Mission 〜怒りと憎しみの先で〜

蟒蛇シロウ

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第1章「覚醒」

第3話「約束の湖 ~守りたいものがある~」

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 翌日もキョウヤは牧場の仕事を手伝うために早起きする。
「パパ、キョウヤ、おはよう!」
 イリーナの元気な挨拶が響き、3人はいつものように一緒に朝食を取るのだった。

 牧場での作業が一段落し、経矢とスミスはポケーションの町へ牛乳とウールを届けに行く準備を始める。
 するとイリーナが2人を呼び止めた。
「あ!待ってパパ! 今日もあたしが行きたい! キョウヤにまだ案内してないところがあるから! ね、キョウヤもいいでしょ?」
「え? ああ、俺はもちろんいいけど!」
 経矢は笑顔で返事をする。するとスミスもイリーナの頼みなら仕方ないという様子で口を開いた。
「そうか寂しいなぁ。2人とも、あまり遅くならないうちに戻るんだぞ」
 イリーナは嬉しそうにうなずくと、経矢に声をかける。
「さ、行こ! キョウヤ!」
 2人は牧場を出ると、昨日と同じように牛乳とウールを届けにポケーションの町へと向かうのだった。


 他愛のない会話と景色を楽しみながら馬車を走らせ、もう少しでポケーションの町へとたどり着きそうという時だった。
「お~い! そこの馬車、止まりな!」
 声のした方を見ると、馬に乗った数人の男たちが経矢たちに向かって近づいてくるのが見えた。
(アイツら……もしかして昨日の……?)
 キョウヤが訝しげな表情を浮かべていると、その男たちは経矢たちの馬車の手前で馬を止めた。
 男たちがこちらを取り囲んだ瞬間、馬の鼻息と風の音だけが静かに流れた。誰も笑わない。誰も瞬きしない。
 そんな時間が、数秒にも数分にも感じられた。

 ようやく沈黙を破り、その中のリーダー格らしき男が地面に唾を吐き捨て、不敵な笑みを浮かべる。
「へへへっ……ようガキども! お前さんらミルクとウールを売りに行くところか?」
 男はヘラヘラしながらそう尋ねるので、イリーナは警戒しながらも答えた。
「え、えっと……。そう……です……」
 それを聞いた男は満足そうに笑みを浮かべる。
「ならよ! そのミルクやウールを俺らにも分けてくれよ! なぁに心配いらねぇって! 品物以外はいらねぇからよ!」
 その言葉を聞いたイリーナは、我慢できず声を張り上げる。
「いい加減にして! あなたたちみたいな無法者、もうウンザリなのよ!」

 男はイリーナの迫力に一瞬たじろぐも、すぐに余裕の表情を取り戻す。そして今度はキョウヤに向かって言う。
「おい坊主、黙ってミルクとウールを置いていきな!」
 しかし、経矢は男に向かって首を横に振り、ハッキリと答える。
「お断りします。これはスミスさんとイリーナが大切に育てた牛さんや羊さんから採ったミルクとウールなんです。それをあなた達に差し上げるわけにはいきません」
って、ハハハッ! てめぇはお子ちゃまかよ? ……まぁ、いいや。今日のところは牛さん、羊さん呼びの面白さに免じて見逃してやるぜ! 命拾いしたな坊主。おいっ!」
 リーダー格の男の一声で男たちは経矢たちの馬車から離れていった。

 イリーナは力が抜けたように、1つ息を吐く。
「ふぅ……、キョウヤ。商品を守ってくれてありがとう。……でも危ないからあんまり無理しないでね」
「うん。でもここで折れたらアイツらは味を占めて要求がエスカレートするかもしれないし、下手したら町に住む人たちにも食糧や金品を要求するようになるかもしれないからな……」
 その言葉に不安そうな表情を浮かべるイリーナに、明るく続ける経矢。
「大丈夫だよ! この町には"スレッドボックス"っていう警備組織がいるんだろ? きっと彼らが守ってくれるよ」
 しかし、イリーナはまだ不安そうにつぶやくのだった。
「それはそうだけど……いつ来るか分からないし……あたしが小さい頃にね、近くの村の女の人や子供が何人か、ギャングに連れて行かれたって話があって……それ以来、怖くて」
 そんな話をしているうちにポケーションの町までやって来た。
 2人は馬車を止めると、売り物を手に酒場に向かうのだった。


