37 / 37
第2章「新たな地、灯ノ原」
第37話「嵐の夜 ~ヒノワグマ登場~」
しおりを挟む
「よし、では出発といくかの?」
「江城まではもう少しで着くはずだぜ。長旅でしんどいだろうが、あともうひと踏ん張りといこうじゃねぇか」
ラグーと六村の言葉にそれぞれうなずき、いつのように馬車に乗り込み、出発した。
そうして次の日、また次の日と馬車で進んでいく。江城まであと僅かに迫った時だった。急な悪天候が馬車に乗った一行を襲った。
「こいつはひでぇな……。これじゃ江城に着く頃にはびしょ濡れになっちまうぜ」
雨は強く、遠くの視界すら奪ってしまうほど降り注いでいる。
ラグーが馬車を止め、空を仰ぎながら言う。
「よし、ここらで一旦休憩にしようぞ。濡れたままでは風邪をひくかもしれぬからのう」
「あ~疲れた~! もうお尻痛い!」
弁慶と真之介も馬から降りて体を伸ばす。
だが、雨は止むどころか激しさを増す。雷が鳴り出し、突風が吹き荒れる。
「これは……、今日はここで野宿した方が良さそうですね」
真之介が小さな洞穴を指差す。かなり小さいが、雨風を凌ぐのにはちょうど良いだろう。
「うむ、そうじゃな。無理をして風邪を引くようでは、元も子もないからの」
ラグーがうなずき、一行は洞穴へと入っていった。
「寒ぃな……。しかしこんな狭い空間で焚火なんかしたら、酸欠になりそうだな」
六村が体を擦りながら、困ったように零す。
するとラグーは、人差し指を立てる。
「ワシら獣人種と違うて、お主らヒューマン種にとってこの雨は体温を著しく消耗させる厄介な物のようじゃ。それ!」
彼はそう言い終えると、指先を洞穴の地面に当てて何かを描いている。
不思議そうにしていた若矢たち。
ラグーが描き終えた場所から、光の炎のようなものが溢れ出る。
煙は出ず、触れても引火しない、それでいてしっかりとした温かさを感じられる不思議な炎だった。
「これは魔法……?」
若矢が呆然としていると、ラグーが言う。
「ワシの魔力で描いた魔法陣じゃ。これでこの洞穴の中は温かな空気に包まれ、濡れた体もすぐ乾くじゃろう」
そんな便利なものがこの世界にあるのかと驚く一行。
「これはただの魔法じゃないぞ? じいちゃんは、獣人族に伝わる精霊魔術を使えるんだ!」
タイニーは自慢げにそう語る。
「精霊魔術? なんだそれ?」
若矢が首をかしげると、六村も続けて言う。
「俺も知らねえな……。魔法とは違うのか?」
するとラグーは魔法陣を見ながら説明し始める。
「さよう。いや、魔法の一種ではあるな。じゃが魔法として世界に広く普及しているものとは、多少原理が異なるのじゃ。魔法は、己が持つ魔力をエネルギーに変換し、詠唱した術式の奇跡を形と成す。対してこの精霊魔法はもっと原始的じゃ。魔力は必要ではない。大事なのは自然に宿るエネルギーを敬い、仲良くすること。さすれば、このように困った時に願えば力を貸してくれるのじゃよ」
「なるほど……。これまで聞いたことが無かったので、使える人は本当に限られているんでしょうね」
真之介が納得したように呟く。
「そうじゃな。ワシが知る限り、獣人族でも使える者はそう多くないじゃろう」
「へぇ……。じゃあおじいちゃんは、すごいんだねっ!」
弁慶が目を輝かせながら言うと、ラグーは優しく微笑んで言う。
「うむ、ワシもまだまだじゃがな。さて、そろそろ体を温めておこうかの」
ラグーの言葉に全員がうなずくと、それぞれ火にあたり始めた。
「腹が減ったにゃ……」
しばらくして、タイニーが呟いた。本来であれば、もうすぐ江城に着くため、それほど多くの食料は残されていないのだ。
だが、嵐は未だ止まず。
無暗に食料を消費しては、いざという時に立ち行かなくなってしまうだろう。
「う~ん、困った。食料がもうないですね。僕、少し調達してきます」
真之介はそう言って立ち上がるも、弁慶はそんな真之介の腕を掴んで言う。
「ダメだよ~! こんな嵐じゃ危険だし、怪我でもしたらどうするのさ~!」
確かにこの嵐の中を出歩くのは危険である。だが、もしも数日ここで立ち往生する羽目になれば、食料は尽きてしまうだろう。
