声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

坂井直 2

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叔父さんは現在スーパーで、主に清掃を中心とした裏方の仕事をしている。声をかけられても応じることができないので、接客の必要がないものなら積極的に引き受けているらしい。このご時世に仕事があるのがありがたいと嬉しそうだ。

「おじさん、こんにちは」

自宅の庭先でおじさんに会うと、くるみは俺より先に手話で挨拶をする。俺の家は大学から近いので、彼女はちょくちょく遊びに来るのだが、必ずおじさんにも話しかけてくれる。

ーーいい子だね。

実際に聞こえていなくても、自分を省かずに同じように接してくれるくるみを、叔父さんも家族も好ましく思っている。

何年か前のことだが、開店前に他の従業員と駐車場の掃除をしていた叔父さんに、通りすがりの車が道を訊ねたことがあったそうだ。横にいた従業員がすぐに対応したにも関わらず、

「だから右? 左? どっちなの?」

その人は何故か補聴器をつけている叔父さんに、執拗に問いかけ続けたのだという。一緒にいた従業員はわざとだと憤慨していたが、叔父さんは逆に職場に申し訳なくなった。

ーー幸いクレームにはならなかったが、職場の人に迷惑をかけてしまった。

通りすがりの人に悪意があったかどうかは分からない。もしかしたら補聴器に気づいていなかったのかもしれない。けれど同じ話しかけるという言動でも、これだけの差が生まれる。そこにあるのは気持ち一つなのだろうが。

「西崎くんと海ちゃんが上手くいっているみたいで、正直ほっとしちゃった」

俺の部屋で腰を落ち着けるなり、くるみは安堵のため息を洩らした。帰り際に偶然デート中の二人に遭遇したのだ。ちなみにうちは敷地内同居なので、窓からは祖父母と叔父さんが暮らす、昔ながらの母屋が見える。

「海ちゃんは西崎が初めてちゃんと好きになった女の子だから、きっとそんなに簡単には手離さないよ」

「二人を見ていてそれは感じたけど、やっぱりね」

西崎の元カノの彩ちゃんは、正確にはくるみの知人の知人に当たる。橋渡しをしたのが自分なので、その後の彩ちゃん絡みの騒動に、くるみは秘かに胸を痛めていた。

「好きであろうとなかろうと、彩ちゃんとつきあったのは西崎の意思だし、それも海ちゃんと関わるきっかけになったんだから、くるみが気にすることはないんだよ」

事実西崎は己の不甲斐なさを嘆くことはあっても、くるみに責任があるとは微塵も思っていない。たぶんそういう考えすら持っていない。単純だから。そしてそれがあいつの良さだ。

「直のそういうとこ、好きだなあ」

本人に自覚はないが、くるみは時々もの凄く嬉しいけれど、赤面せざるを得ないようなことをさらりと発言する。

「誰かを責める前に、いろんなことをプラスに変えてしまうの。おかげでみんな嫌な気持ちにならない」

「いや、それ、違うから」

眦を下げるくるみに何とも面映ゆい。

「逆なんだ。自分が嫌な思いをしたくないから、ただ丸く収めているだけで」

だからくるみが告白してくれたときも、いきなり叔父さんの話題を出した。

「過程はそうだとしても、結果みんなが笑っていられるならいいじゃない」

実はね、とくるみは笑む。

「初めて会ったとき、ううん一方的に見かけたとき、直は女性と話しているところだったの」

「女性?」

「そう。話しているというか、聞いていたという感じかな? 家族に聴覚障害者がいるという人と」

思い当たる節があった。ちょうど二年程前だ。確か地域のコミュニティセンターで、叔父さんがたまに講師としと参加する手話の講習会があった。その日特に予定がなかった俺は、父親の車を借りて早めに迎えにきていたのだが、会が終了するまで待っていようと向かったロビーで、参加者の姉だという女性に会った。

「母の想いを知って、やり切れなくなってしまいました」

都合がつくときのみ、講習会のサポートを引き受けているという妹さんは、当時高校三年生で片耳が聞こえなかった。当人が日常生活を楽しく送っているので、普段はあまり意識しないが、きっと困っていることはあるのだろうと、既に社会人のお姉さんは吐息をつく。

「私は福祉制度をよく知らないのですが、この先妹に何かあった場合のことを考えて、支援を受けることができるかどうか、確認してみてはと母に提案したんです」

お姉さんの心配はもっともだ。ずっと自分達が寄り添えるわけじゃない。

「でも母に言われました。あの子を障害者にしたいの?」

俺は瞠目した。



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