「おじさん、こんにちは! 今日も持ってきたよ! ミルクとウール!」
 イリーナが元気よく挨拶すると、酒場の主人も笑顔で答える。
「おう!いつもご苦労さん! ……お、昨日の少年も一緒だな。仕事にもすっかり慣れたんじゃないか?」
「はい、おかげさまで!」
 経矢も笑顔でそう答えると、イリーナが思い出したように言う。
「あ! そういえばおじさん、"天突てんとつギャング"のことなんだけど……」
 天突ギャングの名前が出たことで、酒場の主人が顔を曇らせる。
「ああ……アイツらか……。昨日この店にも来たよ。酒は売るけど、他のお客さんの迷惑になるから店では飲まないでくれって言っておいたが……。まぁ、でも今は法が整備された時代だ。昔みたいに町や市民から略奪しようなんて考えるバカはいないはずだ。」
 その言葉を聞いたイリーナは、ようやく少し安心したような表情になる。

「そうね! それにあたしの銃の腕前は、この辺りで一番なんだから! いざとなったらアイツらを脅してやるもんね!」
 そう言って胸を張るイリーナ。すると酒場の主人は驚いた表情を浮かべて口を開く。
「おいおい、そんなひょろっちい腕で銃なんか撃てるのか……おじさん心配だぜ」
 しかしイリーナは余裕そうに答える。
「大丈夫! こう見えてもあたし射撃の腕には自信があるんだから! あ、もしおじさんがギャングに襲われたらあたしが助けてあげるから安心してよね!」
 その言葉に酒場の主人も笑顔を返した。
「ハハッ!そりゃ頼もしいな。その時は頼むぜ」
 経矢たちはそんな会話を交わし、酒場を後にする。


 前を歩くイリーナに、経矢は思い出したように尋ねる。
「そういえば、まだ案内してないところがあるって言ってたけど、次はどこに行くんだ?」
 するとイリーナは笑顔で答えた。
「えっとね、次はあたしのお気に入りの場所! キョウヤにも見せてあげたいの!」
 イリーナは経矢の手を取り、町の奥へと進んでいく。
 2人は町を抜け、ポケーションの町外れにある森へと入っていった。そしてしばらく歩くと、開けた場所に出る。
 そこには大きな湖があり、水面には青空と雲の姿が映し出されていた。
「おぉ……すごく綺麗なところだな……」
 経矢は思わず感嘆の声を漏らす。するとイリーナが笑顔で言った。
「でしょ?ここはあたしのお気に入りの場所で、キョウヤを案内したかったんだ!」
 経矢はイリーナにお礼を言って湖を眺める。

「ここはママが元気だったころに、よくパパと3人で来た場所なんだ。月の出る夜に来ると湖に月や星が映って、とてもキレイなんだよ」
 イリーナは経矢にそう話す。
「そっか……」
 経矢はもう一度、湖面を見つめた。
 風が少しだけ吹き、イリーナの髪が揺れる。
「……じゃあ、月が綺麗な夜に、また一緒に来ようか」
 経矢の言葉にイリーナは嬉しそうにうなずくと、こう続けた。
「うん! ぜったいぜったいに約束だよ? キョウヤ」
 2人は笑顔を交わし、そのまましばらく湖を眺めていた。
 するとイリーナが思い出したように口を開く。
「あ、そろそろ帰らないとパパが心配しちゃうね! じゃあ帰ろっか?キョウヤ」
 経矢がうなずくと、2人は元来た道を戻り、牧場への帰路に就くのだった。
 帰りの道ではギャングたちと遭遇することなく、無事に牧場へと戻ることができた。


