相棒はかぶと虫

文月 青

文字の大きさ
上 下
27 / 28

12月 6

しおりを挟む
イベント当日を迎えた。かぶととしおり祖母ちゃんのお陰で調理は殆ど自宅で済ませることができ、仕上げの必要な物だけ酒屋のおじさん宅のレンジやオーブンを借りる予定だ。酒屋さんの店頭は綺麗に飾り付けられ、後は祖父ちゃんと兄さんが軽トラで運んでいった料理を並べるだけなのだそうだ。

結局いろいろ悩んだけれど、やはりプロみたいなちゃんとした料理は作れないし、通りすがりに食べてもらう試みでもあるので、テーマはあくまで「簡単」。ホットケーキミックスや炊飯器を使って人参とかぼちゃのケーキ、パウンドケーキにチョコをかけた偽ノエル。コーンスープやミネストローネの入ったマグカップに、冷凍パイシートをかぶせただけのパイスープ。ハムと野菜のホットサンド。

ついでに市販の素を使った肉と野菜のチーズフォンデュ。これは寒かったら俺達が食べてもいいかなと思って用意したので、お客さんの口には入らない可能性も。

「行くよ? 葉」

かぶとに促されて俺は緊張しながら頷く。既にサンタクロースの衣装を身に着け、念のため白い髭の他に伊達眼鏡もかけて変身も完了。

「何も考えないでぽんと出てしまうのが一番なんださ」

自身も初めてサンタクロースになったとご機嫌のしおり祖母ちゃんが、門扉の内側で覚悟を決めかねていた俺の背中をあっさり押した。信じられないことに俺の体はもう門の外。

「いざとなったらこれで悪徳代官は平伏させてやるんださ」

うちの祖母ちゃんとお揃いで買ったという、葵の御紋を模した印籠もどきを袖からちらつかせて豪快に笑う。ねぇしおり祖母ちゃん、微妙にバランスおかしくない? しかもそれで本当に平伏する人なんている? たぶん悪代官もいないと思うよ?

でも不思議なことに一歩表に出てしまったら、肩の荷を下ろしたような何かから解放されたような、祖母ちゃんのお墓に行ったときとはまた違う気持ちになった。

「よし、出発!」

かぶとの音頭でサンタが三人街の中を歩く。酒屋さんまでは徒歩で約十分。イベントの関係者もいるのか、結構すれ違う人は多かったけれど、さすがに誰も立ち止まったりしなかった。むしろ微笑ましそうに眺めてゆく。最初は丸まっていた俺の背中も徐々に伸びていった。

「待ってました、サンちゃん。頼むよ」

酒屋さんに着いたらすぐにおじさんが声をかけてきた。そのまま食べられる物は、赤と緑のクロスをかけたテーブルに所狭しと並んでいる。

「ところでサンちゃんて何?」

ふと気になって訊ねると、

「サンタのサンちゃん!」

いかにもな答えが返ってきた。どうやら人前で俺の名前を呼ばないよう配慮してくれたらしい。

「それじゃわしら全員サンちゃんか?」

祖父ちゃんが本気で突っ込む。皆が一斉に吹き出した。確かにそうだ。まるでハメハメハ大王の歌。

「葉…?」

唐突に呼ばれる筈のない名前が耳に届いた。笑い転げていたサンタ六人が揃って背後を振り返る。そこには俺の友達と元カノの姿があった。




しおりを挟む

処理中です...