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本編
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先週に引き続き、私は今日も会社近くの喫茶店に呼び出されていた。しかも今週は三回目。一日おきに通っているのだから、いい加減マスターにも顔を覚えられてしまった。飲み物もお菓子も美味しいから来るのは構わないけれど、先輩の目が日に日に吊り上がっていくのがちょっと怖い。
しかもタイミングが良いのか悪いのか、先輩と約束した日は必ず和成さんと主任さんが一緒のところを目撃する。おまけに和成さんも帰りが遅い理由を接待だと言い続けている。
「あの主任、現在は離婚してフリーなんだそうよ」
今日は今日とてまた新しい情報を携えて、更に不機嫌さを加速する先輩。窓の外には既に見慣れた二人が珍しく談笑しながら歩いている。いい仕事が取れたのだろうか。
「佐伯さんとは何か話したの?」
「特に」
それどころか和成さんは連日の疲れがもとで、朝はぎりぎりに起きて食事も取らずに出勤するようになったので、挨拶と連絡事項以外の会話は交わしていない。
「もし離婚を切り出されたらどうするつもり?」
これは中学生の頃長期の休みにテレビで観ていた、展開の早い昼ドラみたいだ。でも自分がヒロインだったとしたら、この後奈落の底に突き落とされるのでは。それは嫌だな。
「集中しなさいよ」
先輩に釘を刺されて真面目に考える。具体的にどうすればいいのか今一つ実感が湧かないけれど、もし本当に和成さんが主任さんを好きならば。
「応じるのも一つの形かと」
私の答えに先輩が表情を曇らせた。しばし無言でコーヒーを飲みながら、和成さん達が会社に入っていくのを眺める。本格的に仕事を探さないといけないかもしれない。
「島津さんじゃない?」
先輩が窓の外に視線を向けたまま洩らす。その先には和成さん達の後方を着いてきていたらしい島津さんが、恐怖に慄いた顔で棒立ちになっていた。急いでいた人とぶつかって注意を受けたらしく、弾かれたように謝ってから再び喫茶店を凝視する。とりあえず軽く頭を下げると、それを合図に大股で駆け込んできた。
「希ちゃん、ここで何を」
私達の席の横で足を止めた島津さんは、まるで咎めるように眉を顰めた。おそらく知っているけれど確認するために訊いているに違いない。
「仕事はいいんですか?」
最優先事項を配慮したのに、今度は苦い物を飲み下したみたいに口をへの字に曲げる。先輩は肩で息をついてから、島津さんに自分の隣に座るよう促した。
「希は離婚するつもりですよ」
渋々従った島津さんに間髪入れずに突きつける。
「ちょ、待って希ちゃん。誤解だから!」
いきなり身を乗り出してきたので、私も背もたれに背中を押しつける。その台詞が飛び出すということは、やはり私がここにいる理由を察している証拠。
「何が誤解? 断っておきますけど、希が目撃したのは今日が初めてじゃないですから」
「まさか二人を」
「さぁ?」
とぼける先輩。島津さんはどさっと腰を下ろした後、片手で顔を覆ってしまった。ちょうど注文を取りにきたマスターに、島津さんと私達のおかわりのコーヒーを頼んで話を再開する。
「あの主任、佐伯さんの何?」
年下である筈の先輩は取り調べをするように冷静に問う。うーん、今日はドラマづいているなぁ。
「何でもねーよ」
現在は。蚊の鳴くような声でつけ加えられた一言を、先輩も私も聞き逃さなかった。すかさず噛みつく先輩。
「まさか昔の女?」
島津さんは観念したようにのろのろと首を縦に振った。その後取り繕うが如く私に向き直る。
「昔はともかく、今は本当にただの上司と部下だから。あいつ希ちゃん一筋だから」
「最悪」
先輩が怒りも顕に島津さんを睨みつけるなか、私は運ばれてきたコーヒーをまず一口含んだ。
「希ちゃん?」
取り乱さない私がよほど意外らしい。島津さんは毒気が抜かれたように口を噤む。だってもう答えは出た。島津さんのこの動揺の仕方から察するに。
「主任さんは七夕の日に別れた人ですよね」
和成さんを捕らえて離さない、彼がただ一人結婚を望んだ女性。書斎の机で眠る婚約指輪の本来の持ち主になる筈だった女性。
「知ってたのか」
島津さんは愕然としている。
「知っていて結婚したのか」
繰り返されて二度とも笑顔で頷く私。島津さんはなす術がなくなったのかがっくりと項垂れた。きっと必死で誤魔化そうとしてくれたのだろう。いい人だ。
「私の出番はありませんね」
一人納得する私と島津さんの間に先輩が割り込んだ。腑に落ちないなりに話の流れから予想はつけたのだろう。
「佐伯さんと主任はつきあっていただけではないのね?」
厳しく追及された。
「主任さんは和成さんがプロポーズした人です」
本物のと胸の内で告げる。
「じゃあ佐伯さんにとって希は一体何なのよ?」
「同志?」
私と和成さんの関係に一番相応しい言葉を選んだつもりが、先輩は泣きそうな顔で絶句してしまった。
「和成さんはずっと主任さんを想っていたんです」
書斎の机の中にある婚約指輪がそれを物語っている。和成さんが私に指輪を見て欲しかったのは、きっと自分の本心を早く伝えたかったからだ。こんなことならさっさと引き出しを開けてしまえばよかった。
「本当に違うから、希ちゃん!」
