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第1章「覚醒」
第2話「微笑みの牧場、忍び寄る足音」
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——翌朝。
昨晩の温かい食卓と、イリーナの笑顔が頭に浮かんだ。
「……よし、頑張ろう」
経矢はそう呟くと、外へ向かった。
するとそこには馬を2頭連れたスミスの姿があった。
朝の挨拶をすると、スミスは経矢に手を挙げて答える。
「おお、おはようさん」
そして馬を撫でながら話を続けた。
「お前さん、馬には乗れるのかい? これから向かう農場は、この馬に乗っていくことになるんだが」
「はい。昔、馬にはよく乗っていたので!」
経矢がそう答えると、スミスは嬉しそうな表情を浮かべる。
「おぉ、そいつぁ頼もしいな!」
イリーナが宿から出てきて2人の元にやってくる。
「パパ! 準備できたよ!」
イリーナは笑顔でそう言った後、経矢の方を見る。
「キョウヤ、おはよう! へぇ~、あなたって馬に乗れるのね!」
「おはよう。うん、まぁね」
経矢がそう答えると、イリーナはフフッといたずらっぽく笑う。
「今日はキョウヤにたくさん働いてもらっちゃおうかな?」
「お? なんだイリー。お前、何か企んでるな?」
スミスがそう言うとイリーナは頬を膨らませる。
「もう! そんなんじゃないってば!」
経矢はそんな2人のやりとりを見て思わず笑みをこぼすのだった。
そして3人は馬に乗り農場へと向かった。
農場に着いた経矢は、たくさんの牛や羊の群れを見て声を上げる。
「はぇ~! すごい!」
経矢の反応を見たスミスは嬉しそうに口を開く。
「はははっ、そうだろ? ここまで大きくするのには結構大変だったんだぜ」
3人は厩舎に向かい、それぞれ馬から降りる。そしてイリーナが鍵を使って厩舎の扉を開けると、たくさんの牛たちが一斉に3人に向かって鳴き始めた。
干し草や動物の匂いが混じった、牧場独特の香りが朝の新鮮な空気と混ざり合い、経矢は自然の心地よさを感じる。
「この牧場では主に乳製品と、毛糸やウールを町で売ってるんだ。まぁ、まずは乳牛からだな」
スミスがそう言って、2頭の白い毛並みの雌牛を指差す。
「こいつは乳牛で、主にここで作った牛乳を町へ運んでるんだ。こいつの餌やりを頼むよ」
経矢は笑顔で返事をする。
「分かりました!」
そして経矢が餌をやり始めると、イリーナも隣にやってきて同じように乳牛に餌を与える。
「あたしが作業のやり方を教えてあげるよっ!まずは飼料をこのバケツに入れて……」
「こうかな……?」
経矢はイリーナに教わりながら、餌やりをするのだった。
そんな2人の様子を、スミスは満足げな様子で眺めていた。
「よし! それじゃあ次は羊のとこに行くか!」
しばらくして3人は厩舎を出て、次の目的地へと向かうのだった。
3人が次に訪れたのは、たくさんの羊がいる場所だった。その羊たちは柵の中で自由に動き回っている。
「こいつはウールを作ってくれてるんだ。まぁ、見ての通り羊だからな。毛を刈って織物にするわけだ」
スミスがそう言うと、経矢は納得する。そして経矢の隣でイリーナが口を開く。
「ちなみに時々だけどね、ウールで作ったセーターやマフラーなんかも売ってるんだよ!」
イリーナの言葉に、経矢はなるほどとうなずく。
「じゃあまずは毛刈りだな! このハサミを使って羊から毛を刈ってくれ」
そう言ってスミスは経矢にハサミを渡す。経矢はそれを受け取ると羊たちに近づき、イリーナの指導を受けながらハサミを動かす。
ふわふわとした毛が指先に絡まる感触は経矢にとって初めてのもので、とても心地よく感じられた。
毛がパラパラと取れていき、しばらくすると羊の毛並みは綺麗に整えられていた。
「よし! いい感じに刈れたぞ!」
経矢はそう言って満足げに笑みを浮かべる。
