声を聴かせて

文月 青

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守るために

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さすがにお袋さんの留守に家に上がるのは拙いので、俺は海の自宅の近所にあるドーナツショップに彼女を誘った。女の子は大抵甘い物が好きだろうと踏んでのことだが、おそらく俺ほどこういう店が似合わない男もいないかもしれない。

「西崎さんに…苺のドーナツ」

堪え切れずに肩を震わせる海の頭を、俺はかなり本気で叩いた。普段間違ってもドーナツなんて食べない俺は、何が美味いのか分からなかったので、とりあえず海と同じ物を注文したのだが、それが彼女のツボにはまったらしい。

「笑うな、海」

坊主を抜いて呼ばれた自分の名前に、彼女はドーナツ同様桃色に頬を染める。

海と自然に呼んでいる振りはしていたが、最初はタイミングが掴めなくて実はかなり緊張していた。え? なんて訊き返されたりしたらこっぱずかしくて居たたまれない。よもや好きな女の名前を呼ぶことがここまで難しいとは、二十歳を過ぎた男は予想だにしなかった。中学生か、俺。

「そういえば放課後はいつも何してるんだ?」

彩のせいでバイトを辞める羽目になった後、新しい仕事を見つけたという話は聞いていない。

「せっかくだから勉強や友達と遊ぶ時間を持ちなさいって、お母さんが」

ドーナツを一口齧って海は続けた。

「時々ふと思うことがありました。もし両親が離婚していなかったら」

同じ年頃の女子高生は部活動にバイトにデートと、自分のための予定に忙しい。でも海の場合は家事や育児の手伝いにどうしても追われる。休日も大抵は陸の子守だ。友達と遊んだなんて話はついぞ聞いたことがない。

「両親の離婚の理由を知っているのか?」

以前海のお袋さんに聞いた話が脳裏に浮かんだ。陸とお袋さんを傷つけた言葉と共に。

「意思の疎通が叶わなかったと。でもお父さんがお母さんに酷いことを言っていたのは知っています」

親の不仲を目の当たりにして、しかもその原因が陸だとしたらやり切れない。

「そしてもし陸が障害を持っていなかったら、と」

俺には知りようもない、弟が健常者だったら背負わなくてよかった苦労は確かにあるだろう。

「陸を知って欲しい、理解して欲しいと願う反面、心のどこかで陸を否定していたのは私かもしれません」

切なそうに心情を吐露する海。弟への愛情と周囲との軋轢に板挟みになっていたのだ。

「だから彩さんや西崎さんのご家族を責める資格は私にはないんです。むしろ八方美人の自分が一番汚くて大嫌いです」

相反する二つの気持ちが海の中でせめぎ合っている。俺からすればそのどちらの感情も抱いて当然だと思うが、なまじ母親と弟という近い身内のことだけに、海は自身を許せないのかもしれない。誰も悪くないのに。

「海と同じ立場にない俺が言うのはおかしいかもしれないけど、そんなに陸に対して肯定の姿勢を取らないと駄目なのか?」

意味を計りかねたのか、海はきょとんと目を見開く。

「面倒だな、大変だな、皆はこんな苦労なくていいよな。そんなふうに思ってもいいんじゃねーの?」

「でも、それは」

「実際大変なこともあるんだろ? だったら良いことばかり発信してどうすんだよ」

得意なことも苦手なことも、努力して何度も繰り返してできるようになった喜びも、他の子供と同じことができず、迷惑をかけてしまう辛さも、全部引っくるめて陸であり、陸の傍にいるものが味わっていること。

「お前らだけそんなに頑張らないと駄目なのか? もう無理だ、助けてーでいいだろうが。今村みたいな奴もいるんだし。第一家族でも友達でも、こんなところはいい、あんなところは嫌ってのは付き物だ。でもだから相手が憎いかっていうと違うし、それを含めて好きなんだろ。同じだよ」

「同じ…」

「まあ責任がない人間が何をほざいても説得力はないが」

俺が海の苦しみを肩代わりできるわけではないから、所詮口だけで偉そうなことを語っているに過ぎない。でもその何分の一でも一緒に背負えたら。

「話を聞くぐらいはできるから、そういうのもちゃんと言え」

そこでとりあえずドーナツを齧ったら、思いの外美味かったのでがつがつ一気に食べると、海は嬉しそうに笑って自分も被りついていた。



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