相棒はかぶと虫

文月 青

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7月 1

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突如として冬眠中の俺の前に現れたそいつは、どう見ても人間なのに自分はかぶと虫だと名乗った。



とても暑い日だった。確か暦の上では七月だと言っていたが定かではない。階下では祖母ちゃんの三回忌だからと、迷惑なことに家に大勢の親戚が詰めかけて、真っ昼間からどんちゃん騒ぎをおっぱじめていた。

「いつまで寝てるんださ、よう

ベッドで頭からタオルケットを被って丸まっていたら、久しぶりに自分の名前を呼ぶ声を聞いた。祖母ちゃんが亡くなって以来、この家で俺の名前を口にする者はいない。祖父ちゃんも父さんも母さんも兄さんも、はなから俺をいないものとして扱っているからだ。現に誰一人法要に出席しろと迎えに来ない。

「お天道さんに申し訳ないんださ」

やけに低い声。おかしな喋り方。しかもお天道さんて絶対年寄りのいる家で育った奴だ。

「窓を開けるんださ。この機械の風は好かないんださ」

言っている傍からがらがらと窓を開ける音がして、俺はびっくりして飛び起きた。数年ぶりに外界との遮断を破られた部屋に、快適な温度を保っていたエアコンに代わってもわっと熱い空気が流れてくる。肌に張り付く不快な湿気に吐き気がしそうだ。

「やっと起きたんださ」

自然の風に満足そうに振り返ったのは、高校生くらいの中性的な子だった。髪が短くて、体型がめりはりなくすとんとしているので、男にも女にも見える。どちらだろうと働かない頭で考えていたら、そいつはいきなりぴょんと飛んでベッドに乗った。

「ご飯食べるんださ」

俺は慄いて後ろに飛び退った…気分だった。実際には普段鍛えていない筋肉が指示に従わず、一ミリも動いていない。しかも他人の家でご飯も何もあったもんじゃない。呆れとも疲れとも取れるだるさの中、俺はようやくはたと気づいた。

こいつはどこから入ってきたのだろう。祖父ちゃんが建てたという和風家屋は、頑丈だがプライバシーには全く配慮されていない。よって当然付いていない鍵の代わりに、俺は昔お土産にもらったご当地名を冠した木刀を、つっかえ棒よろしく襖の押さえに使っていた。

過去に関わった記憶はないが、今日ここにいるということは揃っている親戚のうちの一人に違いない。

「お前、誰?」

喉がぎゅっと絞られるように痛かった。ずっと人と向き合うことなどなかったから、話し方を忘れてしまっている。
そんな俺の気持ちも知らずに、そいつは夏の陽射しのようにぱあっと明るく笑った。

「私はかぶと虫ださ」
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