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番外編 それぞれの思い
今村直樹 1
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桜の花が綻んでいる。春になると男でもやはり心が浮き立つ。まして目の前に微笑ましい光景があれば尚更。少し離れた場所で俺は三人の姿を眺める。一人は高校時代の同級生、一人はサークル活動で知り合った高校生、一人はその高校生の弟である就学を控えた園児。
「こっちまで幸せな気分になるな」
隣に歩み寄った高槻さんが同じように目を細めている。園児を挟んで歩いているのに、手を繋いでいるのは姉と弟だけ。なのに楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「きっと助けられているのは俺達の方なんだろうな」
誰に聞かせるでもない、独り言のような言葉に頷く。
高槻さんは自身も怪我で陸上を断念した人であり、スポーツを通して障害者の社会参加を支援する、スポーツサポートサークルに俺を誘ってくれた人である。初めは成人者対象にボランティアとして関わることが殆どだった活動も、最近はダンスや遊びを交えて子供と触れ合う機会が増えた。
「彼らは可能性の塊だよ」
サークルの見学に無理やり引っ張って来られたとき、何を考えているのかいないのかすら分からない、全員が向いている方向が違う子供達に驚いた。言葉が通じない、どんな働きかけにも応じない、かと思えば延々と意味のないことを喋っている。
ほんの一時間一緒に過ごしただけで、俺はとてつもなく疲弊した。こんな謎の集団ごめんだ。先輩に対する義理さえ果たせば、自分の人生には無縁な人間だ、と。
「力はあっても、それを引き出す、生かす術が分からないんだ。そして力を伸ばすまで時間もかかる」
陸上をする為に入学した大学で、練習中の怪我により陸上を断念したばかりの俺には、高槻さんの言葉が深く胸に刺さった。
元々足が速かったわけではなかった。小学生の頃の運動会では、むしろいつもビリを争っていた。だから走ることなんか大嫌いだった。
きっかけは中三のとき。風邪で学校を休んでいたのをいいことに、市内の中学陸上大会の選手を押しつけられた。うちの中学には陸上部がなく、各クラスから数名選抜されるシステムを敷いていた。
選ばれたところで足の遅い俺など、どうせ補欠要員と決まっているし、放課後行われる練習にも渋々参加していた。
「今村、お前ハードルやれ」
ところが指導に当たった体育教師が、いきなりとんでもないことを言い出した。体育の授業で齧っただけの、ちゃんとした跳び方も知らない競技に、これまたど素人の俺を指名するとは、今年は余程選手層が薄いのかもしれない。
恥をかくのは嫌だが、中学生が教師に逆らえる筈もなく。短期間の辛抱だと涙を呑んで練習に明け暮れた結果、何故か俺は決勝にまで進んでしまった。しかも二位。はっきり言って何の間違いだと自分が一番びっくりした。
「先生はどんな方法で俺の足を速くしたんですか?」
それまでずっとビリ争いをしていたのだ。才能があったらとっくに開花している。不思議がる俺に体育教師はあっけらかんと笑った。
「お前は陸上に向いてたんだよ。ただ埋もれていただけで。持ってる力は磨かないと勿体ないぞ」
体育教師は学生時代、短距離走をやっていたのだそうだ。鳴かず飛ばずだったらしいが、それで俺を見出すことができたのだという。
「俺の先輩が高校の陸上部の顧問を務めている。お前の話をしたら興味を示した。本格的にやってみる気はないか? 今村」
そう促されて俺は高校から陸上を始めた。もちろん他のメンバーは経験者ばかり。もしかしたら一度も競技大会に出ることなく、三年間が終わってしまうかもしれない。
けれど苦手にしてきた分野で、結果を残せる可能性があると思うと、俄然練習にも身が入った。顧問は素人同然の俺に、根気よく指導してくれた。そうして全国には及ばないものの、俺はハードルの県記録を作るまでになった。
努力が報われることを、このとき生まれて初めて知った。諦めなければ叶う夢があるのだと。そして中学のときにあの体育教師と出会わなかったら、俺が陸上をやることも、勝利を味わうこともなかっただろう。