「パパ、ただいま!」
 イリーナが元気よく告げると、スミスは笑顔で出迎える。
「おう! おかえり、2人とも」
 経矢も笑顔で挨拶を返すのだった。
 スミスは手に銃を持っており、どうやら手入れをしていたようだ。経矢の視線に気づくと彼は
「ああ。実はついさっきまたオオカミ共が来やがってな。こいつで追っ払ったところさ」
 と、いつもの調子で冗談めかして言う。そして思い出したように続ける。
「そうだ……経矢は銃は使えるのか? もし興味があったら教えてやらんでもないが……」
 経矢は少し考えてから、返事をした。

「うーん……せっかくだけど俺は遠慮しておきます。昔いろいろあって銃は……ちょっと……」
 それを聞いていたイリーナが口を開く。
「そっかぁ、無理はさせたくないからね……」
「情けないけど……ごめん……」
 経矢が申し訳なさそうに謝ると、スミスは笑いながら言った。
「ハハッ! 気にするなって! 人には誰だって苦手なものがあるもんさ」
 イリーナも経矢の肩に手を置いてうなずく。
「そうそう、だいじょうぶだいじょうぶ! 代わりにあたしの射撃の腕前で、キョウヤを守ってあげるから! ね? パパ!」
 スミスも大きくうなずくのだった。
 

 その後、3人は家へと戻り、いつものように夕食を摂るのだった。
 だがその日の夜のことだった。何やら外が騒がしくて目を覚ました経矢。
 馬のいななき、土を蹴る音、そして男たちの騒ぎ声。
 経矢は布団から飛び起き、窓から外を眺めるとそこには馬に乗った男たちが30人ほど集まっており、町中を馬で乗り回して騒いでいた。
「おいおい、この町も随分くたびれちまったなぁ!」
「まだまだ夜は長いぜぇ! 酒を飲んで騒ごうや!」
「おうよ!酒も女も全部いただきだぜ!」
 そんな男たちの声が聞こえてくる。どうやら全員、相当酔っているようだ。
 経矢が様子を見ようと窓を開けようとすると、イリーナに手を掴まれて止められる。
 彼女を見ると首を横に振っており、経矢はうなずいて窓から離れる。
 スミスも銃を手にしてはいるが、身を潜めている。
 隣の家で何かを落とした音が聞こえる。突然のことに驚いて、手を滑らせたのだろう。

「つまんねぇ町だなぁ! 人も町もしけてやがる!」
「お前ら全員干からびちまえ!」
 ギャングの男たちは口々に罵詈雑言を吐き捨てながら、下品な笑い声を上げ、馬を走らせて去って行った。
 経矢とイリーナはホッと胸を撫で下ろす。どうやら略奪に来たわけではなかったようだ。それでも自分たち含めこの町の人たちにとっては、夜中に大勢で騒がれ、迷惑極まりなかった。
 しかし。
 翌日の夜も同じようなことが起きたため、耐えかねた町人の1人が法執行官へと連絡するために、近くの大きな町へと馬を走らせるのだった。
 町の人たちはこれで騒ぎが収まってくれることを祈っていた。


 そんな日が続いたある日の昼のことである。牧場で作業をしていたキョウヤたちの前に、馬に乗った天突ギャングが10人ほどやって来る。
「へへっ! いい農場持ってるな、オッサンよぉ」
 リーダー格らしき男が辺りを見回しながら、スミスにそう声をかける。
「ああ、自慢の農場だ。それに農夫としての腕は確かさ」
 スミスはギャングたちに鋭い視線を向ける。リーダー格らしき男は口元に笑みを浮かべたまま、続ける。
「この土地を譲ってくれねぇか? もちろん、タダとは言わねぇ! お前らに大金を払ってやるよ」
 だが、それを聞いたスミスは鼻で笑う。
「ハッ! 冗談じゃねぇよ。俺には大事な家族がいるんでね。ここを売る気なんてこれっぽっちもないぜ」

「ちょっと! あなたたち、また仕事の邪魔しに来たの!?」
 男とスミスの間に割って入ったのは、イリーナだった。彼女は怒りに満ちた表情で男たちを睨むが、男たちは余裕の態度を崩さない。
「おうおう、威勢のいい嬢ちゃんだこと。オッサン、土地の代わりにその嬢ちゃんを買ってやってもいいぜ? 牛の代わりに嬢ちゃんの乳搾ってやろうか? へへへっ! ガキだから、まだ搾るだけの立派な乳してねぇか! ギャハハ!」
 男たちの下卑た笑いに、イリーナは顔を真っ赤にし、怒りに体を震わせる。

