声を聴かせて

文月 青

文字の大きさ
40 / 66
守るために

11

しおりを挟む
海が復活するのに時間がかかったせいか、彼女の家に着いたときには既にお袋さんと陸は帰っていた。着替えてくるからと、すぐに部屋に引っ込んだ海を見て、何かを感じ取ったのかお袋さんはにやっと口元を緩めた。俺は通された和室で素知らぬふりでお茶を飲んだ。陸はお袋さんの横で大人しくおやつを食べている。

「海の顔が赤かったわよ。歩き方も昔のロボットアニメみたいに、がしゃんがしゃんと鳴りそうなぎこちない感じだったし。何かやったな、西崎青年」

あなたの時代のロボットアニメって何ですかと問いたい。

「あれはやったうちに入りません」

親が相手なので一応正直に申告する。

「高校生のうちに孫ができるのはご法度だからね」

「するか」

したくても。という本音はくどいようだが呑み込んでおく。

「それにしても陸の笑顔は衝撃でした」

目の前の無表情な陸を眺めながら、まるで幻のようなさっきの笑顔を思い出す。

「気持ちは分かる。私も最初は同じだったもの」

さり気なく頭を撫でたお袋さんの手を、陸はそっけなく振り払う。普段はこれだもんねぇとお袋さんは苦笑した。今でも「ママ」という一言が出ない陸に、本当はどれだけ淋しい思いをしているのだろう。知り合ったばかりの俺ですら、子供らしい陸をもう一度見たいのだから。

「どうするか決めたんですか? 陸のこと」

「ぷりずむにお願いしてみるつもりよ」

二回の見学でお袋さんの考えは定まっていたようだ。やはり陸の居場所は多ければ多いに越したことはないという。

「どうしても慣れた場所や慣れた人じゃないと、という傾向があるからね。それを少しずつ崩していきたいのよ」

陸はそれほど極端ではないそうだが、中には座る位置や物を置く位置ですら、変えることができない子もいるのだとか。

「なまじ記憶力がいいから、憶えてしまえば繰り返すことはできるの。でも逆にそれを予告なく変えると不安になるから、今度は簡単に変更できない。融通が利かないのよね」

人に対しても同様で、例えば常に担任の先生とだけ手を繋いでいると、他の先生とは手を繋がなくなるのだそうだ。日々の生活において、儀式ではないが同じ流れで物事が進んでいくことにこだわるというか、安心を見出しているらしい。

そういえば陸は公園でも延々滑り台で遊んでいた。昇っては滑りまた昇っては滑りを繰り返して。俺の目には全然楽しそうに映らなかったあの行動も、陸にとっては必要なものだったのだ。

「それにうちは片親だし、子供が大きくなるということは、私は年を取るということ。もしも私に何かあったとき、行き場がなかったら困るのは陸と海だからね」

再び優し気な視線を陸に向ける。お袋さんが病気や怪我で倒れたら、突然入院したら、そのとき陸と海はどうなるのだろう。ある程度は海が面倒を見ることは可能だろう。学校に行く傍ら陸を保育園に預けて、数日なら凌げるのかもしれない。でもこれが何日も続いたり、万が一二人のどちらかまで体調を悪くしてしまったら、おそらく身動きが取れなくなる。

「だからまずは陸の居場所を増やしたい。何かあったとき頼れる場所を作っておきたいの」

何かあってからでは遅い。子供達のためにお袋さんは常に先々を見据えている。

「いずれ短期入所も使えるようになりたくてね」

「短期入所?」

おうむ返しをする俺。

「ぷりずむで教えてもらったんだけど、親が病気になったり、やむを得ない用事で子供の面倒が見られないときに、宿泊させてくれるシステムがあるんだって」

「あそこに泊まらせてくれるんですか?」

「そうなの」

着替えや洗面用具などは各自で準備となるが、食事やお風呂などの世話は施設でやってくれるというのだ。もちろん役所を通して手続きは踏まねばならないし、料金だってそれなりにかかるのだろう。

「いざというとき、こんな心強いことはないわ」

力強く頷くお袋さん。陸は誰にでも託せるわけじゃない。実際俺には二人だけで一日過ごすことは無理だ。そう考えれば陸を理解してくれている人が、全てにおいて支えてくれる環境は、何ものにも代えがたいに違いない。

ーー陸への支援に終わりはないのだろうか。

陸の場合何をもって自立と言うのか分からないが、パワフルなお袋さんにふとそんなことが脳裏を過った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...