友達の恋人

文月 青

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番外編

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灯里ちゃんから妊娠を伝えられたのは、平日の夜の食事中だった。食べないという程ではないが、普段に比べると箸の動きが鈍いし、皿のおかずも殆ど減っていない。心なしか顔色も良くないように見える。もしや具合でも悪いのかと訊ねたら、しばし迷ってから恥ずかしそうに口を開いた。

「赤ちゃんが、できました」

何を言われているのかすぐには理解できなかった。もちろん子供の作り方は知っているし、まあ実践してもいる。だが大和田夫妻の出産に駆けつけた際も、うちには手のかかる子犬がいますからと灯里ちゃんは笑っていた。その彼女の身の内に俺達の子供が宿ったと……?

「俺と、灯里ちゃんの子が」

呆然と呟いてから、俺は食事を中断して灯里ちゃんの隣ににじり寄った。

「触ってもいい?」

お腹に手を翳すと彼女が小さく頷く。そっと触れたそこは温かくて、内側からも手を合わせてくれているような錯覚に陥った。

「昨日よりも膨らんでいるような気がする」

「太ったって言いたいんですか?」

昨日の今日では変わりませんと不貞腐れつつも、灯里ちゃんは俺の手に自分のそれを重ねた。

「私もまだ実感がないんです」

月のお客さんが来なかったのと、胸のむかむかを感じて念の為受診したが、いざ妊娠を告げられたら驚いたのだそうだ。うん。俺も正直戸惑いの方が大きい。でも嬉しくないと言ったら嘘だ。十月十日後(だったっけ?)には二人の愛の結晶が生まれてくるのだ。

「夫婦としての共同作業なんだなあ」

徐々に湧いてくる喜びにしみじみと浸っていると、何故か灯里ちゃんが更に赤くなって俯いた。

「どうしたの?」

肩に手を置いたらぱっと両手で顔を覆ってしまう。

「笑わないで下さいね? あの、妊娠が分かって凄く嬉しい反面、千賀さんとそういうことをしていると知られているようで、外を歩くのがちょっと恥ずかしかったんです」

俺の奥さんは何て可愛いのだろう。世界の中心までは行けないから、せめて会社の屋上から愛を叫びたい(いやそれも問題だな)。新たな家族も授かり、つくづく俺は幸せ者なのだと感じずにはいられなかった。




灯里ちゃんの悪阻は思いの外酷かった。初めて間近でその症状を目にした俺は、水さえも受け付けずに戻してしまう姿に、このまま彼女が倒れてしまうのではないかと本気で心配した。子供がぽんと元気に生まれてくるイメージしか持っていなかった俺は、出産までの道程が簡単なものではないと初めて知った。

「千賀はいいよな」

ようやく悪阻も落ち着き、灯里ちゃんの体調と相談しながら、将来を見据えて広い部屋へ引っ越した頃、会社で同僚の野村のむらにぼやかれた。彼のところもうちと時期を同じくして奥さんの妊娠が判明している。ちなみに
彼は例の結婚祝いに我が家に訪れた同僚の一人。

「念願の部署に配属されたばかりなのにと、わんわん泣かれたよ」

野村の奥さんはまだ二十五歳。望んで就職した会社で、ようやく重要案件を任せられるようになったらしく、これからキャリアを積み上げてゆく予定だった。そこに予期せぬ妊娠。ハードな部署での勤務は難しく、妊娠初期の体調不良からナーバスになっているらしい。

「元はと言えば避妊を怠った俺が悪いんだけど、あまりの嘆きようにカーッときてさ。そんなに俺の子供ができたのが嫌なのかって言っちまった」

意気消沈する野村にかける言葉も見つからない。野村も奥さんも子供は欲しかったのだ。本来なら二人で喜んでいた筈だった。ただ時期が悪かった。俺達男は子供ができても仕事を辞めたり、残業の少ない部署に移動したり、パートに切り替える必要はない。しかし女性は違う。下手するとそれまでの努力も実績も全て手離すことになる。おまけに妊娠できる期間がある程度決まっていれば、子供か仕事かの選択を迫られる場合も無きにしも非ず。

もちろん男の中にだって家族を背負っているのだからと、希望の職種に就くことや転職を諦める者もいる。とにかく収入を優先せざるを得ない人も。一概にどちらがどうと断ずることはできない。けれど妊娠・出産で人生が大きく変わるのは、やはり女性の方なのだろう。

「灯里ちゃん、仕事はどうするの?」

お腹の膨らみが目立ってきた頃、俺は灯里ちゃんに訊いてみた。彼女は妊娠してからも会社勤めを続けている。残業は減らしてもらったらしいが、正社員なので定時まではしっかり働く。新しい住処も灯里ちゃんの職場に近いが、子供が生まれたらこれまで通りにはいかないだろう。

「産休が明けたら復帰するつもりだったんですけど」

六畳一間に比べれば広々としたダイニングで、灯里ちゃんは珍しく言葉を濁した。

「千賀さんさえよければ、一度退職させて頂けないかと」

「いいの? 仕事を辞めて」

意外だった。結婚したときも迷わずに家事と仕事をこなしていた灯里ちゃんが、時短はあれど正直退職を考えているとは夢にも思わなかった。野村家とは逆のパターンに目を瞬いていたとき、彼女が困惑した表情で告げた。

「せっかく雇ってもらったのに、会社には申し訳ないんですが……実は健診で双子だと言われたんです」

仕事の話が一瞬頭から飛んだ。テーブルで隠れているにも関わらず、俺は灯里ちゃんのお腹の辺りをまじまじと眺めた。一人でも大変なのに二人もその身に抱えて彼女は大丈夫なのだろうか。





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