(ああ……クソ……結局……)
 経矢の中で何かが弾ける感覚があった。
「お前ら……! イリーナをバカにするな!」
 経矢は農作業用のナイフを構えながら叫ぶが、ギャングの男たちは余裕の表情だ。
「あん? なんだ坊主? そんなちゃちな武器で俺たちとやろうってのか?」
 リーダー格の男がそう言うと、他の男たちも笑いだす。
「笑わせるんじゃねぇよ! ガキが! こっちへ来い」
 そう言われて経矢は近づくと、男は銃口を向ける。
「へへっ、バカガキが!」
(こんな奴ら……こんな奴ら……!!)

 が、次の瞬間。
 経矢を制してスミスが一歩前へ出た。銃を握る手が震えていたが、その目は誰よりも真っ直ぐだった。
「ふざけるな……っ!」
 肺の奥から絞り出すような声だった。
「お前らのようなクズ共に、娘も、キョウヤも、牛や羊もこの土地も、絶対にくれてやるものか!!」
 リーダー格の男は、一瞬怯んだように見えたが今度は真面目な顔でスミスに迫る。
「……最後にもう一度だけ聞くぜ? この土地を譲れよ。じゃねぇと俺たち天突ギャングの恐ろしさを身を持って知ることになるぞ」
 スミスと男の睨み合いが続く。
「お断りよ! ここはあたしたちの牧場なの! あんたらなんか出てけっ!」
 先に口を開いたのはイリーナだった。彼女は男に、ライフルを向けている。
「俺の言いたいことは、全部娘が言ってくれた。……二度とここに近寄るな」
 スミスも男たちを睨みつける。リーダー格の男は小さく舌打ちをして、仲間に告げる。
「チッ……後悔すんなよ? へへ、またな!」
 男たちは馬に乗って、牧場から去っていった。


 「連中め……。また来るかもしれないな……」
 スミスが顎に手を当てながら呟く。
「うん、だからあたしがアイツらを追い払うの!」
 去っていくギャングの背中を怒りの籠った目で睨み、イリーナは胸を張ってそう宣言する。
 しかしスミスが慌ててそれを制止する。
「待て待て! 相手は大人数だ。いくらお前の腕前でも無理だ! お前に何かあったら俺は……俺は……」
「大丈夫! 本気でやり合ったりしないよ。ちょっとコイツで脅すだけ!」
 イリーナはライフルを手に、自信ありげに答える。しかしスミスの表情は曇っていた。
(確かにイリーナの射撃の腕はかなりのものだ。けど相手はギャングだし、スミスさんの言うように人数が多い。もし万が一のことがあったら……)
「パパ? 心配しないでよ! あたしなら大丈夫だから」
 そんな2人のやり取りを経矢は黙って聞いていた。心の中では、別の思いが渦を巻いていた。
(2人を守りたい……。また来るのか、アイツらは……。……それなら……それなら、俺は……アイツらを……)
 2人の会話をよそに、経矢は自らの血走った目をギャングが逃げて行った道へと向けていたのだった。

「ねぇキョウヤ? どうしたの?」
 イリーナが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……え……な、何でもないよ」
 イリーナの声を聞き、経矢は自身の憤っていた気持ちが和らいでいくのを感じる。
 あと少しで、怒りが自分を飲み込むところだった。
 イリーナの声が、怒りに支配された心を引き戻してくれた。
 ありがとう。そう言いたくなった。

「ありがとう、イリーナ」
 経矢は思わずそんなことを口にしていた。
「え? なに? どういうこと?」
 とつぜん感謝されたイリーナが戸惑いを見せる。
 経矢はごまかすように笑う。
 そんな彼の様子に、イリーナの顔にも笑みが浮かぶ。
「フフッ、変なキョウヤ!」
 2人は顔を見合わせて笑うのだった。そんな2人を見てスミスも笑みを浮かべていた。
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