すると少しだけ雨が弱まってきた。何かを探すとすればこのタイミングかもしれない。
「よしっ! 今なら食料を探せるぞ。タイニーは鼻がいいから、変わった匂いの野草や山菜なんかはすぐに見つかるさ! 若矢、お前も来るだろ!?」
「ああ! もちろん!」
タイニーの提案に若矢がうなずく。
「待て待て2人とも。ここは街道とはいえ、森の中じゃ。少し歩けばそこは山。この視界の悪い嵐の中では迷子になってしまうじゃろうて」
ラグーの言葉に、2人は我に返る。
「う……確かにそうだ、じいちゃん」
タイニーがしょんぼりと肩を落とす。
そんなタイニーを励ますように、六村が立ち上がる。
「それじゃあこの辺りに詳しい俺が同行するぜ。仕事柄、街道から外れた山道を歩くこともあったんでな。ラグーさんもそれなら問題ねぇだろ? 何か調達してくるぜ」
ラグーは、うむ、とうなずく。
「それじゃあタイニー、六村さん、行こう!」
3人は、近くに生えていた大きなふきを傘代わりにして、街道に沿って進んでいく。
少し進んだところで、キノコや山菜を見つける若矢たち。
食べられるかどうかは六村が詳しく知っており、香りの強いキノコなどはタイニーが若矢たちよりも優れている嗅覚で位置を探してくれる。
「これである程度食料は賄えそうですね」
「おう、これだけあれば数日は大丈夫だな。ま、早いとこ江城に着かねぇと栄養不足になっちまいそうだがな」
3人は大量に収穫できて満足そうに笑うと、元来た道を戻り始める。
と、その時だった。
「べぅえぅええぅっ!!」
という獣のような叫び声が雨を切り裂いて響き渡る。それは荒々しいものではなく、何かに襲われているかのような悲痛さだった。
「な、なんだ!? 今の……」
驚く若矢とタイニー。六村は、冷静にその声をこの辺りに生息するカモシカのものである、と分析した。
「これは……、まずいぞ」
六村は、その声が響いてきた方向を睨みつけている。若矢とタイニーは、そんな六村の様子にただならぬ気配を感じていた。
「この声は……まさか……」
3人が声のする方へ向かうと、そこには大きなシカのような牛ののような生き物が倒れていた。そしてそれを貪り喰らうのは、黒い体色の動物……クマだった。
「クマか……。この辺りに生息しているのは、ヒノワグマっていうクマだ。クマの中じゃ比較的小型だが油断はできねぇ。俺たちが獲物を狙ってるって知ったら、容赦なく排除しようとしてくるだろうさ。……ここは静かにやり過ごすのが一番だろう」
六村の冷静な判断に、若矢とタイニーもうなずく。
バレないようにそろりそろりと歩き、ゆっくりその場を後にする。
だが……。
もう少しでみんなが待つ洞穴にたどり着きそうな時だった。
「グオォォッ!!」
という唸り声が近くで聞こえる。
「な、なんだ!?」
若矢が声の方へ目を向けると、そこには先ほど見つけたヒノワグマが凄まじいスピードでこちらに向かって走って来ていた。
まだ後ろを見ていないタイニーの背後に迫っている。
「危ないっ!」
若矢はとっさにタイニーを突き飛ばすと、クマの突進を防ごうと刀を抜いた。だが、そのパワーに押し込まれてしまう。
「「若矢っ!?」」
タイニーと六村の声が重なる。若矢は、2人の声で気が付いた。もう少し後ろに下がれば、そこは崖だったのだ。
「お、俺が落ちてもみんなは江城に向かってくれ! 俺も絶対に生きて追い付くから! って、う、うわぁぁぁっ!!」
そのまま若矢は崖から落ちて行ってしまう。
「若矢! 今タイニーたちが助けにっ……!!」
タイニーが悲痛な声を上げながら断崖へ駆け寄ろうとするのを、六村が必死に引き止める。
「よせタイニー! お前も危ない!」
「でもそれじゃあ若矢はどうなる!?」
2人が話し合おうにも、ヒノワグマが2人に迫っていた。2人はその突進を躱す。どうにも何かに怯えているのか、苛立っているのか、酷く興奮しているように六村には見えた。
(妙に冷静さを欠いてるクマだ……もしかしてもっと大型の生物にさっきの獲物を奪われたか……)
