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番外編
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「やっと静かになったな」
昼食を済ませて間もなく、燈里と遥斗を寝かしつけた灯里ちゃんが、リビングのソファで雑誌を眺めていた俺の隣に座った。
「お休みなのにゆっくりできなくてごめんなさい。疲れが取れないでしょう?」
「灯里ちゃんがいてくれたら、疲れなんてすぐに吹き飛ぶから大丈夫」
「またそんなことばっかり」
ほんのり頬を染めて睨まれても、可愛さが倍増するだけなのに。俺は堪らなくなって灯里ちゃんの肩を抱きよせた。
大和田家に長男が生まれた約一年後。我が家にも待望の赤ちゃんがやって来た。しかも男女の双子。五歳になる子供達は不思議なことに、外見も中身も口癖まで俺と灯里ちゃんに似ていて、二人のミニチュア版を見ているようで面白い。通っている幼稚園でもあのまんまなのだそうだ。名前はともかく親を名字で呼ぶ園児など、そうそういないのではなかろうか。先生の苦労が忍ばれる。
ただ灯里ちゃんは大変だったと思う。平日仕事で留守の俺ができることなんて限られている。睡眠不足の最中、一人で何でも二倍こなさなければならない状況は、心身ともにきつかった筈だ。
「そんなこと言ったら瑠璃子さんだって同じですよ」
疲れたと口にしながらも灯里ちゃんはけろっと答える。大和田家も年子で下に女の子が誕生したので、大きなお腹で家事や子供の面倒をみていた瑠璃子さんも、また別の大変さがあったから、と。もっとも毎日めまぐるしくて、余計なことを考えている暇がなく、瑠璃子さんが以前のように溌溂してきたと大和田さんは喜んでいた。
「二倍の大変さは、二倍の幸せか」
ふと洩らした俺に灯里ちゃんが微笑む。二人から三人、四人へと形を変え、うちも大和田家も結婚当初とは違う、新たな家庭を営んでいる。
ちなみに六畳一間のアパートではさすがに狭いだろうと、妊娠が判明した後灯里ちゃんが安定期に入るのを待って、現在の3LDKに引っ越した。今度は全て灯里ちゃん好みの家具や小物を揃え、当然その居心地の良さを俺も気に入っている。
「灯里ちゃん、大好きだよ」
「またどうして千賀さんはそういうことを」
照れ隠しで灯里ちゃんが俺の額をぺしっと叩く。以前にもそんなことがあったと、懐かしさに心が震える。子供達はお昼寝しているから許してと囁き、俺は灯里ちゃんをソファに押し倒した。ストップがかかる前に唇を塞いだ瞬間、
「千賀さん、ハウス!」
「灯里ちゃん逃げて~」
入口からそんな叫びが上がったのは如何なものか(笑)。
子供達が揃ってお昼寝から目覚めたので、日曜日の午後に四人で賑やかにお茶を飲んだ。さっきの子供達からも分かるように、いろんな人から指摘されるのが俺と灯里ちゃんのお互いの呼び方だ。二人のときならいざ知らず、子供が真似をしているのだからやめるべきというのが、意見のほぼ九割を占める。たまにパパママではなく名前で呼び合う夫婦もいるので、家庭で決めればいいのではというのが残りの一割だ。
「灯里ちゃんが俺の名前を呼んでくれたの、あの一度きりだよな」
初めての結婚記念日を迎えた数日後。灯里ちゃんの希望で二人が出会った母校を訪ねたときだ。あの日の衝撃は半端なくて、自分を制御できなくなったのは言うまでもない。
「千賀さんも滅多に呼び捨てにしませんしね」
苦笑されてうーんと唸る。俺達夫婦は子供まで設けているのに、何故か名前だけは相変わらず簡単に口にできずにいる。書類等に必要でフルネームを言うのなら至って平気なのだが、お互いに向きあうと照れ臭くて仕方がない。たぶん初っ端から失敗していたせいかもしれない。