イリーナとスミスは、想像以上に楽しんで作業をしている経矢を見て、顔を見合わせると嬉しそうに微笑むのだった。
3人はその後も作業を続け、やがて日も暮れてきた頃、ようやく今日の仕事を終えたのだった。
帰りの準備をしている時だった。
「ちっ、また来やがったか……。安全な柵に囲まれているとはいえ、こうもしつこいと少し心配だな」
林の奥を見つめ、1人呟くスミス。彼の視線を追うとそこには、数頭のオオカミが牧場の羊たちを睨みつけていた。
「あのオオカミ達は……?」
経矢がそう尋ねると、スミスは険しい表情で答える。
「昔からこの辺りにはオオカミが生息してるんだが……実はここ最近、凶暴化しててな」
スミスの話を聞いていると、なんとイリーナがライフルを構えた。
「え? イ、イリーナ?」
経矢が驚いている間に、イリーナはライフルの銃口を狼たちに向ける。
指がトリガーにかかると、彼女の表情は一瞬だけ真剣なものに変わった。
「……威嚇射撃で勘弁してあげるから、帰んなさいよね……」
そして、引き金が引かれた——!
オオカミたちにギリギリ当たらない地面に威嚇射撃を行ったのだ。
銃声を受けたオオカミたちは、身の危険を感じたのか一目散に逃げだしていくのだった。
「よし、これで一旦は大丈夫だね! 」
イリーナは2人に笑顔を向ける。
「すごいよイリーナ! 射撃が得意なんだな!」
彼女の華奢な体に似つかわしくないライフルを巧みに扱う姿に、経矢は感心する。
まっすぐに褒められ、イリーナは照れたように頬を赤くしながらも胸を張る。
「ま、まぁね~! なんたってパパの娘だもの! これくらい当然よ!」
その後、3人は宿へと戻るのだった。
その日の夜、夕食を食べ終えて3人は歓談をしていた。ウイスキーを一口煽ると、スミスは酒に酔った赤ら顔で経矢を見ながら
「イリーは、いい子だろ? 料理も上手だし器用だし、おまけに銃の腕前も一人前。もう少し大きくなりゃ結婚の申し出が絶えない、いい女に育つぜ……」
と自慢げに話す。
そんな父の言葉を受け、イリーナは顔を赤くしながら慌てて口を開く。
「パ、パパ~ッ!? もう、何言ってるの? あたしはまだ15歳なんだからね! 結婚なんてまだまだ先よ!」
そう言って頬を膨らませるイリーナを、スミスと経矢は微笑ましそうに見つめるのだった。
「さてと、あたしはお風呂に入って寝るね。キョウヤもパパもあんまり遅くまで起きてちゃダメよ? あとパパ、これ以上飲みすぎちゃダメだからね!」
イリーナはそう言うと席を立ち、風呂場へと向かっていく。経矢はそんなイリーナに声をかける。
「おやすみ! 今日は本当にありがとう」
イリーナは振り返るとニコッと笑い、手を振りながら自室へと向かうのだった。
「可愛いだろ、うちのイリーは。お前さんもそう思うだろ?」
スミスの言葉に経矢は頷きながら口を開く。
「はい、とても優しいし、素直でいい子だと思います」
経矢がそう答えると、スミスは大きくため息をつく。そしてしみじみとした口調で呟くのだった。
「……実はな、イリーは5年前に母親を病気で失ってるんだ。だから俺はあの子にだけは幸せになってもらいたいんだよ……。それなのに、いつも苦労ばかりかけちまってる……。不甲斐ない父親だよ……」
スミスはそう言いながら、さらにウイスキーを飲み続けるのだった。
「あの……牧場の仕事って明日以降も手伝うことってできますか?」
突然の質問に驚くスミスだったが、すぐに笑顔になって答える。
「もちろんだ!お前さんなら大歓迎だぜ! むしろそうしてもらえると嬉しいよ」
「ありがとうございます。もう少しこの町に留まりたかったので、その間、牧場でのお手伝いをさせてもらえたらなと思って」
経矢がそう言うと、スミスは嬉しそうに笑う。
「そうか! じゃあ明日もよろしく頼むぜ!」
2人はその後もしばらく談笑を続け、やがてそれぞれ眠りにつくのだった。
翌日の早朝も、昨日と同じく3人で牧場に向かう。
