声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

小室(旧姓西崎)瑠美 4

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「海ちゃんは私のこと、怒ってないの?」

正確には怒るなんて可愛いレベルではない。恨まれても憎まれても仕方がない、相当酷い仕打ちをした自覚はある。なのに目の前の彼女からは、本当に私に対するわだかまりを感じない。

「怒ってないですよ」

何故か飲み物を取り合う男三人に苦笑しながら、海ちゃんはあっさり首を振った。というか剛、あんたは幾つだ。

「でも」

「私だって、陸を丸ごと受け入れているわけじゃありません」

そう答える海ちゃんの表情に翳りはない。むしろ吹っ切れたように清々しい。

「人の多い所で騒がれたら嫌ですし、公園に行っても全然遊んでくれないと、せっかく連れてきたのにと、腹も立てばがっかりもしてました。そして弟をそんなふうに思う自分が、後ろめたくて最悪な人間のような気がして」

だからお姉さんが、というより自分がずっと許せなかったんですーー障害の特性故に他の子供と同じようにできない弟を、実は自身が一番特別視しているんじゃないかと。そこまで言ってふふっと海ちゃんは笑う。

「西崎さんに教えられたんです」

家族だろうと友人だろうと、好ましい面も好ましくない面もみんなある。全部好きじゃないからといって、相手を嫌っていることにはならない。全て引っくるめて好き……。

「そうしたら凄く気持ちが楽になりました。私いつも陸に対して、肯定の姿勢を取らなくちゃいけないと、自分で自分を雁字搦めにしていたみたいで。でも何でしょう。相手の悪いところを知っていても好きというのは、本当の好きに繋がっている感じがするんです」

自然体という三文字が頭に浮かんだ。剛と海ちゃんは、陸くんが不自由だから、可哀想だから、そんな気持ちで猫可愛がりするんじゃなくて、良いところは褒め、悪いところは諌めるという、他の人に対するときと同じようなつきあいかたをしているように見える。

「だから翔くんには驚かされました。喋らない陸を変に捉えるより先に、自分が嫌われていると思うなんて、何て真っ直ぐなんだろうって」

「勉強には興味ないし、人一倍やんちゃなのよ?」

「そんなの問題にもなりません。翔くんは格好いいですもん」

当然のように答える海ちゃんに、私も口元が綻んだ。誰かに認めてもらうのが、こんなに嬉しいことなのだと改めて知った。そして相変わらずむきになって子供達とやり合う剛が、海ちゃんに惹かれた理由が分かったような気がした。




「おっ、今日もやってるな」

唐突に背後から楽しげな声が聞こえた。

「仕事は終わったの?」

隣に立った女性に海ちゃんが訊ねる。どうやら彼女と陸くんのお母さんらしい。こんな表現をしては申し訳ないが、日々の生活に疲れているような、負のイメージが微塵もない溌剌とした女性だった。

「今日は早番だからもう上がりよ。それより陸に友達ができてるじゃない」

「西崎さんの甥っ子の翔くんだよ。こちらは西崎さんのお姉さんの瑠美さん」

わくわくと目を輝かせるお母さんに、海ちゃんが説明する。途端に私はバツが悪くなった。何せお母さんのことも、大事な娘さんのことも貶した張本人だ。今度こそ怒りをぶつけられることだろう。

「もうし」

ところが申し訳ございませんと頭を下げかけた私を、お母さんはのんびりした調子で遮った。

「西崎くんは面白い子よねえ」

「え?」

中途半端な位置でお辞儀を止めた私は、ぎこちなく上半身を元に戻す。

「あらいけない。こんにちは。海と陸の母です。子供達がお世話になっております」

「こんにちは。こちらこそ、弟がお世話になっております」

慌てて挨拶を返すと、海ちゃんのお母さんは彼女にそっくりな笑みを浮かべた。いつのまにか翔と陸くんと、団子状態で滑り台を滑っていた剛が、お母さんに気づいて会釈した。

「陸のママ、こんにちはー! 」

剛から知らされたらしい翔が、滑り台の上から元気に手を振っている。お母さんは翔に負けないくらい力強く手を振り返した。

「おお、元気ないい挨拶だ。こんにちは!」

何度も失礼だが、そんな筈はないのにお母さんには苦労の影がないというか、不幸とは全く無縁に思える。このエネルギーはどこからくるのだろう。




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