一年半後の小学校入学までには、否応なく訂正しなくてはいけないのだろうが、俺は自分が知らなかった灯里ちゃんの子供時代を、そして灯里ちゃんは俺の子供時代をなぞっているようで、もう少しこのままでいたいような気もしている。
「ただいま。千賀さん、灯里ちゃん」
そういえば休日出勤の代休で、久し振りにお迎えの灯里ちゃんにくっついて幼稚園に行ったとき、駆け寄ってきた子供達は迷いもせずに言った。共働きが増えているせいか、他の父親の姿もちらほら見えたが、大抵パパ、稀にお父さんと聞こえるくらいで、さすがに名字にさん付けする子供はいない。
「やはり無難なのはパパママか」
ため息をつく俺に灯里ちゃんがくすりと笑みを洩らす。
「そんな嫌々変えなくても」
バレている。灯里ちゃんと呼べなくなるのが淋しいのは、何を隠そうこの俺だ(いやこれもバレているか)。子供達を挟んで手を繋いで歩きながら、俺は一応当事者である燈里と遥斗にも訊ねてみた。
「今から俺のことをパパと呼べるか? 灯里ちゃんのことはママと」
俺達の間に挟まっておやつを頬張る二人は、きょとんとして顔を見合わせている。
「悪いけど、私はお楽しみ会のときはちゃんとパパママと言えるわよ」
子供なのに臨機応変な発言をする燈里に度肝を抜かれた。伊達に俺の躾に参加しているわけじゃない。
「僕はよく分からないけど、でも今の方が仲よしみたいで好き」
一方の遥斗ものんびりながら、ちゃんと自分の意見を述べている。
「この子達は大丈夫ですよ、千賀さん」
子供達の頭上で頷く灯里ちゃん。あくまで下の名前を呼ぼうとしない彼女に、俺はわざと小声で悪戯をしかけた。
「ああ、ベッドの中ではたまーに呼んでくれるか」
ふと思い出した振りをしてぽんと手を打ったら、灯里ちゃんがつんとそっぽを向いた。つれなくしていても耳が赤い。
「知りません。千賀さんなんて嫌いです」
「俺は好き」
もしかしたら呼び方云々よりも、こういう絡み合いが教育上よろしくないのかもしれない(笑)。
昼食を済ませて間もなく、燈里と遥斗を寝かしつけた灯里ちゃんが、リビングのソファで雑誌を眺めていた俺の隣に座った。
「お休みなのにゆっくりできなくてごめんなさい。疲れが取れないでしょう?」
「灯里ちゃんがいてくれたら、疲れなんてすぐに吹き飛ぶから大丈夫」
「またそんなことばっかり」
ほんのり頬を染めて睨まれても、可愛さが倍増するだけなのに。俺は堪らなくなって灯里ちゃんの肩を抱きよせた。
大和田家に長男が生まれた約一年後。我が家にも待望の赤ちゃんがやって来た。しかも男女の双子。五歳になる子供達は不思議なことに、外見も中身も口癖まで俺と灯里ちゃんに似ていて、二人のミニチュア版を見ているようで面白い。通っている幼稚園でもあのまんまなのだそうだ。名前はともかく親を名字で呼ぶ園児など、そうそういないのではなかろうか。先生の苦労が忍ばれる。
ただ灯里ちゃんは大変だったと思う。平日仕事で留守の俺ができることなんて限られている。睡眠不足の最中、一人で何でも二倍こなさなければならない状況は、心身ともにきつかった筈だ。
「そんなこと言ったら瑠璃子さんだって同じですよ」
疲れたと口にしながらも灯里ちゃんはけろっと答える。大和田家も年子で下に女の子が誕生したので、大きなお腹で家事や子供の面倒をみていた瑠璃子さんも、また別の大変さがあったから、と。もっとも毎日めまぐるしくて、余計なことを考えている暇がなく、瑠璃子さんが以前のように溌溂してきたと大和田さんは喜んでいた。
「二倍の大変さは、二倍の幸せか」
ふと洩らした俺に灯里ちゃんが微笑む。二人から三人、四人へと形を変え、うちも大和田家も結婚当初とは違う、新たな家庭を営んでいる。
