声を聴かせて

文月 青

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番外編 それぞれの思い

相原涼子 4

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いつか陸はみんなと同じになれる、私のその望みはいとも簡単に打ち砕かれた。障害の診断は医師ではないとできない。そんなことすら知らなかった私は、「遅れ」イコール「取り戻せる」と勝手に思い込んでしまった……否思い込もうとしたのだ。

それは夫も同様で、国旗のみならずアルファベットまで認識する陸の知能が、赤ん坊並みだなんてあり得ないと、発達検査の結果を頑なに信じようとはしなかった。

「家でもたくさん話しかけたり、いろんな所に連れて行ってみよう」

二人で相談して意図的に陸の前で喋るようにした。けれどどれだけ働きかけても、パパともママとも言ってくれなかった。当然だった。検査結果によると、陸の言葉を理解する力は一歳ぎりぎりのレベルだったのだから。

やがて成長の兆しを見せるどころか、周囲の子供達からどんどん後退し、日々パニックを起こすようになった陸に、私も夫も疲弊していった。

「こいつは何なんだ。こんな子供は見たことがない。お前、妊娠中に何か拙いことをしたんじゃないのか」

夫がそんなことを口にするようになったのは、まだはっきり診断を受ける前だった。勧められるままに、行政の親子教室や母子通園施設を覗いてはいたものの、専門医を受診するのは躊躇われていた頃だ。

「こんな頭のおかしな子を産んで、うちには生まれつきの馬鹿はいないぞ」

そのとき陸は私の傍にいた。何も見ず言わず聞かず、ひたすら指しゃぶりに勤しんでいるようだった。

「子供の前で何てことを!」

もちろん夫だけではなかった。夫の両親や兄弟、親戚も容赦ない暴言を浴びせてきた。

「ろくに目も合わせないで、ぎゃーぎゃー暴れているなんて、人としてまともに育っていない証拠。母親がちゃんとしていないから、愛情を与えていないからこんな子供になるんだ」

「うちの家系にはこんな人間いない。あんたの実家の血を引いたんだろう」

「全く恥ずかしいったらない。こんな子供が身内にいるなんて知られたら、うちの子の結婚にも障る」

「海は大丈夫なのか? ああ、海の子供もどうなるか怪しいものだな。きっとまともな筈がない」

陸の誕生を一度は喜んだ人達が、手の平を返したように率先して、私と陸と海までも罵った。

私だって陸に発達の遅れがなかったら、何の問題もなく育っていたらと、毎晩布団の中で嗚咽をこらえていた。どうして私の子が、私がこんな目にあうのだと、いろんなものを恨みたくなった。

でも他の誰に責められなくても、私は己を一番責めた。私のせいで、私の愛情が足りないから、育て方が悪いから陸は普通になれなかったのかと。

だからこそ夫にだけは味方でいて欲しかった。例え周囲が敵だらけになっても、陸と海を守って欲しかった。お前達には何の非もないと、子供達を安心させて欲しかった。

「こんな子供は要らない」

そうして夫は陸に向かって吐き捨てた。自分に似ていると喜んでいた姿はどこに行ったのか、憎々しげに陸を睨みつけて。

一体どうすればよかったのだろう。何が正しくて何が間違っていたのだろう。私はただ夫と私の子供を生んだだけなのに。優しかった夫が変わってしまったのも、変えてしまったのも、すべて私のせいなのだろうか?

「別れて下さい」

離婚を申し入れたのは私の方だった。夫にはもう家族に対する情はなかったが、世間体を気にして別れようとはしなかった。そんな状態で夫婦としての形を成しても、子供達にも私にも夫本人にも、良いことは一つもないような気がした。

「冗談じゃない。会社での俺の立場も考えろ」

しばらくは離婚を渋っていた夫だったが、私が陸と海を連れて家を出ると、諦めたのか条件付きで離婚を了承した。

「今後一切、慰謝料も養育費も請求しないと、署名捺印しろ」

突きつけられた一枚の紙には、この先慰謝料と養育費を一切要求しないという文言が、予め記されていた。お金を貰うつもりは端からなかったので、いつのまに用意したのだろうと驚く一方、こうまでして子供達と縁を切りたいのかと、切なくて悔しくてやり切れなくなった。

夫とて辛いだろう。待ち望んだ我が子が健常ではないかもしれないという、どこにもぶつけられない不安に押し潰されていることだろう。

ーーこんなときほど、寄り添って生きていけたならよかったのに。

確かにお金はあるに越したことはない。でも私が願っていたのは、時々でいいから子供達に会いたいという一言。

「二度と会いに来ないから安心して」

私は紙切れを破り捨て、陸と海と人生をやり直すために夫とは他人になった。


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