「パパに聞いたよ、キョウヤ! もうちょっとここに居て牧場のお仕事手伝ってくれるんでしょ?」
イリーナは弾んだ声で経矢に言うと、彼も笑顔で答える。
「ああ、もうしばらくお世話になるよ!」
イリーナはそれを聞くと嬉しそうに鼻歌を口ずさみながら、厩舎へと歩いていくのだった。
厩舎に着くと、スミスが経矢に声をかける。
「キョウヤ、今日もよろしく頼むな!」
「はい! 頑張ります!」
そして3人は作業に取り掛かるのだった。
経矢はそれから毎日同じように、牛や羊たちの世話を行いつつ、掃除をしたり、オオカミを追い払ったりして、牧場の仕事をこなしていく。
その傍ら、コーダの町でこの辺りのことや世界情勢などについて聞き込みを行っていた。もっとも、コーダの町は人がほとんど住んでおらず、さらにそのほとんどが高齢化しているため、新しい情報はほとんど得られなかったが……。
そんな日々が続くうちに、経矢はすっかり牧場の仕事に慣れていくのだった。
「キョウヤ、イリーと一緒に隣町のポケーションに、搾りたての牛乳とウールを届けてくれないか? 今日の天気ならオオカミも魔物も出ないだろうからな」
ある日のこと、経矢はスミスから仕事を頼まれる。
「もちろんです! でもいつもはスミスさんとイリーナが行くのに、どうかしたんですか?」
経矢は快く返事を返しつつ、疑問を口にする。
するとスミスは、
「イリーがお前と一緒に行きたいんだとさ。ま、親としては寂しいが、お前がいれば安心だよ」
そう言って優しく微笑むのだった。
「ち、違うってパパ! キョウヤにポケーションの町を案内しようと思ったの! あ・ん・な・い! それだけよ!」
イリーナは顔を赤くして反論する。そんな様子をスミスは微笑ましそうに見つめるのだった……。
2頭の馬に荷物を積んだ馬車を引いてもらい、2人はポケーションの町へと出発する。
道中、イリーナが口を開く。
「……キョウヤって本当に働き者だよね。もうすっかり牧場のお仕事に慣れてるみたいだし」
「そうか? でも牧場の仕事ってすごく楽しいからさ!」
経矢がそう答えると、イリーナはフフッと笑って話を続ける。
「キョウヤみたいな人がずっと家にいてくれたらな……なんてねっ! あ、でも、パパの農場を継げば毎日朝昼晩とお肉が食べられるよ?」
「あはは、それも悪くないな。でも俺は……」
経矢がそこまで言ったところで、馬車はポケーションの町に到着した。
2人は町の入り口で馬を降りて、牧場から持ってきた荷物を降ろすと、町の中へ入るのだった。
ポケーションの町はコーダの町よりも大きかったが、こちらもまた寂れており人通りもまばらだった。
2人がそんな町の中を歩いていくと、やがて一軒の酒場に辿り着いた。ここは売り物を買い取ってくれる、スミスの古い友人が営む酒場らしい。
イリーナは慣れた様子でその扉を開けると店内へと入っていく。そしてカウンターに座っていた髭の濃い大柄な男に声をかける。
「おじさん、こんにちは! 牧場から搾りたての牛乳と刈りたてのウールを運んできたよ!」
イリーナがそう声をかけると、男はグラスを磨きながら口を開く。
「おお、いつもすまないな。……ところでそっちの坊主は?」
「あ、この人はキョウヤって言ってね!パパが新しく雇ってくれたお手伝いさんなの」
イリーナの紹介を受けて経矢は頭を下げる。
男は興味深そうな様子で、
「ほう! こんな寂れた町に新しく働きに来るなんて、お前さんも物好きだなぁ!」
そう言って笑うのだった。そして経矢の顔をまじまじと見つめると口を開く。
「いや、それよりせっかく来たんだし、何か飲んでいくか? お代はいらないぜ」
男の言葉にイリーナが反論する。
「もう! おじさん! キョウヤは牧場のお手伝いで来ているんだから、昼からお酒なんて飲んでる暇はないんだよ?」
イリーナの言葉に男はバツが悪そうに頭をかく。そして経矢の方を見て申し訳なさそうに言うのだった。
