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第四章 ジューンブライド
4-2.テッドの正体
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「こんにちは、僕はセオドア・クラークです。二年前までこちらの学院で理科を教えていました。テッド先生って呼ばれていたのですが……覚えている人、いるかな? それからしばらく他の国や地域の学校で研修を受けていました」
テッドは口を開き、おもむろに自己紹介をした。生徒たちは静まりかえって彼を見ている。
「この街に戻ったのは去年の秋です。ハロウィンパーティにもこっそり参加していたんですよ。新年を迎えて、またみんなと学ぶことになりました。よろしくお願いします」
言い終えると、壇上でペコリと頭を下げた。スーツを着てバシッと決めた姿は、リズの知る家庭的な彼とは少し印象が異なる。
(テッド……先生だったの? しかも理科。つまり、)
*
その夜、リズとテッドは向かい合って座っていた。
食卓にはテッドの手料理が並ぶ。今夜のメインはベーコンとほうれん草のクリームパスタで、付け合わせは人参のピクルスと、コンソメのスープだった。これだけのことをしてもらっているのだから、リズはテッドに頭が上がらない。
「リズ先生、ごめん」
テーブルにつきそうなくらいに頭を下げ、テッドは謝った。
「い、いいのよ! いいの! 詳しく訊ねなかった私も悪いのよ! ……本当に、気にしないで」
リズは本心を述べた。
だってそれは真実だ。テッドの正体を問いたださなかったのは、リズの選択である。
そうしたのは、リズが失恋直後で、心の傷が癒えていなかったことも関係している。曖昧な関係を続けていれば、深く傷つくこともない――なんとなく、リズはそう自分に言い聞かせていたのだ。
毎日かいがいしく家事をしてくれるテッドを、責める気持ちはなかった。
「あと、もう一つ秘密にしていたことがある。……実は僕、君よりも年上なんだ」
「え!」
「こう見えて、今年三十歳になる」
「嘘でしょう?」
さすがのリズも、驚きを隠せない。だってテッドは、どう見ても自分より若いのだから。
「リズ先生、信じられないって顔をしている。そうだよね。……狼の血を引く者は、人間よりも若く見えるんだよ」
手を顔の前で合わせ、テッドは「ごめん」のポーズを取る。
なるほど、たしかに種族が違うのなら、そういう事情もあるかもしれない。
「でも、テッドは先代の校長先生の子どもなのでしょう? お父様も、狼なの?」
「狼なのは、母の方だ。母は今、グランドブリッジという町で校長をしている。そして母から僕が預かったのが……これだ」
テッドが差し出した箱を、リズはそっと開く。
「え、これは……!」
赤い宝石箱の中に鎮座していたのは、マラカイトをあしらったブレスレットだったのだ。マラカイトの鮮やかな緑色も、それを縁取る金細工も、リズには見覚えがある。
そう、それは明らかに――リズの母の形見と、一揃いで作られたものである。
テッドは口を開き、おもむろに自己紹介をした。生徒たちは静まりかえって彼を見ている。
「この街に戻ったのは去年の秋です。ハロウィンパーティにもこっそり参加していたんですよ。新年を迎えて、またみんなと学ぶことになりました。よろしくお願いします」
言い終えると、壇上でペコリと頭を下げた。スーツを着てバシッと決めた姿は、リズの知る家庭的な彼とは少し印象が異なる。
(テッド……先生だったの? しかも理科。つまり、)
*
その夜、リズとテッドは向かい合って座っていた。
食卓にはテッドの手料理が並ぶ。今夜のメインはベーコンとほうれん草のクリームパスタで、付け合わせは人参のピクルスと、コンソメのスープだった。これだけのことをしてもらっているのだから、リズはテッドに頭が上がらない。
「リズ先生、ごめん」
テーブルにつきそうなくらいに頭を下げ、テッドは謝った。
「い、いいのよ! いいの! 詳しく訊ねなかった私も悪いのよ! ……本当に、気にしないで」
リズは本心を述べた。
だってそれは真実だ。テッドの正体を問いたださなかったのは、リズの選択である。
そうしたのは、リズが失恋直後で、心の傷が癒えていなかったことも関係している。曖昧な関係を続けていれば、深く傷つくこともない――なんとなく、リズはそう自分に言い聞かせていたのだ。
毎日かいがいしく家事をしてくれるテッドを、責める気持ちはなかった。
「あと、もう一つ秘密にしていたことがある。……実は僕、君よりも年上なんだ」
「え!」
「こう見えて、今年三十歳になる」
「嘘でしょう?」
さすがのリズも、驚きを隠せない。だってテッドは、どう見ても自分より若いのだから。
「リズ先生、信じられないって顔をしている。そうだよね。……狼の血を引く者は、人間よりも若く見えるんだよ」
手を顔の前で合わせ、テッドは「ごめん」のポーズを取る。
なるほど、たしかに種族が違うのなら、そういう事情もあるかもしれない。
「でも、テッドは先代の校長先生の子どもなのでしょう? お父様も、狼なの?」
「狼なのは、母の方だ。母は今、グランドブリッジという町で校長をしている。そして母から僕が預かったのが……これだ」
テッドが差し出した箱を、リズはそっと開く。
「え、これは……!」
赤い宝石箱の中に鎮座していたのは、マラカイトをあしらったブレスレットだったのだ。マラカイトの鮮やかな緑色も、それを縁取る金細工も、リズには見覚えがある。
そう、それは明らかに――リズの母の形見と、一揃いで作られたものである。
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