空っぽの薬指

文月 青

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番外編 いつかウェディング

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梅雨に被らないように、希と佐伯さんの結婚式は六月に入ってすぐの日曜日に挙げる予定になっていた。いわゆるジューンブライドというやつである。希はあまりそういうことにこだわらないけれど、私は六月の花嫁プランに大いに満足し、佐伯さんに絶賛感謝中。営業女子には冷たくても、希だけを大切にする旦那様のポイントは高い。

純白のウエディングドレスに身を包んだ希は、それは綺麗なことだろう。やっと見届けられる永遠の誓い。新婚旅行はまだ先になるものの、これで私の願いは全て叶う。臣くんと一緒に心から希の幸せを祝福しよう。

「こういうのも悪くないな」

式場のパンフレットをじっくり読んでいた島んちょが、まるで女の子がうっとりしているような、ちょっと気を抜いた表情で洩らした。

五月も終わりの土曜日。佐伯家で挙式当日についての打ち合わせを終え、私達は駅の中にある喫茶店で休んでいた。島んちょはこの後実家に帰り、明日の日曜日にまた戻ってくる。お母さんはすっかり元気になって仕事にも復帰したので、生活するにあたって一人でも困らないよう、家の中に不備がないか確認してくるのだそうだ。

「兄貴のときはいかにもな感じだったからな」

「いかにもって?」

パンフレットを受け取ってバッグにしまってから訊ねる。テーブルの上では、軽めの昼食を済ませてのコーヒーがいい香りを漂わせていた。

「うちは田舎だからさ。完全に跡取り長男のお披露目なわけよ。親戚とかご近所とかわんさか集まって、感動とは無縁だったな。今更だけど義姉さんには気の毒だったかも」

「私の友達にもいたわよ。親の知人が多すぎて、自分の友達をさっぱり呼べなかった子が。確かにずっと嘆いてる」

それまで他人同士だった者達が身内になるのだから、どうしてもお互いの家族の紹介という側面は否めないのかもしれない。でも当人達に何の思い出も残らないような式はやはり考えものだ。結婚式をしないなんてと最初は佐伯さんを恨んだけれど、希にとっては二人の想いが重なった現在で良かったような気がする。

「ごりまこはどっち派? 一般的な結婚式と二人だけと」

ゆっくりコーヒーを味わいながら、自然に選択を迫る島んちょ。

「どうだろう。何せ万年未定だから、そこまで深く掘り下げたことがないわ」

自分の花嫁姿が全く想像できず、ついでに花婿の当ても全くない私は肩を竦めて首を振った。婚活するとか宣言しておきながら、結婚式も新婚旅行もその後の生活も、何一つ思い描いていない事実にびっくりだ。

「お前の場合はまずは希ちゃんの式の方が先だったもんな」

希が結婚したばかりの頃や、木村主任との不倫の噂を聞きつけたときは、私の佐伯さんへの憎しみが表に現れていたと、島んちょはおかしそうに振り返る。

「仕方ないじゃない。結婚した経緯を知らなかったんだから」

結婚式を挙げると決まってから、希とは何度か一緒に会場に足を運んだ。佐伯さんが予め押さえていたその小さなチャペルは、ここから一時間ほどの所にあるこぢんまりとした街の中に立っている。専用のガーデンもあり、会食も可能なのだそうだ。

あくまで式だけを挙げることにしたので、段取りを覚えることはもちろん、衣装や小物、ブーケやヘアメイク等の準備もできるかぎり相談に乗った。男二人が臣君の子守に励んでいる間、あれが素敵、これが似合うと女同士で久しぶりにわいわい騒ぐのはとても楽しい時間だった。

この式が無事終わったら、いい加減希離れをしないとなぁ。どんなに共に過ごしても、最後は佐伯さんと家路に着く希の後ろ姿を見送りながら、娘をお嫁に出す親の心境ってこんな感じかなと、嬉しくて淋しくて泣きそうになったのはついだったか。

これでようやく幸せなその日を迎えられる。

「うわっ、何涙ぐんでんだよ、ごりまこ」

唐突に押し寄せたいろんな思いを堪え切れず、私はぐっと奥歯を噛み締めた。

あの子が入社した日から今日まで、仕事もプライベートもずっと見守ってきたのだ。佐伯さんと木村主任の関係を知りながら、結婚に踏み切ったことが明るみに出たときは、希を苦しめている佐伯さんが許せないわ、少しも助けになれなかった自分が悔やまれるわで、腸が煮えくり返るようだったけれど。

「お前って、ほんと希ちゃんありきなんだな」

ちょっと妬けるとぼやきながら島んちょが紙ナプキンを手渡す。化粧が剥げて不細工になるぞという台詞も追加されたので、私はテーブルの下で組んでいる無駄に長い足を躊躇なく蹴っ飛ばした。

「いてぇ。この暴力女」

足を擦る島んちょにそっぽを向いて、せっせと涙と鼻水を拭き取る。今からこんな調子で当日は大丈夫だろうか。私につられて臣君まで泣いちゃったらどうしよう。

「しばらくは無理だろうけど、落ち着いたら自分のこともちょっとは考えて下せーよ」

口をへの字に曲げて島んちょは私を睨んだ。

「ライバルが女とかありえねーだろ」

鼻をずびずび鳴らしているせいか、ぶつぶつ文句を言っているようだがよく聞こえない。

「もう佐伯家に居候したくなってきた」

半泣きで零したら島んちょは無言でテーブルに突っ伏した。




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