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番外編 いつかウェディング
佐伯の感慨 2
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紆余曲折を経て島津と真子さんが結ばれたときには、営業の男性社員は皆感無量だった。確かに真子さんも希さん並みに鈍い面があったが、島津の呪いプロポーズもかなり微妙だったからだ。その呪文を使った経緯を知らされた今では笑うしかないが、式場で耳にしたときは、
「何故びびでばびでぶう?」
冗談抜きで蔵王の樹氷にでもなった気分だった。
ちなみに二人に結婚式のプレゼントを提案したのは希さん。就職してから姉のように慕っていたこともあるが、いつも誰よりも周囲を優先する真子さんに、一度くらい自分のための日を設けて欲しかったのだそうだ。たぶん島津も真子さんを思いやるあまり、なかなか行動に移せないことは分かっていたので、当然俺は諸手を上げて賛成した。
俺自身不甲斐なくて、まだ希さんにもウェディングドレスを着せてあげられていないのが申し訳ないが、こちらは臣成がもう少し大きくなったら絶対叶えようと誓っている。そのときこそ本当に島津と真子さんに立会人になってもらおう。
「そういえば真子先輩は仕事を続けるそうですよ」
希さんからその話を聞いたのは七月の初旬だった。二人だけの結婚式を挙げたものの、さすがに勝手に入籍までするわけにはいかず、両家への挨拶や会社への報告、新居への引っ越しと、駆けずり回っていた二人がようやく一息ついた頃。
「まさか。確かですか?」
正直驚いた。希さんの復帰を望むくらいだから、うちの会社は結婚後に仕事を続けることに関しては寛容だ。だが以前の出来事があるから働くのはともかく、同じ社内に真子さんが残ることを島津が良しとするだろうか。
「はい。総務ではみんな喜んでるみたいですよ」
真子さんは総務のムードメーカーのようだし、人材流出が防げて会社としてはありがたいのだろうが、島津の心中を考えると穏やかではない。
「真子さん、仕事続けるって?」
翌朝会社で島津を捕まえて訊ねると、彼は予想していたのか希ちゃんかと苦笑した。
「笑っている場合か。お前、大丈夫なのか?」
「全く不安がないと言ったら嘘になるけど」
小声で洩らしてから真顔で周囲を眺める。営業部の隅の方で話しているにも関わらず、こちらをちらちら窺う女性社員が数人。特に先日島津結婚の報が流れてからは、この手の興味本位の視線が増えたように思う。遊び人が年貢を納めたとか、どうせすぐに離婚するに違いないとか、平気で心無い言葉を口にする者もいるらしい。嘆かわしい。
「怒られたんだよ」
場所を人気のない非常階段に移した途端、島津がふっと肩の力を抜いた。この非常階段は新人時代、島津と二人でよく愚痴っていた言わば隠れ家的なもの。経理の彼女が去った後も、主任に振られたときもこうして座り込んでいた。
「誰に」
「ごりまこに」
島津は結婚してからも奥さんをごりまこと呼ぶことが多い。もちろん照れ隠しである。真子さんもたまに島んちょと言ってしまうのでお互い様なのだそうだ。現在は真子さんも島んちょだけれど。
「そんなもんまとめてかかってこいやー、だと」
いかにも強気な真子さんの台詞っぽい。だが俺は別のことが気にかかった。
「以前の彼女のこと、話したのか」
黙って頷く島津。隠していることで真子さんが危機に晒されるならと、軽蔑覚悟で過去の出来事を話し退社を促したのだという。
「ごりまこの奴かんかんに怒り狂って、希ちゃんの分も含めて返り討ちにしてくれると息巻いてやがる」
威勢のいいのはもちろん、ちゃんと希さんのことも忘れていないところが真子さんだと、島津と一緒につい吹き出してしまう。
「あいつも希ちゃんも格好よすぎ」
「俺達が情けないのか」
二人で顔をつき合わせて笑みを深める。猪突猛進の真子さんと暖簾に腕押しの希さん。形は違えど自分を貫く意志の強さは同じ。
「そういうわけでごりまこは仕事を続けるから、佐伯も気をつけていてくれると助かる。頼む」
同僚にきっちり頭を下げる島津に、何が何でも真子さんを守らなければと気持ちを改める。さすがに主任が希さんに対して行ったようなことは起きないだろうし、実際真子さんなら返り討ちにしてしまいそうな予感もあるが、人間いつどうなるか分からないのは体験済み。
「了解。俺も総務の知り合いに声をかけとくよ」
実は「島んちょ&ごりまこ包囲網」はまだ健在。真子さんが退社したら解散する予定だったが、しばらくはみんな頑張ってくれるだろう。
「俺さ、結婚なんてできねぇと思ってたわ」
腕時計に目を落としながら島津が呟く。そろそろ始業時間だ。
「ほんとに情けないけど、もう彼女みたいな娘作りたくなかったし」
俺だって同じだ。主任に振られた夜に希さんに出会わなければ、婚約指輪を後生大事に抱えたまま、捨て切れない想いをずっと引きずっていたかもしれない。うわ、ほんと情けない。胃の中で良かった。
