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26話

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化け物が体の上で暴れている。
いずれ腕の鎧は解け、私は死ぬだろう。

過去を思い出した。
幼少期、同じような目にあったことを思い出した。

怖い犬がいる家の庭にバトミントンの羽が入ってしまった。
私は関係なかったのに、小突かれ脅され、取りに行かされた。

眠ってるから大丈夫。
取ってこれたら、友達にしてあげる。

彼女たちは言った。
私はちっとも友達になんかなりたくなかったけど、逆らえなかった。

門を潜って、忍び足。
茂みから羽を拾う。
一安心と思って、振り返ると。

大きな真っ黒な、犬がうなっていた。

あっという間に伸しかかられた。
めちゃくちゃに咬みついてくる。
かばった腕が振り回される。
逃げようとした足もがぶり。

泣いた、叫んだ。
でも、外で見ていたはずの少女たちは黙って消えていた。

もうダメだと思った。
子供ながらに、もう私はここまでなんだと理解した。

ああ、と最後。
門の外に手を伸ばして。
そして見たのだ。

ヒーローが走ってくるのを。
いつも、たった一人、私を守ってくれた勇者が。

――――――――――――

「お姉ちゃん! 助けて! ねねか!」

貯水槽にゆゆねの声が響く。
天に、虚空に手を伸ばした。

――オォン――。
空間が唸った、遺跡が震えた。
魔力と科学が、その言葉を聞き入れた。

ゴブリンは興奮をおさめ、足元の人間の息の根を止めることに集中する。
レザーの襟を下げ、白い首をさらす。
ここを食いちぎれば、終わりだ。

女は怯え、弱っている。
抵抗はない。
勝利を確信したゴブリンは笑い、ギザギザの口を大きく開け――

その口に何かが激突した。
ゴブリンはよろけ、ゆゆねの上から落ちる。

重みを失ったことに気づき、ゆゆねは目を開ける。
ゴブリンがいない。
真上には代わりに……白く、丸く、固そうな……球があった。

ゆゆねは球を観察する。
ハンドボールくらいの白い玉だった。
表面はつるり、一本の黒いライン。
音もなく、宙に浮いている。

ゴブリンが動く。
ゆゆねは意識を現実に戻す。
どんな幸運かはわからない。
だが、まだ生きているのだ。
なら立たねば、戦わねば。

ゆゆねは跳ね起き、ゴブリンから距離を取る。
それだけに全力を費やしたせいで、剣を拾うことを忘れたが、5メートル近い間合をとることができた。

ゴブリンも起きる。
こん棒を拾い、ゆゆねのショートソードの方は蹴り飛ばして、彼方に捨てた。

敵も冷静だ。

手負いだが冷静になり、武器のあるゴブリン。
やはり手負いで、武器はない新米冒険者。
どっちが有利なのか、ゆゆねにはわからなかった。

いや、とゆゆねは首をふった。
武器はある。
私の権能、天賦、チート。

「ノート。開いて」

解析するのだ。
自分の状態、敵の状態、そして所属不明機(アンノウン)を。

ライフは互角だった。
どちらも見かけほど負傷してはいなかった。
だが私に武器はない。
攻撃力ではずっとゴブリンの方が高い。
基本能力では人間種の方がゴブリンより上だが、痩せて非力な私では、彼らの牙と爪に敵わない。

やはり武器がいる。
剣を取り戻すか、相手のこん棒を奪うか。
こんなことなら、スペアにナイフなどを持っているべきだった。

武器、武器。

「あっ」あった。

目を疑うが、私はすでになにかを装備していた。
ステイタスの機能は、そのなにかを装備と認識していた。

名前は「汎用球 白号」とあった。

白、球。
間違いない、あの宙に浮かぶ玉が。
あの突然現れたボールが。
私の武器なのだ。

ゆゆねは意識をその白球に向ける。
強く睨み、手さえかざした。

ヤシャはゆゆねに魔法は使えないと言った。
魔術行使の核となる魔石がないと。

だからこれは、バカげた祈り。
この超常の世界なら、魔術でなくても、願いが、祈りが、呪いが。
形を成してくれるのだと、信じた。

「掴んだ」

ステイタスが白球を一段高く認識する。
それがいかな武器なのか、ゆゆねは理解した。

「覚悟してください、ゴブリンさん」
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