タイニーが槍を構えて先端に炎を宿すと、ヒノワグマは火に恐れを成したのか、2人とは別の方向に逃げ去っていった。
「……はぁ……、危ないところだったぜ……」
六村は崖の方へと目を向けるが、若矢の落ちた先はよく見えなかった。
「く、くそ……! なんでなんだよ!!」
タイニーは目に涙を溜めて悔しがっている。だが、今はそれどころではない。一刻も早くみんなに報告に行かねばと、2人は洞穴へと引き返したのだった。
2人の報告を受けた真之介は慌てたように立ち上がるも、弁慶はそんなに心配していないように言う。
「大丈夫だよ。お兄さんのメラメラはまだまだ明るいもん! お兄さんは生きてるし、元気だよ!」
弁慶はニッコリと笑って言うが、タイニーはその態度に珍しく苛立ったように詰め寄る。
「にゃにを言っているんだ! そんなことどうしてわかる? 若矢が危ないかもしれないんだぞ!」
それを止めたのはラグーだった。
「止さんかタイニー。弁慶の言う通りじゃ。若矢くんの闘気はいつもと変わらず、感じ取れる。怪我をしていれば、それが痛みや苦しみとなって闘気を乱すじゃろうが、それも無い。彼は無事じゃよ」
彼の言葉に、タイニーは少し落ち着きを取り戻す。
タイニーはこれまで何度も、ラグーが闘気を感じ取って安否を判断する姿を目にしてきたのだ。
「そ、そうか……。ごめんよ、じいちゃん。それから、弁慶」
タイニーは素直に謝ると、若矢が生きていることを確信して安心したように座り込んだ。
「若矢は落っこちる前に、江城に向かうように言ってました。自分も必ず追い付くから、と」
六村がそう言うと、ラグーはうむ、とうなずく。
「ならば今は彼を信じて江城へ向かうとしよう。若矢くんは強い意志と目的がある。きっと江城に向かうはずじゃ」
「確かに。若矢はあの、デカい鬼を倒したくらい強いんだし、大丈夫だろうな」
六村はラグーの言葉に同意するようにつぶやいた。
こうして一行は数時間後に嵐が明けると、江城に向けて再び歩き始めた。若矢の無事を信じて……。
「江城まではもう少しで着くはずだぜ。長旅でしんどいだろうが、あともうひと踏ん張りといこうじゃねぇか」
ラグーと六村の言葉にそれぞれうなずき、いつのように馬車に乗り込み、出発した。
そうして次の日、また次の日と馬車で進んでいく。江城まであと僅かに迫った時だった。急な悪天候が馬車に乗った一行を襲った。
「こいつはひでぇな……。これじゃ江城に着く頃にはびしょ濡れになっちまうぜ」
雨は強く、遠くの視界すら奪ってしまうほど降り注いでいる。
ラグーが馬車を止め、空を仰ぎながら言う。
「よし、ここらで一旦休憩にしようぞ。濡れたままでは風邪をひくかもしれぬからのう」
「あ~疲れた~! もうお尻痛い!」
弁慶と真之介も馬から降りて体を伸ばす。
だが、雨は止むどころか激しさを増す。雷が鳴り出し、突風が吹き荒れる。
「これは……、今日はここで野宿した方が良さそうですね」
真之介が小さな洞穴を指差す。かなり小さいが、雨風を凌ぐのにはちょうど良いだろう。
「うむ、そうじゃな。無理をして風邪を引くようでは、元も子もないからの」
ラグーがうなずき、一行は洞穴へと入っていった。
「寒ぃな……。しかしこんな狭い空間で焚火なんかしたら、酸欠になりそうだな」
六村が体を擦りながら、困ったように零す。
するとラグーは、人差し指を立てる。
「ワシら獣人種と違うて、お主らヒューマン種にとってこの雨は体温を著しく消耗させる厄介な物のようじゃ。それ!」
彼はそう言い終えると、指先を洞穴の地面に当てて何かを描いている。
不思議そうにしていた若矢たち。
ラグーが描き終えた場所から、光の炎のようなものが溢れ出る。
煙は出ず、触れても引火しない、それでいてしっかりとした温かさを感じられる不思議な炎だった。
「これは魔法……?」
若矢が呆然としていると、ラグーが言う。
「ワシの魔力で描いた魔法陣じゃ。これでこの洞穴の中は温かな空気に包まれ、濡れた体もすぐ乾くじゃろう」
そんな便利なものがこの世界にあるのかと驚く一行。