まるで自分の浮気現場を押さえられたように、島津さんがどこまでも否定の言葉を言い募る。当の私は嘆きも悲しみもせずのんびりコーヒーを味わっていた。
しかもタイミングが良いのか悪いのか、先輩と約束した日は必ず和成さんと主任さんが一緒のところを目撃する。おまけに和成さんも帰りが遅い理由を接待だと言い続けている。
「あの主任、現在は離婚してフリーなんだそうよ」
今日は今日とてまた新しい情報を携えて、更に不機嫌さを加速する先輩。窓の外には既に見慣れた二人が珍しく談笑しながら歩いている。いい仕事が取れたのだろうか。
「佐伯さんとは何か話したの?」
「特に」
それどころか和成さんは連日の疲れがもとで、朝はぎりぎりに起きて食事も取らずに出勤するようになったので、挨拶と連絡事項以外の会話は交わしていない。
「もし離婚を切り出されたらどうするつもり?」
これは中学生の頃長期の休みにテレビで観ていた、展開の早い昼ドラみたいだ。でも自分がヒロインだったとしたら、この後奈落の底に突き落とされるのでは。それは嫌だな。
「集中しなさいよ」
先輩に釘を刺されて真面目に考える。具体的にどうすればいいのか今一つ実感が湧かないけれど、もし本当に和成さんが主任さんを好きならば。
「応じるのも一つの形かと」
私の答えに先輩が表情を曇らせた。しばし無言でコーヒーを飲みながら、和成さん達が会社に入っていくのを眺める。本格的に仕事を探さないといけないかもしれない。
「島津さんじゃない?」
先輩が窓の外に視線を向けたまま洩らす。その先には和成さん達の後方を着いてきていたらしい島津さんが、恐怖に慄いた顔で棒立ちになっていた。急いでいた人とぶつかって注意を受けたらしく、弾かれたように謝ってから再び喫茶店を凝視する。とりあえず軽く頭を下げると、それを合図に大股で駆け込んできた。
「希ちゃん、ここで何を」
私達の席の横で足を止めた島津さんは、まるで咎めるように眉を顰めた。おそらく知っているけれど確認するために訊いているに違いない。
「仕事はいいんですか?」
最優先事項を配慮したのに、今度は苦い物を飲み下したみたいに口をへの字に曲げる。先輩は肩で息をついてから、島津さんに自分の隣に座るよう促した。
「希は離婚するつもりですよ」
渋々従った島津さんに間髪入れずに突きつける。
「ちょ、待って希ちゃん。誤解だから!」
いきなり身を乗り出してきたので、私も背もたれに背中を押しつける。その台詞が飛び出すということは、やはり私がここにいる理由を察している証拠。
「何が誤解? 断っておきますけど、希が目撃したのは今日が初めてじゃないですから」
「まさか二人を」
「さぁ?」
とぼける先輩。島津さんはどさっと腰を下ろした後、片手で顔を覆ってしまった。ちょうど注文を取りにきたマスターに、島津さんと私達のおかわりのコーヒーを頼んで話を再開する。
「あの主任、佐伯さんの何?」
年下である筈の先輩は取り調べをするように冷静に問う。うーん、今日はドラマづいているなぁ。
「何でもねーよ」
現在は。蚊の鳴くような声でつけ加えられた一言を、先輩も私も聞き逃さなかった。すかさず噛みつく先輩。
「まさか昔の女?」
島津さんは観念したようにのろのろと首を縦に振った。その後取り繕うが如く私に向き直る。
「昔はともかく、今は本当にただの上司と部下だから。あいつ希ちゃん一筋だから」
「最悪」
先輩が怒りも顕に島津さんを睨みつけるなか、私は運ばれてきたコーヒーをまず一口含んだ。
「希ちゃん?」
取り乱さない私がよほど意外らしい。島津さんは毒気が抜かれたように口を噤む。だってもう答えは出た。島津さんのこの動揺の仕方から察するに。
「主任さんは七夕の日に別れた人ですよね」
和成さんを捕らえて離さない、彼がただ一人結婚を望んだ女性。書斎の机で眠る婚約指輪の本来の持ち主になる筈だった女性。
「知ってたのか」
島津さんは愕然としている。
「知っていて結婚したのか」
繰り返されて二度とも笑顔で頷く私。島津さんはなす術がなくなったのかがっくりと項垂れた。きっと必死で誤魔化そうとしてくれたのだろう。いい人だ。
「私の出番はありませんね」
一人納得する私と島津さんの間に先輩が割り込んだ。腑に落ちないなりに話の流れから予想はつけたのだろう。
「佐伯さんと主任はつきあっていただけではないのね?」
厳しく追及された。
「主任さんは和成さんがプロポーズした人です」
本物のと胸の内で告げる。
「じゃあ佐伯さんにとって希は一体何なのよ?」
「同志?」
私と和成さんの関係に一番相応しい言葉を選んだつもりが、先輩は泣きそうな顔で絶句してしまった。
「和成さんはずっと主任さんを想っていたんです」
書斎の机の中にある婚約指輪がそれを物語っている。和成さんが私に指輪を見て欲しかったのは、きっと自分の本心を早く伝えたかったからだ。こんなことならさっさと引き出しを開けてしまえばよかった。
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まるで自分の浮気現場を押さえられたように、島津さんがどこまでも否定の言葉を言い募る。当の私は嘆きも悲しみもせずのんびりコーヒーを味わっていた。
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