触れられない横顔に、恋をした ~ミステリアスな彫刻家と仮面の受付嬢~

冬島六花

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4.想いを重ねて★(終)

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 木々の葉がふわりと舞い、午後の光が淡く部屋に差し込む。

 レアンドルの手が、そっとエリーズの頬に添えられる。
 そのまま、ふたりはしばらく何も言わなかった。
 言葉を重ねなくても伝わることがある——そう思えたのは、たぶん初めてだった。

 彼のまなざしは、まっすぐで、少しだけ怯えを含んでいる。
 それでも、逃げようとはしなかった。
 火傷の痕も過去の痛みも、すべてさらけ出したその横顔は、どこまでも人間らしく、美しかった。

 エリーズは、そっと微笑んだ。
 嘘ではない、本当の笑顔で。

(もう、隠さなくていいんだ)

「レアンドル」
「……ん?」
「目、閉じて」
「……なんで?」
「ううん。理由なんて、ないよ」

 そう言って、エリーズはそっと顔を寄せた。

 レアンドルは、わずかに目を丸くし、それからおずおずと、目を閉じた。

 そのまつげが、かすかに震えている。エリーズは、自分の胸の高鳴りを静めながら、包帯を巻いた手で彼の手をしっかりと握った。
 もう、逃げないように。もう、一人にしないように。

 そして——そっと唇を重ねた。

 それは、まるで硝子の表面に触れるような、繊細な感触。けれど、心の奥まで染み渡るような、確かな温度を持っていた。

 レアンドルの呼吸がふっと止まり、次の瞬間、ゆっくりと吐き出される。彼の指先が、エリーズの手を包むように動いた。

 ふたりの傷も、不安も、すべてが沈黙のなかで溶けていく。
 それは赦しであり、誓いであり、再生の始まりだった。

 唇が離れたあと、エリーズは照れくさそうに笑った。
 レアンドルは少しだけ目を伏せ、それから、言った。

「……生きててよかった、って思ったの、今が初めてかもしれない」

 エリーズの胸が、静かに震える。

「私も。そう思った」

 言葉のかわりに、またそっと唇が重なった。

 今度は、迷いのないキスだった。
 炎のなかで交わした視線の、その続き。
 嘘も仮面もないふたりの、本当のはじまり。

 包帯を巻いた手と手が、静かに絡まる。
 陽射しの中で、ただ優しく、指先が溶け合っていく。

 見つめられることで、ふたりは〝ここにいる〟と、知ったのだ。互いの傷跡を抱きしめるその唇に、確かな未来が宿っていた。

 * * *

 レアンドルは、包帯を巻いたエリーズの手をゆっくりと引き寄せた。
 指先が触れるたび、彼女の体温が手のひらを伝い、胸の奥を震わせる。

(こんなにも、誰かに触れたくなるなんて)

 エリーズの唇が、まだ余韻に濡れていた。レアンドルはそっと彼女を抱きしめ、その柔らかな髪に顔を埋めた。

「……エリーズ」

 名前を呼ぶ声が、かすかに震えていた。
 それでも、彼の両腕は確かに彼女を包み込み、もう離さないと告げていた。

 レアンドルの手が、エリーズの背に回る。そしてそのまま、ゆっくりとベッドの上へと導かれていく。エリーズは抵抗することなく、その身を委ねた。

「……いいかい?」

 彼の低い声が、耳もとでささやかれる。
 その問いかけに、エリーズは一言も発さず、ただ静かにコクンと頷いた。

 レアンドルの瞳が細められ、ふたたび唇がエリーズの唇に重なる。
 今度のキスは、先ほどよりもずっと深く、情熱的で、迷いがなかった。

(私、この人に、溶かされていく)

 絡まる舌先、くちびるをついばむような動き。
 どちらからともなく息が漏れ、熱が高まっていく。

 レアンドルの指先がエリーズの頬をなぞり、耳の裏を撫でる。
 その動きはとても丁寧で、慎重で、まるで大切な彫刻に触れるかのようだった。

(触れられるたびに、自分が〝ここにいていい〟って思える)