ちなみに六畳一間のアパートではさすがに狭いだろうと、妊娠が判明した後灯里ちゃんが安定期に入るのを待って、現在の3LDKに引っ越した。今度は全て灯里ちゃん好みの家具や小物を揃え、当然その居心地の良さを俺も気に入っている。
「灯里ちゃん、大好きだよ」
「またどうして千賀さんはそういうことを」
照れ隠しで灯里ちゃんが俺の額をぺしっと叩く。以前にもそんなことがあったと、懐かしさに心が震える。子供達はお昼寝しているから許してと囁き、俺は灯里ちゃんをソファに押し倒した。ストップがかかる前に唇を塞いだ瞬間、
「千賀さん、ハウス!」
「灯里ちゃん逃げて~」
入口からそんな叫びが上がったのは如何なものか(笑)。
子供達が揃ってお昼寝から目覚めたので、日曜日の午後に四人で賑やかにお茶を飲んだ。さっきの子供達からも分かるように、いろんな人から指摘されるのが俺と灯里ちゃんのお互いの呼び方だ。二人のときならいざ知らず、子供が真似をしているのだからやめるべきというのが、意見のほぼ九割を占める。たまにパパママではなく名前で呼び合う夫婦もいるので、家庭で決めればいいのではというのが残りの一割だ。
「灯里ちゃんが俺の名前を呼んでくれたの、あの一度きりだよな」
初めての結婚記念日を迎えた数日後。灯里ちゃんの希望で二人が出会った母校を訪ねたときだ。あの日の衝撃は半端なくて、自分を制御できなくなったのは言うまでもない。
「千賀さんも滅多に呼び捨てにしませんしね」
苦笑されてうーんと唸る。俺達夫婦は子供まで設けているのに、何故か名前だけは相変わらず簡単に口にできずにいる。書類等に必要でフルネームを言うのなら至って平気なのだが、お互いに向きあうと照れ臭くて仕方がない。たぶん初っ端から失敗していたせいかもしれない。
一年半後の小学校入学までには、否応なく訂正しなくてはいけないのだろうが、俺は自分が知らなかった灯里ちゃんの子供時代を、そして灯里ちゃんは俺の子供時代をなぞっているようで、もう少しこのままでいたいような気もしている。
「ただいま。千賀さん、灯里ちゃん」
そういえば休日出勤の代休で、久し振りにお迎えの灯里ちゃんにくっついて幼稚園に行ったとき、駆け寄ってきた子供達は迷いもせずに言った。共働きが増えているせいか、他の父親の姿もちらほら見えたが、大抵パパ、稀にお父さんと聞こえるくらいで、さすがに名字にさん付けする子供はいない。
「やはり無難なのはパパママか」
ため息をつく俺に灯里ちゃんがくすりと笑みを洩らす。
「そんな嫌々変えなくても」
バレている。灯里ちゃんと呼べなくなるのが淋しいのは、何を隠そうこの俺だ(いやこれもバレているか)。子供達を挟んで手を繋いで歩きながら、俺は一応当事者である燈里と遥斗にも訊ねてみた。
「今から俺のことをパパと呼べるか? 灯里ちゃんのことはママと」
俺達の間に挟まっておやつを頬張る二人は、きょとんとして顔を見合わせている。
「悪いけど、私はお楽しみ会のときはちゃんとパパママと言えるわよ」
子供なのに臨機応変な発言をする燈里に度肝を抜かれた。伊達に俺の躾に参加しているわけじゃない。
「僕はよく分からないけど、でも今の方が仲よしみたいで好き」
一方の遥斗ものんびりながら、ちゃんと自分の意見を述べている。
「この子達は大丈夫ですよ、千賀さん」
子供達の頭上で頷く灯里ちゃん。あくまで下の名前を呼ぼうとしない彼女に、俺はわざと小声で悪戯をしかけた。
「ああ、ベッドの中ではたまーに呼んでくれるか」
ふと思い出した振りをしてぽんと手を打ったら、灯里ちゃんがつんとそっぽを向いた。つれなくしていても耳が赤い。
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