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10月 1
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涼しさは感じないものの、十月に入って過ごしやすい気候になった。窓を閉めっぱなしのときにはあまり関係なかったけれど、衣更えの時期なのが今は分かる。もっとも外を行き交う学生たちは、まだまだ半袖の方が良さそうだけれど。
かぶと虫は俺の部屋の真ん中にある、小さなテーブルの上が定位置になった。その前で俺はパソコンをいじったり、本を読んだりしている。ふと目を上げるとかぶと虫がこちらを見ていたりして(実際は違うだろうが)、ちょっと心が和んだりする。
相手からじゃれついてきたりはしなくても、生き物が近くにいるとほっとするのは何故だろう。自分は一人じゃないと思えるからなのか? 分からないけれど、少なくともかぶと虫の世話をしている間は、俺の存在意義もあるような
気がした。
「この頃すぐひっくり返るんだよね」
目の前で逆さになっているかぶと虫を起こしてやりながら、俺は畑仕事から戻った祖父ちゃんに言った。大量の汗はかかなくなっても、トレードマークのタオルをぶら下げた祖父ちゃんが、飼育かごを覗き込みながら眉を顰める。日中はじっとしている方が多いのに、動いたかと思えばすぐにころんと転がってしまうかぶと虫。トイレに行っている僅かな時間や、朝目が覚めたときも同様なので、目を離すのが心配になる。
「歩き方も何だか変だな」
祖父ちゃんは母さんが作り置きしておいたおにぎりを頬張りながら首を傾げた。最近俺は祖父ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べている。かぶと虫の飼育状況を話すには、一仕事終えたこの時間が一番ちょうどよかったからだ。
「やっぱりそう思う?」
俺もおにぎりにかぶりつく。以前はいつご飯を食べているのかいないのか、自分でも把握していないくらいどうでもよかった。最初は俺の食事の用意をしてくれていた母さんも、俺がさっぱり手を付けないのでいつの間にかやめてしまい、家族がいない時間にキッチンで食べ物を漁るようになっていた。それもせいぜい一日一回。今は決まった時間に胃が催促を始めるので、むしろ食べないと体が持たない。だから祖父ちゃんがお昼ご飯を多めに作ってくれるよう頼んでくれたらしい。
「足が空回りしているような」
祖父ちゃんが子供の頃に捕まえたかぶと虫は、大抵八月中には天寿を全うしていたそうだ。珍しい生き物でなかったのはもちろん、すぐに見送らねばならないことを知った祖父ちゃんは、やがて捕まえてもすぐに逃がすようになった。なので十月になっても生きているかぶと虫に驚いている。
かぶと虫は俺の部屋の真ん中にある、小さなテーブルの上が定位置になった。その前で俺はパソコンをいじったり、本を読んだりしている。ふと目を上げるとかぶと虫がこちらを見ていたりして(実際は違うだろうが)、ちょっと心が和んだりする。
相手からじゃれついてきたりはしなくても、生き物が近くにいるとほっとするのは何故だろう。自分は一人じゃないと思えるからなのか? 分からないけれど、少なくともかぶと虫の世話をしている間は、俺の存在意義もあるような
気がした。
「この頃すぐひっくり返るんだよね」
目の前で逆さになっているかぶと虫を起こしてやりながら、俺は畑仕事から戻った祖父ちゃんに言った。大量の汗はかかなくなっても、トレードマークのタオルをぶら下げた祖父ちゃんが、飼育かごを覗き込みながら眉を顰める。日中はじっとしている方が多いのに、動いたかと思えばすぐにころんと転がってしまうかぶと虫。トイレに行っている僅かな時間や、朝目が覚めたときも同様なので、目を離すのが心配になる。
「歩き方も何だか変だな」
祖父ちゃんは母さんが作り置きしておいたおにぎりを頬張りながら首を傾げた。最近俺は祖父ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べている。かぶと虫の飼育状況を話すには、一仕事終えたこの時間が一番ちょうどよかったからだ。
「やっぱりそう思う?」
俺もおにぎりにかぶりつく。以前はいつご飯を食べているのかいないのか、自分でも把握していないくらいどうでもよかった。最初は俺の食事の用意をしてくれていた母さんも、俺がさっぱり手を付けないのでいつの間にかやめてしまい、家族がいない時間にキッチンで食べ物を漁るようになっていた。それもせいぜい一日一回。今は決まった時間に胃が催促を始めるので、むしろ食べないと体が持たない。だから祖父ちゃんがお昼ご飯を多めに作ってくれるよう頼んでくれたらしい。
「足が空回りしているような」
祖父ちゃんが子供の頃に捕まえたかぶと虫は、大抵八月中には天寿を全うしていたそうだ。珍しい生き物でなかったのはもちろん、すぐに見送らねばならないことを知った祖父ちゃんは、やがて捕まえてもすぐに逃がすようになった。なので十月になっても生きているかぶと虫に驚いている。
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