 エリーズはその思いを噛みしめながら、レアンドルの背にそっと腕を回す。
 ふたりの体温がゆっくりと重なり、世界に音が消えていく。

 部屋の中には、カーテン越しの柔らかな光と、肌と肌が触れ合うかすかな衣擦れの音だけ。

 レアンドルがエリーズの首筋に唇を落とし、彼女の呼吸がふっと震える。
 その胸元に触れる手は優しく、慎重に布をほどきながら、彼女の意思を確かめるように動いた。

「……エリーズ、怖くない?」

「ううん、怖くない。レアンドルとなら、どこまでもいけるわ」

 その答えに、彼は深く息を吸い込んだ。
 胸に宿る熱を抑えることなく、ゆっくりと彼女の肌に口づけていく。

 包帯を巻いた手と手が、重なり合う。

 仮面を脱いだふたりの、何も隠さない、ありのままの時間が始まった。

 ——誰かに見られることで生まれる恐怖も、誰かを見つめることで生まれる覚悟も。今、このベッドの上で、ふたりだけの愛へと変わっていく。

 エリーズは目を閉じた。
 そっと、彼に身を預けながら。

(私、あなたのすべてを、受け入れたい)

 その願いは、唇ではなく、指先とぬくもりで伝えられていく。
 ふたりは静かな寝室のなかで、何度も口づけを交わしながら、互いの記憶の海を漂うように、ゆっくりとひとつになっていった。

 ——それは、再生の儀式のように静かで、けれど情熱の炎を秘めた、愛の始まり。

 * * *
 
 レアンドルの指先が、そっとエリーズのブラウスのボタンに触れた。彼女は何も言わず、自ら進んで、ブラウスを脱いでいく。
 そして、レアンドルのシャツにも、指をかけた。ふたりの手が、ぎこちなく重なって、笑い声が漏れる。

「なんだか、変だね」
「うん、でも……レアンドルと触れ合えて、嬉しい」

 そう囁くエリーズの瞳は、微笑んでいた。
 シャツをすべて外した瞬間、レアンドルの胸に浮かぶ火傷の痕が、陽射しの中に現れた。
 赤褐色の皮膚は、まるで燃えた時間の名残のように、そこにあった。

 エリーズはその痕にそっと指を這わせた。指先が触れた瞬間、レアンドルの肩が一度だけ、わずかに震えた。

「痛くない?」
「ああ。……もう、痛くはないよ。それに……今は優しい、君の指に触れられている」

 その答えに、エリーズは目を細めた。
 指先はやさしく、火傷の縁をなぞる。
 まるで傷を愛おしむように。まるで、その時間ごと受け入れるように。

「綺麗……って言ったら、変かな」
 
 エリーズの声は、ブランケットのように柔らかく、あたたかい。

 レアンドルは静かに笑った。
 そして、エリーズのブラウスの布越しに、指をそっと滑らせた。

 肌に触れるその瞬間、エリーズの呼吸が少しだけ早くなる。
 彼の手はゆっくりと胸元へ伸び、白く柔らかな肌を、驚くほど丁寧に撫でた。

「ありがとう。僕も触れていい? ……君の身体は、まるで彫刻だ」

 その囁きに、エリーズの頬が赤く染まる。

(そんなふうに……言われたの、初めて)

 レアンドルの指が、胸の頂にそっと触れたとき、エリーズの背筋がぴくんと跳ねた。

「あっ……!」
 
 芯の奥が、じわじわと熱を帯びて疼き始める。

(私、こんなふうに、誰かに見られてるんだ)

 彼の目は真剣で、まるで一彫りごとに意味を込めるように、指先を動かしている。
 そこには欲望だけではない、尊さがあった。

「君は、僕の作品じゃない。けれど……こんなに近くで見たら、触れたくなる」
「触れて……いいわ。もっと、ちゃんと……私を知って」
 
 エリーズはたどたどしく、そう言った。
 そして、二人の身体はまた重なり、肌と肌が、嘘のない熱で繋がっていく。

 ガラス越しの時間は、とうに終わった。
 今はもう、何も隔てるものはない。

 ふたりの間にあるのは、真実だけだった。

 ――この触れ合いは、きっと光になる。
 互いの過去を赦し、未来を結ぶ、静かで燃えるような、愛の光に。

 * * *
 
 レアンドルの指先は、まるで祈るように、エリーズの肌の輪郭をなぞっていく。
 肩先から鎖骨、そして胸の谷間へ。指が触れたところはじんわりと熱を帯び、エリーズの肌は白磁のように紅く染まっていった。

