声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

坂井直 3

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「母は障害のある方をどうこう思っているのではありません。ただ妹がそうなることで、大きなリスクを背負わせてしまうのではないかと。我が子を障害者と呼ばせたくなかったと……」

お姉さんはそう言って肩を落とした。

「だから支援を受けることより、周囲に迷惑をかけないでいられるなら、健常者として生きることを優先して欲しいのだそうです」

妹に対して責任を感じているお母さんに、お姉さんは無理強いすることはできず、何をどうすれば家族みんなの為になるのか、段々分からなくなってきたと零す。

「妹さんは何と? やはり耳のことはできれば伏せておきたいんですか?」

肝心の当人の気持ちが見えないので、俺はまずそちらを確認した。

「いえ、本心かどうかはともかく、意外とけろっとしています。関わりを持つ人には、予め事情を伝えているようですし」

思うところがあるにせよ、妹さんは自分なりに周囲と折り合いをつけているようだった。これまでがどうあれ、お母さん程現状を嘆いてはいないのだろう。

「ではどんな支援があるのか、妹さんはどれに該当するのか、お姉さんが調べてみては? 福祉制度はその都度変わりますし、必要になってから手続きを踏むのでは、時間がかかる場合もあります。なので今すぐ使わなくても、窓口の人と顔をつないで、いざという時に備えておくのはどうでしょう?」

「手続きって、そんなに時間がかかるものなんですか?」

「俺もよく知りませんが、今日申し込んで明日から、とはさすがにいきませんから。それに障害の種類や等級によっても、受けられるサービスは様々みたいですし、まずはそれを知っておくだけでも、安心に繋がりませんか?」

実際に利用するかしないかは、妹さんに任せるにしても、何でもかんでも一から自分で始めるのは大変だ。お姉さんが知識を蓄えておけば、困ったときにすぐに力になることができる。

「そうだったんですね。何も知らなくて」

「偉そうにすみません。全部親の受け売りなんです。俺も自分で何かしたことはありませんから」

落ち込むお姉さんに慌てて弁解すると、彼女はやんわりと首を振った。

「いいえ。お陰で私にできることが見えてきました。いろいろ勉強してみます。ありがとうございました」

素直な謝意を示され、俺は恐縮して頭を掻いた。本当に自分は何もしていない。叔父さんや両親との会話の中に出てきたことを、そのまま話しただけに過ぎない。

「そもそも相談するところもなかったんだもの。今日はここに来てよかった」

けれどお姉さんは嬉しそうに笑ってくれていた。




「私そのとき偶然ロビーにいたの。で、悪いけど話を聞いちゃった」

くるみはごめんなさいと両手を合わせた。驚く俺に申し訳なさそうに呟く。

「むやみに同情していないのが、凄く印象に残ったの」

「印象?」

自慢じゃないが、誰かの印象に残るような人間じゃないのは、自分が一番よく知っている。

「相手を必要以上に哀れんだり、逆に庇ったりするんじゃなくて、そのときできることっていうのかな? それをしている直が」

「だからあれは親の受け売りで」

「だとしても、あの女性は少なくとも救われたんだもの。お母さんの気持ちは何とも言えなかったけど」

お母さんが正しかろうと間違っていようと、責めることは誰にもできない。その考えに行き着くまでに、きっといろんなことがーー嫌なことも含めてあったのだろうから。

以前西崎とも差別の話題に触れたが、見方や立場を変えれば、自分達にもそういった面は存在する。海ちゃんも弟のりっくんに対する思いに苦しみ、彼を差別する他人よりも、自分が一番醜いと吐露したという。

「家族でも友達でも、こんなところはいい、あんなところは嫌ってのは付き物だ。でもだから相手が憎いかっていうと違うし、それを含めて好きなんだろ」

西崎が海ちゃんに返した言葉は、俺の中に蟠っていたものも溶かしてくれたような気がした。健常者だから、障害者だから、そういう枠組みを取り払って、その人自身に向き合っている感じがしたのだ。

ーーできないこともあるけど、好きなことも楽しいこともある。直と同じだよ。

子供の頃、叔父さんが笑って言っていたことが脳裏を過ぎった。


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