「今は彼女もどこかで誰かと寄り添って、願わくば笑っていてくれたらいいと思う」
「きっとそうしてるよ」
どちらともなくパチンと手を叩き合って、俺達は今日も戦うべく立ち上がった。
「何故びびでばびでぶう?」
冗談抜きで蔵王の樹氷にでもなった気分だった。
ちなみに二人に結婚式のプレゼントを提案したのは希さん。就職してから姉のように慕っていたこともあるが、いつも誰よりも周囲を優先する真子さんに、一度くらい自分のための日を設けて欲しかったのだそうだ。たぶん島津も真子さんを思いやるあまり、なかなか行動に移せないことは分かっていたので、当然俺は諸手を上げて賛成した。
俺自身不甲斐なくて、まだ希さんにもウェディングドレスを着せてあげられていないのが申し訳ないが、こちらは臣成がもう少し大きくなったら絶対叶えようと誓っている。そのときこそ本当に島津と真子さんに立会人になってもらおう。
「そういえば真子先輩は仕事を続けるそうですよ」
希さんからその話を聞いたのは七月の初旬だった。二人だけの結婚式を挙げたものの、さすがに勝手に入籍までするわけにはいかず、両家への挨拶や会社への報告、新居への引っ越しと、駆けずり回っていた二人がようやく一息ついた頃。
「まさか。確かですか?」
正直驚いた。希さんの復帰を望むくらいだから、うちの会社は結婚後に仕事を続けることに関しては寛容だ。だが以前の出来事があるから働くのはともかく、同じ社内に真子さんが残ることを島津が良しとするだろうか。
「はい。総務ではみんな喜んでるみたいですよ」
真子さんは総務のムードメーカーのようだし、人材流出が防げて会社としてはありがたいのだろうが、島津の心中を考えると穏やかではない。
「真子さん、仕事続けるって?」
翌朝会社で島津を捕まえて訊ねると、彼は予想していたのか希ちゃんかと苦笑した。
「笑っている場合か。お前、大丈夫なのか?」
「全く不安がないと言ったら嘘になるけど」
小声で洩らしてから真顔で周囲を眺める。営業部の隅の方で話しているにも関わらず、こちらをちらちら窺う女性社員が数人。特に先日島津結婚の報が流れてからは、この手の興味本位の視線が増えたように思う。遊び人が年貢を納めたとか、どうせすぐに離婚するに違いないとか、平気で心無い言葉を口にする者もいるらしい。嘆かわしい。
「怒られたんだよ」
場所を人気のない非常階段に移した途端、島津がふっと肩の力を抜いた。この非常階段は新人時代、島津と二人でよく愚痴っていた言わば隠れ家的なもの。経理の彼女が去った後も、主任に振られたときもこうして座り込んでいた。
「誰に」
「ごりまこに」
島津は結婚してからも奥さんをごりまこと呼ぶことが多い。もちろん照れ隠しである。真子さんもたまに島んちょと言ってしまうのでお互い様なのだそうだ。現在は真子さんも島んちょだけれど。
「そんなもんまとめてかかってこいやー、だと」
いかにも強気な真子さんの台詞っぽい。だが俺は別のことが気にかかった。
「以前の彼女のこと、話したのか」
黙って頷く島津。隠していることで真子さんが危機に晒されるならと、軽蔑覚悟で過去の出来事を話し退社を促したのだという。
「ごりまこの奴かんかんに怒り狂って、希ちゃんの分も含めて返り討ちにしてくれると息巻いてやがる」
威勢のいいのはもちろん、ちゃんと希さんのことも忘れていないところが真子さんだと、島津と一緒につい吹き出してしまう。
「あいつも希ちゃんも格好よすぎ」
「俺達が情けないのか」
二人で顔をつき合わせて笑みを深める。猪突猛進の真子さんと暖簾に腕押しの希さん。形は違えど自分を貫く意志の強さは同じ。
「そういうわけでごりまこは仕事を続けるから、佐伯も気をつけていてくれると助かる。頼む」
同僚にきっちり頭を下げる島津に、何が何でも真子さんを守らなければと気持ちを改める。さすがに主任が希さんに対して行ったようなことは起きないだろうし、実際真子さんなら返り討ちにしてしまいそうな予感もあるが、人間いつどうなるか分からないのは体験済み。
「了解。俺も総務の知り合いに声をかけとくよ」
実は「島んちょ&ごりまこ包囲網」はまだ健在。真子さんが退社したら解散する予定だったが、しばらくはみんな頑張ってくれるだろう。
「俺さ、結婚なんてできねぇと思ってたわ」
腕時計に目を落としながら島津が呟く。そろそろ始業時間だ。
「ほんとに情けないけど、もう彼女みたいな娘作りたくなかったし」
俺だって同じだ。主任に振られた夜に希さんに出会わなければ、婚約指輪を後生大事に抱えたまま、捨て切れない想いをずっと引きずっていたかもしれない。うわ、ほんと情けない。胃の中で良かった。
「今は彼女もどこかで誰かと寄り添って、願わくば笑っていてくれたらいいと思う」
「きっとそうしてるよ」
どちらともなくパチンと手を叩き合って、俺達は今日も戦うべく立ち上がった。
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