(ひとつひとつ、触れられるたびに……まるで、心までほどけていくみたい)

 唇がそっと首筋に降り、エリーズは小さく息を漏らした。
 ふたりの呼吸が、次第に重なっていく。

 レアンドルの手は遠慮がちに、けれど明確な意志をもって、エリーズの身体をたどる。
 肩紐を下ろし、胸を優しく包み込むと、エリーズは思わず背中を反らせた。

「んっ……!」

 抑えきれずに洩れたその吐息が、ふたりの間の空気を変える。
 レアンドルの目が揺れながらも真剣で、決して焦らず、彼女のすべてを知ろうとしている。

(触れられているのに、壊されない……私は、大切にされてる)

 彼の掌が腹部をなぞり、そっと脚の付け根へと指が移動する。
 そのときだった。

「あ、んぁっ……!」

 ショーツの上から花芽を的確に捉えられ、エリーズの身体がびくんと跳ねた。
 予期せぬ感覚が、一瞬にして彼女の芯を熱く染め上げていく。

(なに、これ……身体の奥が、じりじりしてる……)

 脚の奥から湧き上がる疼きに、エリーズは恥じらい、そして否応なく昂ぶる。
 だが彼は、動揺することなく、エリーズの身体を開いていく。

「ごめん。……嫌、だったよね?」
「ううん。……このままお願い、レアンドル」

 彼女の身体は、これまで感じたことがないほど熱くなっていた。

「……いいのかい?」

 レアンドルがたしかめると、エリーズはゆっくりと頷いた。彼はショーツの中に手を入れ、ついに核心の部分にそっと触れる。
 
「ぁあっ、やぁ……ん!」
 
 自分の意思とは裏腹に身体がぎゅっと強張り、呼吸が浅くなっていく。

(レアンドルを、受け入れたい)
 
 しかし指先はその部分を撫でていくだけだ。エリーズの身体は、それ以上の刺激を求めて疼き、熱を持っていく。

「レアンドル……お願い、もう……」
「怖い?」

 その一言に、エリーズはかすかに微笑む。

「ううん。……もっと知って。私のこと」

 まつげを伏せた瞳が、やさしく潤んでいる。
 レアンドルはふたたび唇を重ね、今度は長く、深く、彼女の中に入り込むようなキスをした。

 掌が、秘部を、花びらの内側と外側を、ゆっくりとなぞっていく。肌が火照りと快感で波立ち、エリーズの胸が小さく上下する。
 ふたりの身体はもう、触れ合うたびに熱と鼓動を共鳴させていた。

(こんなふうに他人に優しく触れられるの、初めて)

 恥ずかしいが、決して拒絶ではない。
 むしろ、身体の奥が彼を求めて疼く感覚は、彼女にとって新鮮で、戸惑いのなかに幸福があった。

 レアンドルは決して急がず、確かめるように、彼女の中心に手を這わせる。

「……ぃあっ、ああっ」

 エリーズの脚が小さく震えた。
 その声に、レアンドルはエリーズの額にキスを落とす。

「可愛い声。僕は、彫刻みたいに……君を彫って、形にしてみたい。……君の奥まで、触れてみたい」

 囁かれたその言葉に、エリーズの胸の奥が震えた。
 さらなる深みが、二人を誘っている。静かに溶けていきたい。エリーズはそう思う。

 * * *
 
「……レアンドル、ありがとう」

 エリーズの声が、火照った喉を震わせて漏れた。
 その一言には、今まで誰にも渡したことのないものが詰まっていた。
 レアンドルの腕のなかで、全身が火のように熱く、震えていた。

