ忘れぬことです」
重企を含む全ての鬼たちが震え上がる。
「……さてと。では私はこれで失礼致しますね」
翳はそれだけ言うと、若矢と弁慶の方に歩み寄る。
「町を守るために尽力してくれたようですね。どうもありがとう。あなたたちのおかげで、被害はほとんどありませんでした」
翳が微笑むと弁慶は満面の笑みで返す。
「どういたしまして! ボクも楽しかったけど、一番頑張ったのはこのお兄さんなんだ!」
疲れて眠っている若矢を抱きかかえながら、弁慶は笑顔で言う。
「ふふ、そうですか。ではそのお兄さんによろしくお伝えください。また会えるとよいですね」
翳はそれだけ言うと、まるで霧のようにその場から姿を消した。
「え? あれ、もういない……!?」
弁慶は目を丸くして周りを見回すのだった。
それから程なくして、夜が明け始める。
「牛方若矢、弁慶。君たちは魅禍屡那様の勇士候補だ。いずれまた、必ず我らは再会するだろう。試練の時にな。だが今はその時ではないようだ。……僕のせいで、大事に巻き込んでしまって申し訳ない。鬼の頭目として深く詫びる。そして、桜京の町を守るために力を貸してくれたことを感謝する」
涅鴉无2人に向かって頭を下げる。
若矢はゆっくりと首を振ると、顔を上げるように言った。
「児赤が逃走したのは暴走した俺のせいでもあるし、そもそも重企が魔族と結託して謀反を起こそうとしていたんだし、涅鴉无さんのせいだけじゃないよ」
「ありがとう、君は優しいんだな……」
若矢の言葉を聞き、涅鴉无は再び頭を下げると、小さくなっている重企に目を向ける。
「さて、重企よ。お前の処罰は、城に戻ってからじっくり考えよう」
重企は相も変わらず怒鳴り散らしているが、その大きさは豆粒程度であり、以前のような迫力はない。
涅鴉无はあらためて礼を言うと、指をパチンと鳴らす。
すると鬼たちの姿は一瞬でその場から消え去るのだった。
「俺たちも帰るか、弁慶」
「そうだね! ボクはもうお腹ペコペコだよー!」
若矢と弁慶も桜京に向かって歩き出す。
「ふふ……。牛方若矢、この短期間でずいぶんと強くなったのね。……食べちゃいたいところだけど、今彼を襲ったら私が涅鴉无様に粛清されちゃうわね……」
2人の後ろ姿を見送りながら、1人の女性が木の上で佇んでいた。それは桜京の町で若矢と戦った鬼、魅月だった。
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