「そりゃあ悪かったな坊主。お詫びに家に帰って、スミスと一杯やってくれよ」
男はそう言って棚から一本のウイスキーの瓶を取り出し、経矢に手渡す。
「あ、ありがとうございます!」
経矢が礼を言ってウイスキーを受け取ると、男はニカッと笑って話しかける。
「おじさん、いつもありがとうね! じゃあまたあとで来るよ!」
2人は、そう言って酒場を後にするのだった。
その後、経矢はイリーナから町を案内してもらいながら2人で町を回り、牧場の家畜たちのエサや道具などを買い揃えるのだった。
そして町を出ようとした時だった。
十数人の馬に乗った男たちが、ポケーションの町へとやって来て、酒場へと入って行く。
町の人への威圧的な振る舞いを見ていると、まるでギャングのようだと経矢は思った。
すると、イリーナが小声で話しかけてくる。
「アイツらは、この辺り一帯を縄張りにしているギャングなの……。ここ数年は、大人しくしていたのに……」
イリーナは不安そうな表情を浮かべて、男たちが酒場に入って行くのをじっと見つめていた。
「どうしよう……また何か良からぬことでも考えてるんじゃ……」
2人は馬車に乗ると急いで牧場へ帰るのだった。
経矢は帰り道、ギャングの動向に気を配っていたが特に問題も起こらず牧場へと到着した。
3人はポケーションの町で買い物をしたことをスミスに伝える。
「キョウヤ、どうだった?町の様子は」
スミスが尋ねると、キョウヤの代わりにイリーナが答えを返した。
「キョウヤに町を案内できて楽しかったけど、アイツらを久しぶりに見たんだ……。天突ギャングの連中を……」
イリーナは不安そうな表情を浮かべており、それを聞いたスミスも真剣な表情になる。
「そうか……連中め。また暴れ出したか……。キョウヤ、イリーを護ってくれてありがとうな」
「いえ、襲われたりはしませんでしたから。あの、"天突ギャング"って……?」
経矢が質問すると、スミスが答える。
「ああ、"天突ギャング"ってのはこの辺一帯を縄張りにしてたギャングだ。もう50年近く前の東西戦争をまだ引きずって、気に入らない相手を東軍と決めつけて襲っていたんだ。メンバー全員、左右の鎖骨のちょうど真ん中辺りに、ドクロのマークを彫ってあるんだ」
経矢とイリーナは黙ってスミスの言葉を待つ。
「だが数年前に"スレッドボックス"っていう警備組織にほぼ壊滅状態に追い込まれてから、すっかり大人しくなってたんだが……」
スミスの言葉にイリーナが口を開く。
「パパ! あたし心配だよ……。アイツらがまた暴れ出したら、コーダの町も牧場も襲われちゃうかもしれない……せっかく平和になったのに……」
不安そうな表情を浮かべるイリーナにスミスが言う。
「大丈夫だ、イリー。アイツらのことは"スレッドボックス"がいれば問題ないさ! それにアイツらは貧乏人には手を出さない主義だ。だから俺たちがビクビクする必要もないのさ! な? イリー」
スミスの言葉にイリーナは笑顔を取り戻すと、大きくうなずくのだった。
キョウヤもそれならばあまり気にする必要はなさそうだと思い、それ以上は何も聞かなかった。
しかし、そう話したスミス自身も不安を隠しているのだった。
(……俺自身、そう信じたいだけかもしれんがな……)
昨晩の温かい食卓と、イリーナの笑顔が頭に浮かんだ。
「……よし、頑張ろう」
経矢はそう呟くと、外へ向かった。
するとそこには馬を2頭連れたスミスの姿があった。
朝の挨拶をすると、スミスは経矢に手を挙げて答える。
「おお、おはようさん」
そして馬を撫でながら話を続けた。
「お前さん、馬には乗れるのかい? これから向かう農場は、この馬に乗っていくことになるんだが」
「はい。昔、馬にはよく乗っていたので!」
経矢がそう答えると、スミスは嬉しそうな表情を浮かべる。
「おぉ、そいつぁ頼もしいな!」
イリーナが宿から出てきて2人の元にやってくる。
「パパ! 準備できたよ!」
イリーナは笑顔でそう言った後、経矢の方を見る。