 エリーズはそっと、彼の耳元に唇を寄せた。

「彫刻をつくるみたいに……私を、あなたの形に変えて。あなたの芸術品に、して」

 彼の腕が強くなる。
 唇が、鎖骨に落ちる。
 息が混じるその動きに、エリーズの胸がかすかに震え、背筋を震わせた。

「わかった。エリーズ……僕と、一つになろう」

 レアンドルは、彼女の言葉をまっすぐに受け止めた。
 エリーズを導くように、ベッドに仰向けにさせる。
 そして脚を大きく開かせ、その間に自らの身体を置いた。

 下履きを脱ぐと、現れたのはそそり立つ肉棒だ。

(レアンドルの……大きい)

 それは逞しく、生命力に満ちていた。赤黒く脈打ちながら、太い血管が浮き出ていて、先端からは先走りの透明な雫が糸を引く。
 まるで生き物のようなそれは、ゆっくりとエリーズの秘部に近づき、先端をその濡れた入り口にあてがった。
 
「っあぁ……んっ……!」
 
 その刺激だけで、エリーズは期待に震えた。レアンドルは少しずつ力を込めて、彼女の肉襞を割り開くように押し進んでいく。
 
「苦しい?」
「いいえ……嬉しいの」
 
(入ってくる……私の中に)
 
 先端が押し入ってきた瞬間、エリーズはたまらない幸福感に包まれた。
 レアンドルは、ゆっくりと腰を沈めていく。

 熱い楔が、彼女の奥へと進み入る。
 ゆっくりと、慎重に、けれど確かな意志で——まるで彫刻刀のように、エリーズの身体に自身の〝証〟を刻み込むように。

「あっ、くぅ……んっ、ぁああっ!」

 ストロークが始まれば、あえかな声が漏れる。
 エリーズは、自分の奥が熱に溶けていくのを感じた。
 身体の芯が、レアンドルという存在で満たされていく。
 痛みはなかった。ただ、ひたすらに心が満たされ、身体が応えていく。

(私、今、変わっていく)

 レアンドルは動きを重ねながら、エリーズの頬に口づけ、耳を、首筋を、胸を、ゆっくり、丁寧に愛でていく。
 まるで、大理石に魂を刻むように。
 余白を慈しみ、滑らかな曲線をなぞりながら、ただひとつの芸術を完成させるかのように。

「あっ、あなたが……奥まできてる」

 彼のモノが深く侵入するにつれ、エリーズの内側は徐々に彼の形に馴染んでいった。レアンドルは彼女の腰に手を添え、ゆっくりとした動きで彼女を知り尽くそうとする。

「君の中は……僕のものを包み込むようだ」

 彼の言葉は熱っぽく、吐息と共にエリーズの耳に注がれた。

「ああっ……!」

 レアンドルは彼女の反応を見逃さなかった。彼女の腰がわずかに浮き上がるたびに、彼は動きを調整し、また一段と、彼女の奥へと進んでいく。

「んんっ……! そこ、当たって……っ」

 声が高くなり、彼女の内壁がレアンドルをきゅっと締め付けた。

 エリーズの仮面——嘘の笑顔、誰かの期待に応えようとした自分——それらが、愛と熱のなかで溶けて剥がれていく。

「レアンドル……私、もう……無理に笑わなくていい?」
「もちろんさ。……笑っていい。君の、本当の顔で」

 交わるたびに、エリーズの瞳から涙がこぼれた。
 悲しみではなく、喜びの涙。
 ようやく素顔で触れ合える、そのことが嬉しくて、どうしようもなかった。

 熱が深くまで届き、奥を擦るたびに、エリーズは震える。

「好き……あなたが、好き。傷も、痛みも……ぜんぶ、あなたごと、抱きしめたい」

 レアンドルの動きが、そこで一度だけ止まった。

 そして——深く、熱く、エリーズの奥まで押し込まれる。
 その一瞬、彼の体温ごと、心の核まで届けられたような衝撃が走る。

「ああ……!」

 エリーズの声が、感極まった吐息とともに零れる。
 身体の奥がきゅっと締まり、ふたりはひとつの鼓動を分かち合うように震えた。

 愛の熱が、ふたりを濡らし、濃密な静寂が部屋を満たしていく。

 レアンドルの胸に顔を埋め、エリーズは安堵と幸福のなかで目を閉じた。

(私は……あなたの手の中で、生まれ変わった)

