空っぽの薬指

文月 青

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番外編 いつかウェディング

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ハプニング続きの一日が終わろうとしていた。島んちょの部屋でシャワーを浴びている彼を待ちながら、ほーっとため息を洩らす。新郎新婦と立会人、そしてスタッフという少人数ではあったものの、厳かな雰囲気の中に温かみのある素敵な結婚式だった。

あんなことやこんなことをしているのが想像つかない、希と佐伯さんの前で誓いのキスをするのは非常に恥ずかしかったけれど、結婚証明書にサインしたときには本当の夫婦になったような気がした。大切な時間をプレゼントしてくれた二人には心から感謝している。

「お笑い番組かよ」

バスタオルで髪を拭きながら現れた島んちょは、つけっぱなしにしておいたテレビに目をやるなり、困ったように苦笑した。別に観たかったわけではないけれど、静かだとシャワーの水音がやけに響いて落ち着かないので、あえて賑やかな番組を選択したのだ。

そういえば先にお風呂に入った私が出てきたときは、歌番組でロックバンドが楽器をガチャガチャ鳴らしていたような。たぶん島んちょの心境もさして変わりないのだろう。無理もない。つきあっていたわけでもなければ、流されて一線を越えたこともない私達にとって今夜は正真正銘の。

ーー初夜だ。

もちろんまるっきり初めてではないけれど、よもや結婚式の夜にこんな緊張を強いられるとは思いも寄らなかった。昔の人はほぼ初対面の相手と睦みあうのだから、情報がない分もっとずっと怖かったに違いない。祖父ちゃんとお見合いした祖母ちゃんは、結婚式当日まで一度も顔を合わせなかったと言っていた。祖母ちゃん偉かったね。

「何考えてんの」

既に本来控えていることから意識を飛ばしていた私の頭を、隣に腰を下ろした島んちょが呆れたように小突いた。それだけでも心臓が爆発しそうなのに、島んちょが隙間なく密着するものだからもう呼吸困難に陥りそうだ。正直逃げたい。

「真子」

耳に触れながら名前を囁かれた。私は驚いて飛び上がる。島んちょは間髪入れずにくすくす笑い出した。

「わざとやったわね」

涙目で睨みつければ、悪い悪いと両手を上げる。

「怯えてるみたいだったから、つい」

お互い量販店のTシャツという色気のない格好をしているのに、全く場にそぐわない台詞を吐きやがる。

「あんたと違ってそんなに場数を踏んでいないのよ」

優しくして下さいとは口が裂けても言えない。そんな自分が心底恨めしい。

「俺だって久し振りだからな」

天井を仰ぎ見ながら過去を遡っている様子の島んちょ。そういえば彼女が嫌がらせを受けてから、しばらく誰ともつきあっていなかったとか零していたっけ。それが結構堪えたから、私が営業女子の嘘話に踊らされかけたとき、自分の知らないところで何かされないか真面目に危惧していた。

「それに相手がお前だし」

今度はにやにやしながら私の顔を覗き込む。

「手加減できる余裕ないわ、おそらく」

どっかーんと大きな音を立てて私の中で何かが噴火した。もう駄目だ無理だ限界だ。これ以上島んちょといたら窒息する。

「おい、こら」

本気で逃げ出そうとした私を、島んちょが慌てて羽交い絞めにする。

「どうしたんだよ?」

当然のように腕の中に囲われてしまってはもう身動きできない。

「ごりまこ」

安心させようとしてくれているのだろう。そっと髪を撫でながら島んちょがあえてあだ名で呼ぶ。私はぎゅっと唇を噛んだ。

「怖く、なってきた」

黙って答えを待っていた島んちょに小声で告げる。こんなことを口にしなければならないなんて屈辱だ。

「怖い? 俺が?」

そんなにがっつきそうか、と真剣に訊ねてくる。そんなんじゃない、馬鹿。

「私の体を見ても、その、した後も、がっかりしない?」

島んちょが息を呑むのがはっきり分かった。絡まる視線が強くなる。きっと今の自分は頭の天辺から足の爪先まで朱に染まっているだろう。同僚や友達として接する機会が多かった分、体を委ねることに些か抵抗があったのだ。それに島んちょが必要以上に妙な期待を膨らませていたら、いざ体を重ねた途端幻滅される可能性だって大きい。

「お前な、勘弁してくれよ」

ぶつぶつ何事か呟いてから、島んちょがごつんと私に拳骨を食らわせた。

「どうしてそう俺を嬉しがらせる?」

意味が理解できなくて気持ち首を傾げると、島んちょはぐっと腕に力を込めて、ほんと佐伯の気持ちがよく分かると笑う。

「俺に嫌われるのが怖いって聞こえるぞ」

「ばっ! 頭おかしいんじゃないの?」

返ってきた言葉に取り乱して、じたばたしながら喚いても、

「駄目だ。もうどんなに強がられても、可愛くしか見えねー」

機嫌を損ねるどころか、愛しげに顔を寄せてくる。

「びびでばびでぶうのおかげで、一度は奈落の底に突き落とされたんだからな。こうして二人でいられることが、何より幸せなんだよ」

「島んちょ…」

私の呟きにふっと口元を緩めてから、島んちょは徐にテレビを消した。決して軽くない私を簡単に抱き上げて、ベッドに横たわらせる。再び心臓がズンドコ節を奏で始めたところで、ゆっくり覆いかぶさってきた。

「そろそろちゃんと名前を呼んでくんない?」

甘えるような島んちょの口調に視線を彷徨わせる。

「名前、何だったっけ」

自分でも往生際が悪いと思いつつとぼけて見せると、島んちょはくっくっと喉の奥を鳴らした。

「そのまんまで一生よろしくな」

あの日一人で眠ったベッドに、これからはずっと二人。

「はい。康介こうすけさん」

心から頷く私に、旦那様になった人は不意打ち禁止と言いながら、それは優しく触れたのだった。




 
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