「キョウヤ、おはよう! へぇ~、あなたって馬に乗れるのね!」
「おはよう。うん、まぁね」
経矢がそう答えると、イリーナはフフッといたずらっぽく笑う。
「今日はキョウヤにたくさん働いてもらっちゃおうかな?」
「お? なんだイリー。お前、何か企んでるな?」
スミスがそう言うとイリーナは頬を膨らませる。
「もう! そんなんじゃないってば!」
経矢はそんな2人のやりとりを見て思わず笑みをこぼすのだった。
そして3人は馬に乗り農場へと向かった。
農場に着いた経矢は、たくさんの牛や羊の群れを見て声を上げる。
「はぇ~! すごい!」
経矢の反応を見たスミスは嬉しそうに口を開く。
「はははっ、そうだろ? ここまで大きくするのには結構大変だったんだぜ」
3人は厩舎に向かい、それぞれ馬から降りる。そしてイリーナが鍵を使って厩舎の扉を開けると、たくさんの牛たちが一斉に3人に向かって鳴き始めた。
干し草や動物の匂いが混じった、牧場独特の香りが朝の新鮮な空気と混ざり合い、経矢は自然の心地よさを感じる。
「この牧場では主に乳製品と、毛糸やウールを町で売ってるんだ。まぁ、まずは乳牛からだな」
スミスがそう言って、2頭の白い毛並みの雌牛を指差す。
「こいつは乳牛で、主にここで作った牛乳を町へ運んでるんだ。こいつの餌やりを頼むよ」
経矢は笑顔で返事をする。
「分かりました!」
そして経矢が餌をやり始めると、イリーナも隣にやってきて同じように乳牛に餌を与える。
「あたしが作業のやり方を教えてあげるよっ!まずは飼料をこのバケツに入れて……」
「こうかな……?」
経矢はイリーナに教わりながら、餌やりをするのだった。
そんな2人の様子を、スミスは満足げな様子で眺めていた。
「よし! それじゃあ次は羊のとこに行くか!」
しばらくして3人は厩舎を出て、次の目的地へと向かうのだった。
3人が次に訪れたのは、たくさんの羊がいる場所だった。その羊たちは柵の中で自由に動き回っている。
「こいつはウールを作ってくれてるんだ。まぁ、見ての通り羊だからな。毛を刈って織物にするわけだ」
スミスがそう言うと、経矢は納得する。そして経矢の隣でイリーナが口を開く。
「ちなみに時々だけどね、ウールで作ったセーターやマフラーなんかも売ってるんだよ!」
イリーナの言葉に、経矢はなるほどとうなずく。
「じゃあまずは毛刈りだな! このハサミを使って羊から毛を刈ってくれ」
そう言ってスミスは経矢にハサミを渡す。経矢はそれを受け取ると羊たちに近づき、イリーナの指導を受けながらハサミを動かす。
ふわふわとした毛が指先に絡まる感触は経矢にとって初めてのもので、とても心地よく感じられた。
毛がパラパラと取れていき、しばらくすると羊の毛並みは綺麗に整えられていた。
「よし! いい感じに刈れたぞ!」
経矢はそう言って満足げに笑みを浮かべる。
イリーナとスミスは、想像以上に楽しんで作業をしている経矢を見て、顔を見合わせると嬉しそうに微笑むのだった。
3人はその後も作業を続け、やがて日も暮れてきた頃、ようやく今日の仕事を終えたのだった。
帰りの準備をしている時だった。
「ちっ、また来やがったか……。安全な柵に囲まれているとはいえ、こうもしつこいと少し心配だな」
林の奥を見つめ、1人呟くスミス。彼の視線を追うとそこには、数頭のオオカミが牧場の羊たちを睨みつけていた。
「あのオオカミ達は……?」
経矢がそう尋ねると、スミスは険しい表情で答える。
「昔からこの辺りにはオオカミが生息してるんだが……実はここ最近、凶暴化しててな」
スミスの話を聞いていると、なんとイリーナがライフルを構えた。
「え? イ、イリーナ?」
経矢が驚いている間に、イリーナはライフルの銃口を狼たちに向ける。
指がトリガーにかかると、彼女の表情は一瞬だけ真剣なものに変わった。
「……威嚇射撃で勘弁してあげるから、帰んなさいよね……」
そして、引き金が引かれた——!
