声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

小室(旧姓西崎)瑠美 1

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弟の剛の彼女である相原海ちゃんに初めて会ったのは、雪がちらつく寒い冬の日だった。姑と息子のことで揉めた翌日だったのが悪かったのだろう。当時二人はまだ友人のような関係で、行き過ぎたつきあいをしていたわけでもないのに、私は母と一緒に彼女と彼女の家族を口汚く罵ってしまった。

「子供が二人もいるのに簡単に離婚するなんて、堪え性のない。そんな親の子供だから障害を持っているのね、弟さんは」

自分だってたかだか母親になって五年のくせに、偉そうに会ったこともない海ちゃんのお母さんと弟を貶めた。その後剛に指摘された数々の言葉が胸に痛い。でも一番衝撃を受けたのは、猛り狂っていた剛が私や母に頭を下げたことだ。

「この先何を言おうとどう思おうと、それは二人の自由だ。ただ二度と相原に辛く当たらないで欲しい。相原が何かしたわけでも、彼女の弟や母親が悪いわけでもない。よろしくお願いします」

海ちゃんを守ろうとする弟の姿に息を呑んだ。感情があるのかないのか、いつもどうでもよさそうに何事も器用にこなしていた剛に、こんな一面があったとは知らなかった。剛はこの日のことを話題にすると、八つ当たりをしたとかみみっちいとか、子供過ぎて情けないと自分の不甲斐なさに項垂れるが、私は充分格好良かったと思う。そしてこれは私が夫に言ってもらいたかった台詞でもあった。

正直元カノだという彩さんは、私も好きなタイプの人種ではなかった。つきあって半年ほどだという話だったが、これまで一度も家に遊びに来たことがないのに、連絡もなしに突然訪れるや否や、こちらの都合も聞かずに薄ら寒い笑みを浮かべて海ちゃんの悪口を並べ立てた。

「剛は騙されているんです。凄く外面の良い子で、特に大人の前では上手く立ち回って、周囲に自分の嘘を信じ込ませてしまうんです」

いやあなたは年上の大学生なんでしょうが。女子高生に負けてどうする。しかもそのしおらしさとケバいメイクの釣り合いが取れていない。

「どこかで剛を見かけて気に入ってから、近所の公園やバイト先にまで彼を呼びつけて、良いように使ってるんです」

自慢じゃないが剛は簡単に人に騙されるほど純粋でも、大人しく人に使われるほど従順でもない。おそらく母も同意見なのだろう。リビングで初対面の剛の彼女と向き合いながら、困惑したような視線を私に送ってくる。

「おまけに不自由な弟を利用して、周囲の同情を引いているんです。他の大学の男子学生にもそうやって色目を使ってます」

「不自由な弟?」

そこで母が食いついた。

「はい。まだ小学生にもなっていない、確か五歳で障害者なのだそうです」

まあと母が両手で口元を覆う。私も自分の息子と同じだという年齢と障害者という一言に反応した。彩さんは私達の様子に満足したのだろう。

「これがただ勉強ができないなんてレベルじゃないんです。挨拶どころかろくに喋らないわ、汚いことに指はしゃぶるわ、いきなり何もないところで大暴れするわで。おそらく頭がおかしいんですよね」

得意気に何度も頷いては語り続ける。

「相原海は弟がそんな迷惑をかけてもけろっとしていて、でも剛の前では弱々しい振りをするものだから、彼はつい手を貸してしまうんです。本当に好きな私を後回しにして」

しかもと彩さんは人差し指を振った。

「彼女の家は母子家庭なんです。たぶん母親がろくな躾をしていないんだと思います。それに比べて私の家は両親と祖父母が揃っていますし、礼儀や行儀もきちんと教えられましたから」

あなたのどこが、と普段の私なら突っ込んだところだろう。けれどタイミング悪く、息子について姑にちくちく嫌味を零されていた私は、躾という文言に冷静さを欠いてしまった。母も母子家庭で障害者の弟がいる手癖の悪い女子高生として、海ちゃんの人物像を認定していた。

「私は剛が気の毒で。どうか彼女から剛を助けてあげて下さい」

この段階で私は実家を後にしたのだが、彩さんはそのまま居座り続け、帰宅した剛に放り出されたらしい。このとき既に彩さんは剛に別れを切り出されていたというのだから、今となっては本当にこんな頭の軽い女に、いい大人が何を踊らされているんだと恥ずかしくなる。


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