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守るために
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久し振りに相原と会ったのは、新しい年が明けた一月半ばだった。年内は忙しかったのか、それとも俺と顔を合わせたくなかったのか、相原も陸も公園に姿を見せなかった。新年を迎えても同様の状態に、例の如く連絡先を交換していなかったことを悔やんでも遅い。
「西…崎さん?」
相原の通う高校の近くで待っていた俺に、校門から一人で出てきた彼女は驚いて足を止めた。滅多にお目にかかれない制服姿に、ドキッとしてしまうあたり俺ってもうおっさんなんだろうか。
「どうして…」
呆然としたように呟く相原の横を、同級生らしき女の子達が歓声を上げて通り過ぎてゆく。
「もしかして海の彼氏?」
「ち…」
どうせ違うと否定するつもりの相原を遮り、俺は女子高生の皆さんに珍しく愛想を振り撒いた。
「そう、海の彼氏。こいつのことよろしく頼むね」
虐めたりしたらただじゃおかないからな。言外に脅しを含ませて。
「キャー! 任せて下さーい!」
盛り上がる女の子達に手を振って別れてから、俺は相原の背中を押して歩くよう促した。ずいぶん躊躇っていたが、家まで送ると言うと渋々隣に並んだ。
「もうどうしてあんな嘘…。明日大騒ぎになっちゃいますよ」
相原は恨みがましく俺を見上げる。
「何、お前俺が嫌いなの」
さくっと切り込むとうっと言葉を詰まらせて、見る見るうちに真っ赤になる。それだけで自分の気持ちを証明しているようなものだろう。ずっと気づかなかった俺が今更ではあるが。それにしてもこいつ可愛すぎ。
「俺は好きだけど」
ごく自然に宣言したつもりだったが、相原はいきなりぴたっと足を止めた。聞き間違いかを問うように俺を凝視する。
「俺は海が好きだけど」
再び問わずに済むよう、ちゃんと相原の名前も入れて、はっきりゆっくり繰り返した。
「え? え? ちょっと待っ、何で…」
想像以上に混乱しているらしい。今村が無自覚の初恋だと馬鹿にするくらい表出していたなら、相原にもそれなりに伝わっているのかと思いきや、本気で寝耳に水だったようだ。まあ当人同士なんて意外とこんなものなのかもしれない。
「で、お前は俺が嫌いなの」
答えるしかないように仕向けると、相原は困ったように視線をあちこちに彷徨わせた。
「き、嫌いじゃない、ですけど」
「じゃあ好きってことで」
「そんな勝手に!」
「どっちだよ?」
追及の手を緩めない俺に、分かっているくせにと唇を噛むのがまたいじらしい。さすがに泣かせたくはないので、俺は相原の手を引いて再び歩き出した。
「もう会ってもらえないと思っていました」
やがてしばらく無言だった相原が、か細い声でぽつりと呟いた。
「何故だ」
「嫌われちゃったんじゃないかと」
心外なことを言う。逆ならいざ知らず俺が相原を嫌う理由はない。むしろ間接的にでも彼女を傷つけた俺の方が、顔も見たくないと罵られても当然だ。
「それはこっちの台詞だ。ごめんな、海。済まなかった。謝って許されることじゃないけど」
相原が力なく首を振った。
「気にしないで下さい。こちらこそみっともない真似をしてすみませんでした」
「みっともない? どこが?」
「勘弁して下さい。穴があったら入りたいです」
感情を爆発させたことくらい誰だってあるだろうに、何をそんなに恥じ入らねばならない。お前はまたそうやって笑い続けていくつもりなのか? 辛いことも苦しいことも一人で呑み込んで。そんなことは二度とさせないからな。
「俺は嬉しかったけどな。お前が俺の前でようやく本音を洩らしてくれて」
「忘れて下さい」
「言っただろ、声を聴かせろって。海の声も陸の声も聴きたいんだよ、俺は。それとも俺じゃお前の力にはなれないか?」
繋がれた手にぎゅっと力がこもった。
「醜いですよ、私の本心。聞くに堪えないですよ?」
