声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

坂井直 4

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俺と女性のやり取りを耳にした数日後、くるみは大学で再び偶然俺の姿を目にすることとなった。そこであれこれ情報を集めたりする前に、いきなりつきあって下さいと体当たりしたのだそうだ。正直フルネームも知らなかったと聞き、俺は開いた口が塞がらなかった。

「だってこの機会を逃したら、いつ会えるか分からないじゃない」

確かに名前も学部も知らないのでは、探す手間はかかりそうだが、でもそこは同じ大学の学生。さほど急がなくても、またどこかで顔を合わせたのではないだろうか。

「チャレンジャーだね、くるみは」

もっとも叔父さんの障害を伝えたとき、手話云々と口にした理由がはっきりしたが。うちのことをある程度承知の上で告白してくれたくるみに、俺の態度は本当に失礼極まりないものだったと、尚更申し訳なくなってくる。

「一目惚れしたの、初めてなんだもん」

軽く頬を膨らませるくるみに、俺は焦って両手を振った。

「ちょ、ちょっとたんま。今頃になって何でそんな裏話を」

「直がいつまでも私に心を許してくれないから」

くるみは打って変わって淋しげな表情を見せた。

「そんなつもりは」

「一線引いてる。遠慮してる。愚痴も我儘も言ってくれない」

「それは特にないからだよ。第一男に愚痴なんて吐かれても楽しくないだろうし」

「相手によるよ」

最近西崎や海ちゃんと会うことが多くなり、くるみは二人に自分と俺を重ねるようになったらしい。

「西崎くんが前に教えてくれたの」

ぽつりと呟くくるみ。それは西崎と海ちゃんがつきあい始めて間もない頃。せっかく気持ちが通じあったのに、西崎が去ってゆくことを想定して、海ちゃんは彼を試すようなことをしたという。

「欲しいのは絶対離れていかないという一言だったんだろうが」

ありのままの考えを伝えることしかできなかったと、西崎は珍しく意気消沈したのだそうだ。

不安を払拭する言葉なんていくらでも言える。けれどそれが絶対だとは約束できない。だから海ちゃんは無意識のうちに保険をかけようとする。いつ自分が見捨てられても大丈夫なように。そんなとき己の無力さにほぞを噛む、と。

良くも悪くも西崎は正直だ。女の子の嘘でもいいから優しくして欲しいという願いには、例え癒す効果があろうとも、その場限りのものならきっと応えない。それが逆に西崎の優しさだから。

「直もいつか私が離れてゆくと思ってる?」

「まさか。それにもしも別れることがあったとしても、叔父さんのせいではないよ」

俺は即座に否定した。少なくとも相手がくるみならば。

「ただ構える癖は確かにあるかもしれないね」

高校時代の彼女の件だけじゃない。実は祖母から聞いたのだが、両親が結婚するときに一悶着あったのだそうだ。

「施設にでも入ってもらわなければ、一生叔父さんの面倒をみることになる。要らぬ苦労を背負わずとも、もっと良い相手がいるだろうと、お母さんの身内から反対されてね」

祖母の声は穏やかだったが、昔話を懐かしむという風情とは当然違っていた。

「私らもお父さんに諦めるように諭したの。お母さんはいい人だけど、無理に結婚しても痼が残るから」

実際に叔父さんが同居している以上、面倒をみなくてもよいと言ったところで、何かあれば手を借りることになる。

「そのうちこっちの親戚にも、叔父さんに不満をぶつける人が出てきて」

「叔父さんに?」

眉を顰める俺に、祖母は泣きそうな顔で笑った。

「あんたがこの家にいるから、あんたが障害者だから」

存在を否定する言葉に俺は息を飲んだ。

「父さんの結婚が上手くいかないのは、叔父さんのせいだと?」

「そう。叔父さんはずっと自分を責めていたよ」

ーー自分が家族の足枷になる。

「でもね、頭を下げる私らにお母さんはけろっとしたものでね。誰も悪くないんだから、謝る必要はありません。第一私だって眼鏡をかけなければ、何も見えませんよ? って」

子供の頃から視力が悪かった母は、物心ついたときには既に眼鏡無しでは生活ができなかった。だから母はむしろ自分の身内に対して憤っていたのだそうだ。これには祖父母も叔父さんも呆気に取られ、一度は暗礁に乗り上げた結婚話を再燃させる起爆剤になった。

今となっては母なりに気を使った結果なのだろうが、当時はそのあっけらかんとした様子に、うちの家族はかなり救われた。

「この結婚が駄目になっていたら、一番苦しんだのは叔父さんだったろうね」

祖母はそう言って話を締めくくった。

「くるみちゃんはお母さんに似ていると、叔父さんが言っていたよ」

くしゃっとした顔でつけ加えて。



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