「これはただの魔法じゃないぞ? じいちゃんは、獣人族に伝わる精霊魔術を使えるんだ!」
タイニーは自慢げにそう語る。
「精霊魔術? なんだそれ?」
若矢が首をかしげると、六村も続けて言う。
「俺も知らねえな……。魔法とは違うのか?」
するとラグーは魔法陣を見ながら説明し始める。
「さよう。いや、魔法の一種ではあるな。じゃが魔法として世界に広く普及しているものとは、多少原理が異なるのじゃ。魔法は、己が持つ魔力をエネルギーに変換し、詠唱した術式の奇跡を形と成す。対してこの精霊魔法はもっと原始的じゃ。魔力は必要ではない。大事なのは自然に宿るエネルギーを敬い、仲良くすること。さすれば、このように困った時に願えば力を貸してくれるのじゃよ」
「なるほど……。これまで聞いたことが無かったので、使える人は本当に限られているんでしょうね」
真之介が納得したように呟く。
「そうじゃな。ワシが知る限り、獣人族でも使える者はそう多くないじゃろう」
「へぇ……。じゃあおじいちゃんは、すごいんだねっ!」
弁慶が目を輝かせながら言うと、ラグーは優しく微笑んで言う。
「うむ、ワシもまだまだじゃがな。さて、そろそろ体を温めておこうかの」
ラグーの言葉に全員がうなずくと、それぞれ火にあたり始めた。
「腹が減ったにゃ……」
しばらくして、タイニーが呟いた。本来であれば、もうすぐ江城に着くため、それほど多くの食料は残されていないのだ。
だが、嵐は未だ止まず。
無暗に食料を消費しては、いざという時に立ち行かなくなってしまうだろう。
「う~ん、困った。食料がもうないですね。僕、少し調達してきます」
真之介はそう言って立ち上がるも、弁慶はそんな真之介の腕を掴んで言う。
「ダメだよ~! こんな嵐じゃ危険だし、怪我でもしたらどうするのさ~!」
確かにこの嵐の中を出歩くのは危険である。だが、もしも数日ここで立ち往生する羽目になれば、食料は尽きてしまうだろう。
すると少しだけ雨が弱まってきた。何かを探すとすればこのタイミングかもしれない。
「よしっ! 今なら食料を探せるぞ。タイニーは鼻がいいから、変わった匂いの野草や山菜なんかはすぐに見つかるさ! 若矢、お前も来るだろ!?」
「ああ! もちろん!」
タイニーの提案に若矢がうなずく。
「待て待て2人とも。ここは街道とはいえ、森の中じゃ。少し歩けばそこは山。この視界の悪い嵐の中では迷子になってしまうじゃろうて」
ラグーの言葉に、2人は我に返る。
「う……確かにそうだ、じいちゃん」
タイニーがしょんぼりと肩を落とす。
そんなタイニーを励ますように、六村が立ち上がる。
「それじゃあこの辺りに詳しい俺が同行するぜ。仕事柄、街道から外れた山道を歩くこともあったんでな。ラグーさんもそれなら問題ねぇだろ? 何か調達してくるぜ」
ラグーは、うむ、とうなずく。
「それじゃあタイニー、六村さん、行こう!」
3人は、近くに生えていた大きなふきを傘代わりにして、街道に沿って進んでいく。
少し進んだところで、キノコや山菜を見つける若矢たち。
食べられるかどうかは六村が詳しく知っており、香りの強いキノコなどはタイニーが若矢たちよりも優れている嗅覚で位置を探してくれる。
「これである程度食料は賄えそうですね」
「おう、これだけあれば数日は大丈夫だな。ま、早いとこ江城に着かねぇと栄養不足になっちまいそうだがな」
3人は大量に収穫できて満足そうに笑うと、元来た道を戻り始める。
と、その時だった。
「べぅえぅええぅっ!!」
という獣のような叫び声が雨を切り裂いて響き渡る。それは荒々しいものではなく、何かに襲われているかのような悲痛さだった。
「な、なんだ!? 今の……」
驚く若矢とタイニー。六村は、冷静にその声をこの辺りに生息するカモシカのものである、と分析した。
「これは……、まずいぞ」
六村は、その声が響いてきた方向を睨みつけている。若矢とタイニーは、そんな六村の様子にただならぬ気配を感じていた。
「この声は……まさか……」
