声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

小室(旧姓西崎)瑠美 3

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結婚した翌年に翔が生まれた。外孫とはいえ初めての男の子に、姑はこちらの想像を上回る勢いで喜び、そしてその勢いのまま育児にも口を挟んだ。ただでさえ慣れないことだらけで疲れていた私は、毎日のように押しかけてくる姑に息が詰まっていた。

「あら、本にはこう書いてあったわよ」

しかも姑の性質が悪いのは、昔ながらの育児を押しつけるだけではなく、テレビや本から仕入れた最近のお勧めのやり方を強要してくることだ。なまじ間違っていないから断るわけにもいかず、私は一体誰の子供を育てているのかと嘆きたくなった。

翔は決して出来が良いわけではないが、好き嫌いなくご飯を食べて、元気で明るくて、誰とでも楽しそうに遊ぶ。やんちゃな面はあるけれど、調子に乗り過ぎたときはちゃんとごめんなさいも言える。私はそんな翔が可愛い。

「もっと勉強に力を入れないと」

でも姑は不満なようで、習い事や塾のパンフレット片手にそう説いてくる。知人のお孫さんが小学校受験をするらしく、翔にも同じ道を目指して欲しいのだそうだ。これも姑なりの愛情とここまでは我慢できた。

「翔はがさつだし、煩いし、下品。挨拶もろくにできないし、自分勝手で思いやりもない。家庭でのしつけが疑われるわよ。お母さんもまともじゃないのかって」

けれど翔の前でもそんな言葉がため息混じりに吐かれるようになり、私は姑に会うのが嫌で実家に逃げるようになった。

「母親なんだろ。いつまでも実家のお義母さんを頼るなよ。そんなんだから翔も落ち着きがないんだ。お袋の方がよほど翔の教育に熱心だぞ」

私の気持ちを慮ろうともしない夫のどこに、姑言うところの思いやりがあるのだろうか。いや私のことはまだいい。でも夫は翔の父親なのだ。姑に倣うのではなく、こんなに良いところがあるのだと言ってやらねば、翔は誰を頼りにしたらいいのだ。時折見せる翔の大人びた表情が、それを如実に物語っているのに。

ーーそして日々の細々としたものが鬱積し、あの日許容量を超えて爆発してしまった。海ちゃんとお母さんを罵るという最悪な形で。




「お、お姉さん?」

おろおろする海ちゃんに、誤解を招かないよう頭を振った。彼女のことだ。自分の言動に責任を感じかねない。

「私も嬉しいの。翔を認めてもらえて」

「姉ちゃん、翔のことで泣くほど酷いことを言われてるのか?」

すかさず剛が突っ込んでくる。私は手の甲で涙を拭った。

「自分はどうとでもなるからまだいいの。でも否定される翔の気持ちは……」

滑り台を上っては滑るのを繰り返す陸くんに、翔は面白そうに纏わりついている。陸くんも嫌ではないのか、逃げずに自分のペースで遊んでいた。

「陸があんなふうに同じ年頃の子供と遊んでいるところ、初めて見たぞ」

ふと剛が憮然として洩らす。

「私もです。毎日会っている保育園の子達ならいざ知らず」

海ちゃんも不思議そうに二人をみつめている。

「もしかして翔が無理やり?」

「違うよな。そもそも陸に無理強いは通じない」

確認する剛に海ちゃんが頷いた。

「はい。たぶん翔くんがちゃんと距離を取ってくれているからだと思います」

よく見て下さいと海ちゃんは続ける。

「翔くんは片手を伸ばしても、陸に届かない距離を保っています。陸はそれで安心できているのかもしれません。無意識にしても、この短時間で翔くんは陸の嫌がることが分かったんでしょうか」

涼しい表情でベンチに戻ってくる陸くんと、スキップらしき変な動きをしながら後を着いてくる翔。

「やっぱり凄いです、翔くん。陸と遊べるだけでもびっくりなのに」

感心したように呟く海ちゃんの言葉が、お世辞でも何でもないことが伝わって、胸の奥底にぽっと火が灯る。

「俺は面白くない」

突如剛がぼやいた。

「こっちは認識してもらうまで、だいぶ時間がかかったのに、どうして翔は一発OKなんだ」

大人のくせに本気で不貞腐れている。まるで翔に嫉妬でもしているようだ。

「嫌われているのかー、ごーは」

明るく笑う翔に剛が噛みついた。

「うるせー、くそガキが。陸も陸だ。裏切り者め」

忙しく子供二人に食ってかかる弟の姿に、私は唖然とした。

「剛はいつもこうなの?」

「はい。相手がどんな子供でも」

全くと肩を竦める私に、海ちゃんは楽しそうにくすくす笑った。きっと翔くんも西崎さんみたいになりますね、と。


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