声を聴かせて

文月 青

文字の大きさ
61 / 66
番外編 それぞれの思い

相原涼子 3

しおりを挟む
親としてどうなのかと問われても仕方がないが、正直訳が分からないまま発達検査を受けに行った。私自身初めて訪れた児童相談所に緊張してしまい、それが伝わったのか陸は建物に入ったときから泣いていた。受付を済ませて待っていると、検査を担当する臨床心理士の先生が姿を見せた。

「初めての場所だから怖かったかな」

先生は慣れているのか、ぐずる陸に笑顔で声をかけてくれた。自分の無知を露呈するようで恥ずかしいが、私は臨床心理士というのがどんな資格なのか、どんな仕事をするのか今一つ理解していなかった。

「じゃあ陸くん、この絵と同じ絵が描いてあるお部屋に行こうね」

先生が陸に一枚の絵カードを差し出した。陸はろくに確かめることなく拒否の姿勢を取る。

「今日は先生がやってみるね」

気分を害した様子もなく、先生は陸と私に先立って歩き始めた。

移転して数年だという児童相談所は、想像していたよりもずっと明るい雰囲気だった。数室ある部屋のドアには、それぞれアニメのキャラクターが描かれており、絵カードと同じキャラクターの部屋に向かうよう促された。ドアに付いているケースにカードを置いて部屋に入る。

入口には足形が描かれたものが貼り付けられ、そこに合わせて靴を脱いだ。広い室内には絵本や玩具が一目で分かるように、ジャンル別に整頓されていたが、陸はそれらに見向きもせずにぐずっていた。

「最初にお母さんから少しお話を聞かせて下さいね」

陸が大人しくなるのを待って、先生から保育園や家庭での様子を訊ねられた。一歳六ヶ月健診で指摘があったことから、最近の集団行動ができないことまで、その上で発揮される記憶力の良さも含め、私は自分が感じた通りに一つ一つ答えた。

「陸くん、今度は隣のお部屋に行こうね」

次の行動に移る際、先生は必ず陸の名前を呼んでから何をするか伝えた。隣の部屋は先程の部屋より狭く、玩具の類は一切置いていなかった。気が散らないようにする工夫らしく、小さなテーブルと子供用の椅子のみ。

「陸くん、先生の真似をしてみてね」

椅子に座った陸の向かい側で、先生は数個の積み木を取り出した。縦に積み上げたり、横に並べたり、トラックを作ったりして見せたが、陸は真似をするどころか適当に転がし、すぐに立って背後にいる私の元に来た。

「陸くん、座ります」

そうして再び座った陸に、先生は図形を組み合わせたり、物の名前や人の表情を指差しさせたり、大きさの違うコップを重ねさせたりと、課題めいたものを次々繰り出した。陸は飽きて何度も席を離れてしまい、その都度中断しては再開していたので、結構時間がかかったと思う。

「こちらが陸くんの現在の状態です」

検査を終えた後、先生から一枚の紙を提示された。いろいろ数字が書き込まれたそれは、今回の検査結果だった。

「陸くんには発達の遅れが認められます。また自閉症に共通する傾向も……」

その先の言葉は耳には入らなかった。




どうやって家まで帰ってきたのか、よく憶えていなかった。気がついたらお昼寝をする陸の顔を、傍らでぼんやり眺めていた。頭の中に先生から聞かされた話が蘇る。

「発達には軽度の遅れが認められます。得意、不得意の差が大きく、目で見た情報を理解する力に比べ、言葉を理解して表現することが苦手です」

軽度の遅れという一言に、体中の器官が反応した。

「目で見て理解することが得意なので、何かを伝えるときは絵カードや写真を活用したり、実演してみるなど、見て分かる形で伝えると良いと思います」

陸の発達にはでこぼこがあるのだという。確かに言葉は話さないのに、国旗と国名を合致させていた。しかもその得意分野でさえ、実年齢には追いついておらず、三歳でありながら発達年齢は二歳に満たないのだそうだ。

外見は年齢通り育っているのに、中身は赤ちゃんのままだということなのだろうか。

「いずれ、実年齢まで成長するんです、よね?」

たぶんこのときの私は、まだどこかに一縷の望みを残していた。当時は療育という言葉すら知らなかったが、とにかく努力すれば陸はいつかみんなと同じになれるのだと。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...