3人が声のする方へ向かうと、そこには大きなシカのような牛ののような生き物が倒れていた。そしてそれを貪り喰らうのは、黒い体色の動物……クマだった。
「クマか……。この辺りに生息しているのは、ヒノワグマっていうクマだ。クマの中じゃ比較的小型だが油断はできねぇ。俺たちが獲物を狙ってるって知ったら、容赦なく排除しようとしてくるだろうさ。……ここは静かにやり過ごすのが一番だろう」
六村の冷静な判断に、若矢とタイニーもうなずく。
バレないようにそろりそろりと歩き、ゆっくりその場を後にする。
だが……。
もう少しでみんなが待つ洞穴にたどり着きそうな時だった。
「グオォォッ!!」
という唸り声が近くで聞こえる。
「な、なんだ!?」
若矢が声の方へ目を向けると、そこには先ほど見つけたヒノワグマが凄まじいスピードでこちらに向かって走って来ていた。
まだ後ろを見ていないタイニーの背後に迫っている。
「危ないっ!」
若矢はとっさにタイニーを突き飛ばすと、クマの突進を防ごうと刀を抜いた。だが、そのパワーに押し込まれてしまう。
「「若矢っ!?」」
タイニーと六村の声が重なる。若矢は、2人の声で気が付いた。もう少し後ろに下がれば、そこは崖だったのだ。
「お、俺が落ちてもみんなは江城に向かってくれ! 俺も絶対に生きて追い付くから! って、う、うわぁぁぁっ!!」
そのまま若矢は崖から落ちて行ってしまう。
「若矢! 今タイニーたちが助けにっ……!!」
タイニーが悲痛な声を上げながら断崖へ駆け寄ろうとするのを、六村が必死に引き止める。
「よせタイニー! お前も危ない!」
「でもそれじゃあ若矢はどうなる!?」
2人が話し合おうにも、ヒノワグマが2人に迫っていた。2人はその突進を躱す。どうにも何かに怯えているのか、苛立っているのか、酷く興奮しているように六村には見えた。
(妙に冷静さを欠いてるクマだ……もしかしてもっと大型の生物にさっきの獲物を奪われたか……)
タイニーが槍を構えて先端に炎を宿すと、ヒノワグマは火に恐れを成したのか、2人とは別の方向に逃げ去っていった。
「……はぁ……、危ないところだったぜ……」
六村は崖の方へと目を向けるが、若矢の落ちた先はよく見えなかった。
「く、くそ……! なんでなんだよ!!」
タイニーは目に涙を溜めて悔しがっている。だが、今はそれどころではない。一刻も早くみんなに報告に行かねばと、2人は洞穴へと引き返したのだった。
2人の報告を受けた真之介は慌てたように立ち上がるも、弁慶はそんなに心配していないように言う。
「大丈夫だよ。お兄さんのメラメラはまだまだ明るいもん! お兄さんは生きてるし、元気だよ!」
弁慶はニッコリと笑って言うが、タイニーはその態度に珍しく苛立ったように詰め寄る。
「にゃにを言っているんだ! そんなことどうしてわかる? 若矢が危ないかもしれないんだぞ!」
それを止めたのはラグーだった。
「止さんかタイニー。弁慶の言う通りじゃ。若矢くんの闘気はいつもと変わらず、感じ取れる。怪我をしていれば、それが痛みや苦しみとなって闘気を乱すじゃろうが、それも無い。彼は無事じゃよ」
彼の言葉に、タイニーは少し落ち着きを取り戻す。
タイニーはこれまで何度も、ラグーが闘気を感じ取って安否を判断する姿を目にしてきたのだ。
「そ、そうか……。ごめんよ、じいちゃん。それから、弁慶」
タイニーは素直に謝ると、若矢が生きていることを確信して安心したように座り込んだ。
「若矢は落っこちる前に、江城に向かうように言ってました。自分も必ず追い付くから、と」
六村がそう言うと、ラグーはうむ、とうなずく。
「ならば今は彼を信じて江城へ向かうとしよう。若矢くんは強い意志と目的がある。きっと江城に向かうはずじゃ」
「確かに。若矢はあの、デカい鬼を倒したくらい強いんだし、大丈夫だろうな」
六村はラグーの言葉に同意するようにつぶやいた。
こうして一行は数時間後に嵐が明けると、江城に向けて再び歩き始めた。若矢の無事を信じて……。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる