相棒はかぶと虫

文月 青

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10月 2

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ひっくり返る回数が増えただけではなく、徐々にかぶと虫の足が真っすぐ伸びたまま元に戻らなくなった。動くことはできるけれど、転倒防止用の木に捕まることができないため、登ろうとしたり方向転換を図ろうとする度にころんと転がってしまう。

調べてみたところひっくり返ることが多くなったり、足の関節の先が折れたり、餌をあまり食べなくなってきたら、寿命が近づいているサインなのだそうだ。

飼育ケースの隅を移動しながら、伸び切った足で立とうとする姿は、まるで外に出してくれと言っているようで胸が痛む。今からでも自然に帰してあげた方がいいのだろうか。

「この季節に外に出したら、生きていられないんじゃないのか」

人にとっては適温でもかぶと虫にとっては違う。特に夜冷え込んでしまうと耐えられないのではないか、と祖父ちゃんは言う。確かにそうかもしれない。

「最後まで面倒をみてやれ」

逃がす時期はとっくに過ぎた。ならばちゃんとできることはやろうと改めて思った。幸い餌は食べている。

そういえば姿を消す間際のかぶとも、こんなふうにだらんと手足を投げ出していた。ベッドの上で仰向けになっていた様が現在のかぶと虫と重なる。夏バテだと聞いていたけれど、エアコン嫌いで自然の風を好んでいたかぶとが、暑さに負けるというのも変な話だ。

「本当にお前じゃないよね?」

相変わらず逆さになっているかぶと虫を助けながら、小さな声で呟いてみる。



かぶと虫がもの凄く動いている。俺は膝の上に置いた飼育ケースの中で、活発に這い回るかぶと虫に目を丸くした。昼も夜もあまりにもじっとしているから、時々背中をつんつんしてはほっとするのを繰り返していたある日、祖父ちゃんが軽トラの暖房が直って暖かくなったと言っていたので、試しにかぶと虫と一緒に乗せてもらったのだ。

正面からぼわっと強い風が吹き出した途端、それまで昼寝でもしていたんじゃないかと疑う程、かぶと虫はリズミカルな動きを見せた。もちろん足は元には戻らないし、ひっくり返りもするけれど、めちゃくちゃ元気に見える。もしかして俺の部屋が寒かっただけなのだろうか? そう錯覚するくらい別人(別虫?)のようだった。

「庭先に出るのにそんなもん被らんでも」

普段肥料などを運ぶのに使っている軽トラックはほぼ祖父ちゃん専用で、特に誰かが借りにくることもなければ、庭先でエンジンをかけてもらうだけなのだけれど、俺は念には念を入れて先日の目出し帽を被っていた。たまたま通りかかった近所の人がぎょっとしていたせいか、祖父ちゃんはおかしくて仕方がないらしい。




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