バツイチの恋

文月 青

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翌週の日曜日は久し振りに晴れた。富沢くんが休みな上に、先週の香さんについての話もあり、今日は修司さんは来ないと踏んでいた。ところが彼は何故か桜屋の駐車場で待っていた。雨ばかり降っても困るが、こう暑いと仕事にならないよなと、眩しげに七月の空を見上げている。

「せっかく風呂に入ったのに、結局また汗をかくって悪循環だよな」

普段と変わらぬ口調で修司さんがぼやく。エアコンの効いた車内は涼しくて、慣れてきた助手席に沈んだ私は、ほーっと安堵の息を吐いた。

「ババくさ」

笑いを堪えながら洩らす修司さんを、私はしたり顔で睨んだ。

「さっき風呂で隣にいたじいさんが、湯に浸かるなり同じことをしてたんだよ」

若い女性とお爺さんの行動が一緒って、私は一体どれだけ老け込んでいるのだろう。

「富沢さんこそ、いずれそのお爺さんになるんですからね」

「言うようになったな」

先週の痛々しさを感じさせることなく、修司さんが楽しそうに眦を下げる。

「誰のせいですか」

私はぶすっと口を尖らせた。

会えば辛くなると思っていた。自分の修司さんへの気持ちも、彼の香さんへの深い想いも知った今。二度と会わない方が苦しまずに済む。

でも車の運転席からぶっきら棒に手を振る修司さんを見つけたとき、私の心はとても満たされた。今日も来てくれた。その嬉しさでいっぱいになった。

ーー私はこの人に会いたかったんだ。

差し障りのない関係を築くことにばかり腐心していた私に、会いたいと望める人がいる。例え報われなくても、その事実は私に温かい何かをもたらした。

「たまには要望を受け付けてやろう。行きたい所はあるか?」

当然のように修司さんが訊ねる。私は途端に戸惑った。今日は富沢くんも咲さんもいない。同じ状況下で二人で出かけたことは以前もあったが、今回はすんなり甘えていいのだろうか。

「車中の人になってから悩むな。それとも若くない男と二人は嫌か」

たぶん富沢くんと比較して若くないと表現しているのだろうが、私が修司さんの二つ上だとお忘れのようだ。

「では富沢さんは若くない女と二人がいいんですね」

つんとそっぽを向いてから、子供っぽい真似をする自分に驚く。男の人にこんな態度を取ったのは初めてだ。もしも修司さんが怒ってしまったらどうしよう。

「これがあんたの本性か」

こちらの心配を余所に、修司さんはいきなり私の髪をぐしゃぐしゃに掻き回し始めた。

「何するんですか」

頭を押さえる私に、唇を悪戯っぽく釣り上げる。

「可愛いとこあんじゃん。こっちの方がずっといいぞ」

不意打ちに俯くこともできない。頬がじわじわ熱くなる。もう何なのこの人。そして何なの私。




「この間は本当にごめん。あんな話聞かせて」

道の駅でソフトクリームを食べながら、修司さんがぼそっと呟いた。桜屋から四十分程の所に、半年前にできた道の駅がある。そこのミルクソフトが絶品と評判だったので、図々しくも連れてきてもらったのだ。

「感情に任せたとはいえ、口にすべきことじゃなかった」

私は首を振った。ソフトクリームの甘さと冷たさが体の中に沁みてゆく。

「あんたが人を警戒するようになったらどうしようって、この一週間ずっと自己嫌悪してた」

「富沢さんが、ですか?」

驚いて目を瞬く。誰をも意識せず堂々と行動する人が、私ごときに何故そこまで気を使うのか不思議だった。

「悪いか。今日だって無視されたら、顔も見たくないと言われたらって、家を出るまで桜屋に行ってもいいかどうか迷ってた。悟もいないし」

「嘘…」

「嘘なもんか。人に会うのにこんなにびくびくしたの、たぶん俺初めてだわ」

そんな筈はない。香さんが好きなら彼女の一挙手一投足に、訳もなく右往左往することだってあったに決まっている。修司さんはそんな私の考えを察したのか、照れ臭そうに頭を掻いた。

「香姉とは姉弟の関係だし、基本的にあの人に異を唱えないから、俺」

稀に見せるこうした表情が私のためだったらいいのに。絶対無理なのに欲張りにも思ってしまう。

「だからあんたが笑ってはいはい言っている姿が、自分に重なったのかもしれない。あんたもそうやって何か守ってんのかなって。助けるなんておこがましいけど、せめて片足突っ込んでる嫌な場所から、引っ張り上げてやりてーなって」

暑さで干からびそうなのに、心が潤っていくのが分かった。この人はちゃんと私を見てくれている。

「なあ。また風呂入りに行ってもいいか?」

所在なげに視線を彷徨わせる。頼りない様子に本来の修司さんが見え隠れしているような気がした。この人は見た目ほど強くはないのかもしれない。

「もちろんです。第一まだご飯を奢ってませんからね」

そう答えると修司さんはほっとしたように笑みを浮かべた。それだけで私も嬉しくなる。馬鹿で何の取柄もないけれど、私のせいで彼の顔を曇らせるようなことだけはしたくない。

自分の想いを押し殺しても、香さんに笑っていて欲しいと願う修司さんの気持ちが、ほんのちょっとだけ理解できたような気がした。




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