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姉が来訪したことを伝え忘れていた私は、その事実と訪問の理由を隠さずに話しました。柿崎さんにとっては歓迎したくない内容だったでしょうが、後日耳に入って不愉快な思いをするよりは、今日のうちに知っておいた方がまだ良いのではないかと、子供なりに判断したのです。
「君の家族に連絡は行くだろうと踏んでいたから、気にすることはないよ」
もっとも柿崎さんはあっさりしたものでした。全て想定内だったのでしょう。驚いた節もありません。ただとある一言だけは聞き流すことができなかったようです。
「君がしたくなったらとか、俺が他の男と関係を持つよう勧めるとか、お姉さんも君も発想が似ているね」
はい。何のことはない爆笑しているのです。漫画やドラマの観すぎだと諌めつつも、笑いを止めることができないようです。仕方がないので私は電話片手に、柿崎さんが落ち着くのを待っていました。布団に寝転がってもいいでしょうか。
「でも、そうだね。勝手な言い分かもしれないけど」
ようやく通常モードになった柿崎さんが切り出します。
「もしも、柊子くんがその、何だ、したくなったらというのかな。そんなときがきたら、一番に俺に相談してくれると助かる」
「私は愛人を作ったりしませんよ?」
意味も分からないくせにと、再び派手に吹き出す柿崎さん。凄く馬鹿にされているようで腹が立ちます。
「そういう柿崎さんはどうなんですか。家でしないなら外でしてるんじゃないんですか?」
つい後先考えずに喚いてしまいましたが、本当に外に女性がいるかもしれないと、自分で自分の言葉に打ちのめされました。私馬鹿よね、お馬鹿さんよねです。
「あぁ、それはないから」
けれど柿崎さんはそれも即座に否定してくれました。
「君にあれだけの条件を課したんだ。俺も外で勝手はしないよ」
「一人寝が淋しい夜はどうするんですか」
「全く、どこでそんな台詞覚えてくるんだか。子供のくせに」
呆れたようにため息をつくのが聞こえましたが、不思議と嫌な感じはしません。仕方がないなと柿崎さんが目を細めているような気さえします。
「だから約束してくれるかな。少なくとも工藤くんの前には俺に話すと」
「工藤さん?」
どうしてここに工藤さんが登場するのか謎です。
「仮面夫婦でもちょっとは妬けるんだよ? 柊子くん」
「工藤さんは母が好きなわけではありませんよ?」
「それは分かっているよ」
首を傾げる私に、柿崎さんは今度はやけに大きなため息をついただけでした。
翌日は早朝会議というものがあるため、叔父さんが押しかけてくることはありませんでした。柿崎さんとの通話を終えてすぐに工藤さんから連絡が入ったのです。彼はずっと私に電話をかけていたらしく、いつまで経っても繋がらないことをとても心配していました。
「メールで良かったのに」
そう言ったら直接声を聴いて安心したかったと洩らします。どうも叔父さんの影響を受けているのか、工藤さんまで過保護気味です。
「真帆ちゃんと話していたのか?」
また甘々なロマンス物語で盛り上がっていたんだろうと、くすくす笑う工藤さん。
「違うよ。柿崎さん」
「柿崎さん? 会社から?」
「ううん。家」
そこで各々の部屋で過ごしているときは、結婚当初から電話で会話しているのだと伝えると、工藤さんは一瞬言葉を詰まらせました。やがて歯切れ悪く訊ねます。
「失礼なことを聞くようだけど、柊子。もしかして寝室は別?」
「寝室というか生活圏が別なの」
「生活圏?」
更に困惑した声が返ってきます。
「私は一階、柿崎さんは二階を住居としているの。台所とトイレとお風呂は共有ね」
嬉々として答えたら工藤さんは深く息を吐きました。
「悪いけどそれ、立派な家庭内別居だろ。柊子は何を喜んでいるの」