俺は当然のように近隣の体育大学に進み、陸上部に入部して新たな練習の日々を送った。けれど怪我により全てを失った。俺はもう引き出す、生かす力など何一つない、ただの抜け殻でしかないのだ。
「こっちまで幸せな気分になるな」
隣に歩み寄った高槻さんが同じように目を細めている。園児を挟んで歩いているのに、手を繋いでいるのは姉と弟だけ。なのに楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「きっと助けられているのは俺達の方なんだろうな」
誰に聞かせるでもない、独り言のような言葉に頷く。
高槻さんは自身も怪我で陸上を断念した人であり、スポーツを通して障害者の社会参加を支援する、スポーツサポートサークルに俺を誘ってくれた人である。初めは成人者対象にボランティアとして関わることが殆どだった活動も、最近はダンスや遊びを交えて子供と触れ合う機会が増えた。
「彼らは可能性の塊だよ」
サークルの見学に無理やり引っ張って来られたとき、何を考えているのかいないのかすら分からない、全員が向いている方向が違う子供達に驚いた。言葉が通じない、どんな働きかけにも応じない、かと思えば延々と意味のないことを喋っている。
ほんの一時間一緒に過ごしただけで、俺はとてつもなく疲弊した。こんな謎の集団ごめんだ。先輩に対する義理さえ果たせば、自分の人生には無縁な人間だ、と。
「力はあっても、それを引き出す、生かす術が分からないんだ。そして力を伸ばすまで時間もかかる」
陸上をする為に入学した大学で、練習中の怪我により陸上を断念したばかりの俺には、高槻さんの言葉が深く胸に刺さった。
元々足が速かったわけではなかった。小学生の頃の運動会では、むしろいつもビリを争っていた。だから走ることなんか大嫌いだった。
きっかけは中三のとき。風邪で学校を休んでいたのをいいことに、市内の中学陸上大会の選手を押しつけられた。うちの中学には陸上部がなく、各クラスから数名選抜されるシステムを敷いていた。
選ばれたところで足の遅い俺など、どうせ補欠要員と決まっているし、放課後行われる練習にも渋々参加していた。
「今村、お前ハードルやれ」
ところが指導に当たった体育教師が、いきなりとんでもないことを言い出した。体育の授業で齧っただけの、ちゃんとした跳び方も知らない競技に、これまたど素人の俺を指名するとは、今年は余程選手層が薄いのかもしれない。
恥をかくのは嫌だが、中学生が教師に逆らえる筈もなく。短期間の辛抱だと涙を呑んで練習に明け暮れた結果、何故か俺は決勝にまで進んでしまった。しかも二位。はっきり言って何の間違いだと自分が一番びっくりした。
「先生はどんな方法で俺の足を速くしたんですか?」
それまでずっとビリ争いをしていたのだ。才能があったらとっくに開花している。不思議がる俺に体育教師はあっけらかんと笑った。
「お前は陸上に向いてたんだよ。ただ埋もれていただけで。持ってる力は磨かないと勿体ないぞ」
体育教師は学生時代、短距離走をやっていたのだそうだ。鳴かず飛ばずだったらしいが、それで俺を見出すことができたのだという。
「俺の先輩が高校の陸上部の顧問を務めている。お前の話をしたら興味を示した。本格的にやってみる気はないか? 今村」
そう促されて俺は高校から陸上を始めた。もちろん他のメンバーは経験者ばかり。もしかしたら一度も競技大会に出ることなく、三年間が終わってしまうかもしれない。
けれど苦手にしてきた分野で、結果を残せる可能性があると思うと、俄然練習にも身が入った。顧問は素人同然の俺に、根気よく指導してくれた。そうして全国には及ばないものの、俺はハードルの県記録を作るまでになった。
努力が報われることを、このとき生まれて初めて知った。諦めなければ叶う夢があるのだと。そして中学のときにあの体育教師と出会わなかったら、俺が陸上をやることも、勝利を味わうこともなかっただろう。
俺は当然のように近隣の体育大学に進み、陸上部に入部して新たな練習の日々を送った。けれど怪我により全てを失った。俺はもう引き出す、生かす力など何一つない、ただの抜け殻でしかないのだ。
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