オオカミたちにギリギリ当たらない地面に威嚇射撃を行ったのだ。
銃声を受けたオオカミたちは、身の危険を感じたのか一目散に逃げだしていくのだった。
「よし、これで一旦は大丈夫だね! 」
イリーナは2人に笑顔を向ける。
「すごいよイリーナ! 射撃が得意なんだな!」
彼女の華奢な体に似つかわしくないライフルを巧みに扱う姿に、経矢は感心する。
まっすぐに褒められ、イリーナは照れたように頬を赤くしながらも胸を張る。
「ま、まぁね~! なんたってパパの娘だもの! これくらい当然よ!」
その後、3人は宿へと戻るのだった。
その日の夜、夕食を食べ終えて3人は歓談をしていた。ウイスキーを一口煽ると、スミスは酒に酔った赤ら顔で経矢を見ながら
「イリーは、いい子だろ? 料理も上手だし器用だし、おまけに銃の腕前も一人前。もう少し大きくなりゃ結婚の申し出が絶えない、いい女に育つぜ……」
と自慢げに話す。
そんな父の言葉を受け、イリーナは顔を赤くしながら慌てて口を開く。
「パ、パパ~ッ!? もう、何言ってるの? あたしはまだ15歳なんだからね! 結婚なんてまだまだ先よ!」
そう言って頬を膨らませるイリーナを、スミスと経矢は微笑ましそうに見つめるのだった。
「さてと、あたしはお風呂に入って寝るね。キョウヤもパパもあんまり遅くまで起きてちゃダメよ? あとパパ、これ以上飲みすぎちゃダメだからね!」
イリーナはそう言うと席を立ち、風呂場へと向かっていく。経矢はそんなイリーナに声をかける。
「おやすみ! 今日は本当にありがとう」
イリーナは振り返るとニコッと笑い、手を振りながら自室へと向かうのだった。
「可愛いだろ、うちのイリーは。お前さんもそう思うだろ?」
スミスの言葉に経矢は頷きながら口を開く。
「はい、とても優しいし、素直でいい子だと思います」
経矢がそう答えると、スミスは大きくため息をつく。そしてしみじみとした口調で呟くのだった。
「……実はな、イリーは5年前に母親を病気で失ってるんだ。だから俺はあの子にだけは幸せになってもらいたいんだよ……。それなのに、いつも苦労ばかりかけちまってる……。不甲斐ない父親だよ……」
スミスはそう言いながら、さらにウイスキーを飲み続けるのだった。
「あの……牧場の仕事って明日以降も手伝うことってできますか?」
突然の質問に驚くスミスだったが、すぐに笑顔になって答える。
「もちろんだ!お前さんなら大歓迎だぜ! むしろそうしてもらえると嬉しいよ」
「ありがとうございます。もう少しこの町に留まりたかったので、その間、牧場でのお手伝いをさせてもらえたらなと思って」
経矢がそう言うと、スミスは嬉しそうに笑う。
「そうか! じゃあ明日もよろしく頼むぜ!」
2人はその後もしばらく談笑を続け、やがてそれぞれ眠りにつくのだった。
翌日の早朝も、昨日と同じく3人で牧場に向かう。
「パパに聞いたよ、キョウヤ! もうちょっとここに居て牧場のお仕事手伝ってくれるんでしょ?」
イリーナは弾んだ声で経矢に言うと、彼も笑顔で答える。
「ああ、もうしばらくお世話になるよ!」
イリーナはそれを聞くと嬉しそうに鼻歌を口ずさみながら、厩舎へと歩いていくのだった。
厩舎に着くと、スミスが経矢に声をかける。
「キョウヤ、今日もよろしく頼むな!」
「はい! 頑張ります!」
そして3人は作業に取り掛かるのだった。
