相棒はかぶと虫

文月 青

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10月 4

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「しかし、動きが極端だな」

キッチンでお昼ご飯を食べながら、兄さんが面白そうに呟いた。今日は祖父ちゃんのリクエストで鍋焼きうどん。といっても、麺つゆや冷蔵庫の残り物を使ったお手軽バージョンだ。

「本当に温度に敏感なんだな」

祖父ちゃんもうどんを啜りながら、定位置のテーブルの上にいるかぶと虫を眺める。寒いと全くと言っていいほど動かないのに、温かいというだけで元気になるかぶと虫に、こんな姿は初めて見たと、最近昼食メンバーに加わった兄さん。

余談だけれど、最近食材の減りが激しいと母さんが首を傾げていたらしい。もちろん祖父ちゃんも兄さんも空っとぼけているが、最近調理実習が楽しくなって、お昼にあれこれ試している俺が犯人である。さしずめ二人は共犯者。

「葉の気持ちが分かる気がする。毎日見てると不思議と愛着が湧いてくる」

兄さんの知り合いにも、かぶと虫に興味を示している人がいるのだとか。夏の間しか目にしない生き物がいると話すと、大抵驚いたり、どうやって飼育しているのか訊ねられたりするのだそうだ。

特別なことは何もしていない。むしろただの素人。かぶと虫が頑張っているのだ。そのおかげで俺の生活も、少しずつ変化し始めている。



かぶと虫の餌がなくなりそうだった。また通販で頼もうと思っていたら、兄さんの友人が大型のホームセンターで売っているのを見たという。クワガタ虫用に取り扱っている店があるのだそうだ。知らなかった。

「一緒に買いに行ってみるか?」

祖父ちゃんに言われて、他にも何かあるかもしれないから行ってみようかなと心が傾いたが、

「誘拐犯?」

目出し帽を被ったところに、タイミング悪く酒屋のおじさんが配達に来て、プチパニックが起きたので諦めた。母さんが日本酒を注文していたらしい。

「葉ちゃん? かぶと虫?」

警察に連絡されたら大変なので、渋々目出し帽を脱いだ俺と、傍に置いてあったかぶと虫を交互に見比べ、酒屋のおじさんが混乱している。二年も存在を消していた奴が急に現れたら、それも致し方あるまい。というか、俺はかぶと虫並みに珍しいのか?

「お前が誘拐犯だったのか!」

事情を察した兄さんも、最初から全部関わっている祖父ちゃんも、遠慮なく大笑い。この帽子、そんなに変なのだろうか。スキーをするときは、風も避けて暖かい優れものなのに。

「とりあえず、不審者はいないから」

俺は口を尖らせた。このところ笑われてばかりだな。


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