上 下
2 / 39
第一章 辺境のハロウィンパーティ

1-1.婚約破棄の理由は〝新しい男〟!?

しおりを挟む
 憂鬱な雨がひたすらに窓を打つ。午後二時だというのに空は真っ暗で、ただただ規則的な水音が、こぢんまりとしたカフェの店内に響く。テーブルに立てかけた傘から水滴が落ち、木の床に水たまりを作っている。

「リズ、改めて頼む。婚約はなかったことにしてほしいんだ」

 背筋を伸ばして男は言う。隣にはなぜか、同僚の教師。別れ話に職場の人間を連れてきたのは、騒ぎにならないたいめの予防線なのかもしれない。

 正面に座るのは、顔面蒼白の女。

(なんとなく予感はあったけれど、でも)

 リズは男を睨み付け、唇を噛んだ。艶のあるストロベリーブロンドに紫色の瞳、白い肌に頬はほんのり桃色。細くしなやかな体つきをしているが、胸は標準より豊かな膨らみを持つ。エリザベス・ジャクスン――愛称はリズ。王都で教師の職に就く、二十五歳の女性だ。

「前々からおかしいとは思っていたわ。それで、理由は何? ……いいえ、だいたい想像がついているの。……他に女ができたのでしょう?」

 リズは同じ学校で働く同僚の教師・ウィルと婚約関係にあった。家族からも同僚からも生徒からも祝福され、幸せな結婚をするはずだった。左手の薬指には、ダイヤモンドの指輪が今も輝いている。

「それは半分は正しくて、半分は正しくない」

「どういうこと?」

 妙に芝居がかったウィルの台詞に、リズは不信感を募らせる。

「君を置き去りにして、違う人を好きになったのは事実だ。……それでも、君には幸せになってほしい」

「事実じゃない! 他に好きな女ができたのでしょう?」

〝幸せになってほしい〟だなんて、なんとも無責任な言葉だ。リズはずっと、ウィルと二人に幸せな未来を心に描いていた。なのにウィルの〝幸せな未来〟に、リズは存在しない。

「だから、それが間違っているんだ」

「……どういうこと?」

「君に紹介しよう――僕の新しい恋人を。……隣に座る、トミーだ」

「は?」

 リズは驚いて、男の隣に座る〝男〟に視線を移した。そこにいるのは、同じく緊張した面持ちの――男。大柄で割れた腹筋が自慢、今もピチピチのシャツを着ている――同僚で生徒から大人気の体育教師〝トミー先生〟。

(ま、まさか……ウィルとトミー先生が、両思いだって……こと……?)

 暗転した。リズの目の前が、文字通り真っ暗になった。――女教師リズ、二十五歳。このとき感じた人生最大の敗北感を、生涯忘れることはないだろう。
しおりを挟む

処理中です...