経矢はそれから毎日同じように、牛や羊たちの世話を行いつつ、掃除をしたり、オオカミを追い払ったりして、牧場の仕事をこなしていく。
その傍ら、コーダの町でこの辺りのことや世界情勢などについて聞き込みを行っていた。もっとも、コーダの町は人がほとんど住んでおらず、さらにそのほとんどが高齢化しているため、新しい情報はほとんど得られなかったが……。
そんな日々が続くうちに、経矢はすっかり牧場の仕事に慣れていくのだった。
「キョウヤ、イリーと一緒に隣町のポケーションに、搾りたての牛乳とウールを届けてくれないか? 今日の天気ならオオカミも魔物も出ないだろうからな」
ある日のこと、経矢はスミスから仕事を頼まれる。
「もちろんです! でもいつもはスミスさんとイリーナが行くのに、どうかしたんですか?」
経矢は快く返事を返しつつ、疑問を口にする。
するとスミスは、
「イリーがお前と一緒に行きたいんだとさ。ま、親としては寂しいが、お前がいれば安心だよ」
そう言って優しく微笑むのだった。
「ち、違うってパパ! キョウヤにポケーションの町を案内しようと思ったの! あ・ん・な・い! それだけよ!」
イリーナは顔を赤くして反論する。そんな様子をスミスは微笑ましそうに見つめるのだった……。
2頭の馬に荷物を積んだ馬車を引いてもらい、2人はポケーションの町へと出発する。
道中、イリーナが口を開く。
「……キョウヤって本当に働き者だよね。もうすっかり牧場のお仕事に慣れてるみたいだし」
「そうか? でも牧場の仕事ってすごく楽しいからさ!」
経矢がそう答えると、イリーナはフフッと笑って話を続ける。
「キョウヤみたいな人がずっと家にいてくれたらな……なんてねっ! あ、でも、パパの農場を継げば毎日朝昼晩とお肉が食べられるよ?」
「あはは、それも悪くないな。でも俺は……」
経矢がそこまで言ったところで、馬車はポケーションの町に到着した。
2人は町の入り口で馬を降りて、牧場から持ってきた荷物を降ろすと、町の中へ入るのだった。
ポケーションの町はコーダの町よりも大きかったが、こちらもまた寂れており人通りもまばらだった。
2人がそんな町の中を歩いていくと、やがて一軒の酒場に辿り着いた。ここは売り物を買い取ってくれる、スミスの古い友人が営む酒場らしい。
イリーナは慣れた様子でその扉を開けると店内へと入っていく。そしてカウンターに座っていた髭の濃い大柄な男に声をかける。
「おじさん、こんにちは! 牧場から搾りたての牛乳と刈りたてのウールを運んできたよ!」
イリーナがそう声をかけると、男はグラスを磨きながら口を開く。
「おお、いつもすまないな。……ところでそっちの坊主は?」
「あ、この人はキョウヤって言ってね!パパが新しく雇ってくれたお手伝いさんなの」
イリーナの紹介を受けて経矢は頭を下げる。
男は興味深そうな様子で、
「ほう! こんな寂れた町に新しく働きに来るなんて、お前さんも物好きだなぁ!」
そう言って笑うのだった。そして経矢の顔をまじまじと見つめると口を開く。
「いや、それよりせっかく来たんだし、何か飲んでいくか? お代はいらないぜ」
男の言葉にイリーナが反論する。
「もう! おじさん! キョウヤは牧場のお手伝いで来ているんだから、昼からお酒なんて飲んでる暇はないんだよ?」
イリーナの言葉に男はバツが悪そうに頭をかく。そして経矢の方を見て申し訳なさそうに言うのだった。