 愛されることは、赦されること。
 愛することは、受け入れること。
 それを、身体ごと知った瞬間だった。

 そして、レアンドルもまた、自分の存在を誰かに刻めたことに、深く深く、震えるような安堵を感じていた。

 ふたりは、裸の心で抱き合いながら、互いの本当を信じ合った。
 それは、痛みを刻んだ彫刻に光が差し込む瞬間だった。

 * * *

 交わりを終えて、しばらくの間、二人は眠った。
 
 窓の向こう、空がすこしずつ色を変えていく。
 青空に、柔らかな朱がにじみはじめ、薄く差し込む光が、ベッドにふたりを包んでいた。

 エリーズは、レアンドルの胸に頬を預けたまま、ゆっくりとまばたきをした。
 裸の肩にかけられたシーツの柔らかさと、彼の呼吸の温度を感じながら、静かに夕暮れを感じていた。

 ふたりの間にある沈黙は、もう不安でも気遣いでもなかった。
 ただ、安心と、信頼と、温もりだった。

「起きた?」
 
 レアンドルの低い声が、エリーズの髪に降るように落ちた。

「ええ。……眠れたけど、目が覚めてしまったわ」
 
 エリーズは彼の胸に手をのせ、心音を感じる。

(この音が、私のなかにも届いている)

「ねえ……レアンドルは、火傷の痕を見られること、まだ怖い?」

 レアンドルはしばらく黙っていた。
 そして、ぽつりと呟く。

「怖い、っていうより……恥ずかしいな。今も時々、鏡を見ると、目を背けたくなる。でも……君が見てくれるなら、ちょっとだけ、誇らしいとも思えるんだ」

 その言葉に、エリーズの胸がじんと熱くなる。
 彼の傷を、ただの過去ではなく〝彼自身の証〟として受け止められたこと。
 それが、エリーズにとって何より嬉しかった。

「私もね、レアンドルに見られたことで、変われたと思う。偽った笑顔も、人を避ける癖も、いい子でいなきゃって思い込んでたのも」

 エリーズはそっと起き上がり、レアンドルの顔を見下ろすようにして、にっこりと笑った。
 それは、仮面ではない――本当の、彼女の笑顔だった。

「全部、もういらないって思えた。だって……こんなふうに誰かに見られるって、怖いだけじゃないんだって、知ったから」

「……エリーズ」

 レアンドルがそっと彼女の頬に触れる。
 傷のない手と、包帯を巻いた手とで、彼女を包む。

「見られることで、はじめて存在になる。……そう教えてくれたのは、君だ」

 エリーズは目を細め、レアンドルの手に自分の手を重ねた。

「私も。あなたに見てもらえたから、やっと、ここにいていいって思えた。ねえ、レアンドル。……これが〝本当の美しさ〟なのかな?」

 レアンドルは、そっと頷いた。

「きっと、そうだと思う。嘘じゃなくて、逃げないで、ちゃんと向き合えること……それが、美しさなんだろうな」

 ふたりは、朝の静けさの中で、深く口づけを交わした。
 もう何も隠すものはない。
 傷も、過去も、身体も、そして――心も。

 * * *

 夕日が部屋に差し込む頃、二人はベッドを出て、裸足のまま窓辺に立った。
 開け放たれたカーテンが風に揺れ、橙色の光が部屋中を照らす。

 エリーズは、包帯をそっと外して言った。

「包帯、止めた方がいいわね。怪我をしていない私がやったら、おままごとみたいだもの」
「……でも、君が巻いてくれたときは、すごく救われた」
「じゃあ、また必要になったら、私が巻いてあげる」
「あなたの傷を、これからも、私が守るから」

 レアンドルがふっと笑う。

「じゃあ、僕も君の笑顔を彫り続けるよ。……今度は、泣いてない笑顔を」

 未来はまだ、わからない。
 だけど確かに、ふたりの間にはひとつの形が生まれた。
 それは彫刻のように、時間をかけて磨かれ、決して壊れない想いとして、互いの心に刻まれていく。

 エリーズはもう一度、微笑んだ。
 それは——本心からの、人生でいちばん美しい笑顔だった。

 おわり
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