「だからどうした。それも含めてお前だろうが」
瞠目した相原の頬に一筋の雫が流れる。
「ごめんなさい」
ふるふると震える唇から微かに言葉が紡がれた。
「大好きです、西崎さん」
「西…崎さん?」
相原の通う高校の近くで待っていた俺に、校門から一人で出てきた彼女は驚いて足を止めた。滅多にお目にかかれない制服姿に、ドキッとしてしまうあたり俺ってもうおっさんなんだろうか。
「どうして…」
呆然としたように呟く相原の横を、同級生らしき女の子達が歓声を上げて通り過ぎてゆく。
「もしかして海の彼氏?」
「ち…」
どうせ違うと否定するつもりの相原を遮り、俺は女子高生の皆さんに珍しく愛想を振り撒いた。
「そう、海の彼氏。こいつのことよろしく頼むね」
虐めたりしたらただじゃおかないからな。言外に脅しを含ませて。
「キャー! 任せて下さーい!」
盛り上がる女の子達に手を振って別れてから、俺は相原の背中を押して歩くよう促した。ずいぶん躊躇っていたが、家まで送ると言うと渋々隣に並んだ。
「もうどうしてあんな嘘…。明日大騒ぎになっちゃいますよ」
相原は恨みがましく俺を見上げる。
「何、お前俺が嫌いなの」
さくっと切り込むとうっと言葉を詰まらせて、見る見るうちに真っ赤になる。それだけで自分の気持ちを証明しているようなものだろう。ずっと気づかなかった俺が今更ではあるが。それにしてもこいつ可愛すぎ。
「俺は好きだけど」
ごく自然に宣言したつもりだったが、相原はいきなりぴたっと足を止めた。聞き間違いかを問うように俺を凝視する。
「俺は海が好きだけど」
再び問わずに済むよう、ちゃんと相原の名前も入れて、はっきりゆっくり繰り返した。
「え? え? ちょっと待っ、何で…」
想像以上に混乱しているらしい。今村が無自覚の初恋だと馬鹿にするくらい表出していたなら、相原にもそれなりに伝わっているのかと思いきや、本気で寝耳に水だったようだ。まあ当人同士なんて意外とこんなものなのかもしれない。
「で、お前は俺が嫌いなの」
答えるしかないように仕向けると、相原は困ったように視線をあちこちに彷徨わせた。
「き、嫌いじゃない、ですけど」
「じゃあ好きってことで」
「そんな勝手に!」
「どっちだよ?」
追及の手を緩めない俺に、分かっているくせにと唇を噛むのがまたいじらしい。さすがに泣かせたくはないので、俺は相原の手を引いて再び歩き出した。
「もう会ってもらえないと思っていました」
やがてしばらく無言だった相原が、か細い声でぽつりと呟いた。
「何故だ」
「嫌われちゃったんじゃないかと」
心外なことを言う。逆ならいざ知らず俺が相原を嫌う理由はない。むしろ間接的にでも彼女を傷つけた俺の方が、顔も見たくないと罵られても当然だ。
「それはこっちの台詞だ。ごめんな、海。済まなかった。謝って許されることじゃないけど」
相原が力なく首を振った。
「気にしないで下さい。こちらこそみっともない真似をしてすみませんでした」
「みっともない? どこが?」
「勘弁して下さい。穴があったら入りたいです」
感情を爆発させたことくらい誰だってあるだろうに、何をそんなに恥じ入らねばならない。お前はまたそうやって笑い続けていくつもりなのか? 辛いことも苦しいことも一人で呑み込んで。そんなことは二度とさせないからな。
「俺は嬉しかったけどな。お前が俺の前でようやく本音を洩らしてくれて」
「忘れて下さい」
「言っただろ、声を聴かせろって。海の声も陸の声も聴きたいんだよ、俺は。それとも俺じゃお前の力にはなれないか?」
繋がれた手にぎゅっと力がこもった。
「醜いですよ、私の本心。聞くに堪えないですよ?」
「だからどうした。それも含めてお前だろうが」
瞠目した相原の頬に一筋の雫が流れる。
「ごめんなさい」
ふるふると震える唇から微かに言葉が紡がれた。
「大好きです、西崎さん」
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