「そりゃあ悪かったな坊主。お詫びに家に帰って、スミスと一杯やってくれよ」
男はそう言って棚から一本のウイスキーの瓶を取り出し、経矢に手渡す。
「あ、ありがとうございます!」
経矢が礼を言ってウイスキーを受け取ると、男はニカッと笑って話しかける。
「おじさん、いつもありがとうね! じゃあまたあとで来るよ!」
2人は、そう言って酒場を後にするのだった。
その後、経矢はイリーナから町を案内してもらいながら2人で町を回り、牧場の家畜たちのエサや道具などを買い揃えるのだった。
そして町を出ようとした時だった。
十数人の馬に乗った男たちが、ポケーションの町へとやって来て、酒場へと入って行く。
町の人への威圧的な振る舞いを見ていると、まるでギャングのようだと経矢は思った。
すると、イリーナが小声で話しかけてくる。
「アイツらは、この辺り一帯を縄張りにしているギャングなの……。ここ数年は、大人しくしていたのに……」
イリーナは不安そうな表情を浮かべて、男たちが酒場に入って行くのをじっと見つめていた。
「どうしよう……また何か良からぬことでも考えてるんじゃ……」
2人は馬車に乗ると急いで牧場へ帰るのだった。
経矢は帰り道、ギャングの動向に気を配っていたが特に問題も起こらず牧場へと到着した。
3人はポケーションの町で買い物をしたことをスミスに伝える。
「キョウヤ、どうだった?町の様子は」
スミスが尋ねると、キョウヤの代わりにイリーナが答えを返した。
「キョウヤに町を案内できて楽しかったけど、アイツらを久しぶりに見たんだ……。天突ギャングの連中を……」
イリーナは不安そうな表情を浮かべており、それを聞いたスミスも真剣な表情になる。
「そうか……連中め。また暴れ出したか……。キョウヤ、イリーを護ってくれてありがとうな」
「いえ、襲われたりはしませんでしたから。あの、"天突ギャング"って……?」
経矢が質問すると、スミスが答える。
「ああ、"天突ギャング"ってのはこの辺一帯を縄張りにしてたギャングだ。もう50年近く前の東西戦争をまだ引きずって、気に入らない相手を東軍と決めつけて襲っていたんだ。メンバー全員、左右の鎖骨のちょうど真ん中辺りに、ドクロのマークを彫ってあるんだ」
経矢とイリーナは黙ってスミスの言葉を待つ。
「だが数年前に"スレッドボックス"っていう警備組織にほぼ壊滅状態に追い込まれてから、すっかり大人しくなってたんだが……」
スミスの言葉にイリーナが口を開く。
「パパ! あたし心配だよ……。アイツらがまた暴れ出したら、コーダの町も牧場も襲われちゃうかもしれない……せっかく平和になったのに……」
不安そうな表情を浮かべるイリーナにスミスが言う。
「大丈夫だ、イリー。アイツらのことは"スレッドボックス"がいれば問題ないさ! それにアイツらは貧乏人には手を出さない主義だ。だから俺たちがビクビクする必要もないのさ! な? イリー」
スミスの言葉にイリーナは笑顔を取り戻すと、大きくうなずくのだった。
キョウヤもそれならばあまり気にする必要はなさそうだと思い、それ以上は何も聞かなかった。
しかし、そう話したスミス自身も不安を隠しているのだった。
(……俺自身、そう信じたいだけかもしれんがな……)
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