家庭内別居? 思わず背筋が伸びます。また新たなワードが追加された模様です。
「片倉さんじゃなくても怒りたくなるよ」
ですが胸を躍らせる私とは反対に、何故か工藤さんは嘆いていました。しかも叔父さんはまだご機嫌斜めのようです。こんなことは初めてです。一体二人ともどうしたのでしょう。
「今日は叔父様は来ていないようだね」
台所で朝ご飯のサンドイッチを作っていると、柿崎さんが二階から降りてきました。コーヒーメーカーのスイッチを入れて私の手元を覗き込んできます。
「早朝会議というものがあって、今日は真っすぐ会社です」
「わざわざ連絡してきたの?」
柿崎さんは抜かりないなぁと苦笑しましたが、昨夜工藤さんから教えてもらったことを告げると、途端に笑みを引っ込めました。
「工藤くんとは頻繁に連絡を取っているのか?」
「用があるときだけですよ」
「そうか」
呟いてトイレに向かいます。工藤さんまで不機嫌になってしまいました。私が何かしたのでしょうか。どこまで行っても男の人は理解不能です。
「君の家族に連絡は行くだろうと踏んでいたから、気にすることはないよ」
もっとも柿崎さんはあっさりしたものでした。全て想定内だったのでしょう。驚いた節もありません。ただとある一言だけは聞き流すことができなかったようです。
「君がしたくなったらとか、俺が他の男と関係を持つよう勧めるとか、お姉さんも君も発想が似ているね」
はい。何のことはない爆笑しているのです。漫画やドラマの観すぎだと諌めつつも、笑いを止めることができないようです。仕方がないので私は電話片手に、柿崎さんが落ち着くのを待っていました。布団に寝転がってもいいでしょうか。
「でも、そうだね。勝手な言い分かもしれないけど」
ようやく通常モードになった柿崎さんが切り出します。
「もしも、柊子くんがその、何だ、したくなったらというのかな。そんなときがきたら、一番に俺に相談してくれると助かる」
「私は愛人を作ったりしませんよ?」
意味も分からないくせにと、再び派手に吹き出す柿崎さん。凄く馬鹿にされているようで腹が立ちます。
「そういう柿崎さんはどうなんですか。家でしないなら外でしてるんじゃないんですか?」
つい後先考えずに喚いてしまいましたが、本当に外に女性がいるかもしれないと、自分で自分の言葉に打ちのめされました。私馬鹿よね、お馬鹿さんよねです。
「あぁ、それはないから」
けれど柿崎さんはそれも即座に否定してくれました。
「君にあれだけの条件を課したんだ。俺も外で勝手はしないよ」
「一人寝が淋しい夜はどうするんですか」
「全く、どこでそんな台詞覚えてくるんだか。子供のくせに」
呆れたようにため息をつくのが聞こえましたが、不思議と嫌な感じはしません。仕方がないなと柿崎さんが目を細めているような気さえします。
「だから約束してくれるかな。少なくとも工藤くんの前には俺に話すと」
「工藤さん?」
どうしてここに工藤さんが登場するのか謎です。
「仮面夫婦でもちょっとは妬けるんだよ? 柊子くん」
「工藤さんは母が好きなわけではありませんよ?」
「それは分かっているよ」
首を傾げる私に、柿崎さんは今度はやけに大きなため息をついただけでした。
翌日は早朝会議というものがあるため、叔父さんが押しかけてくることはありませんでした。柿崎さんとの通話を終えてすぐに工藤さんから連絡が入ったのです。彼はずっと私に電話をかけていたらしく、いつまで経っても繋がらないことをとても心配していました。
「メールで良かったのに」
そう言ったら直接声を聴いて安心したかったと洩らします。どうも叔父さんの影響を受けているのか、工藤さんまで過保護気味です。
「真帆ちゃんと話していたのか?」
また甘々なロマンス物語で盛り上がっていたんだろうと、くすくす笑う工藤さん。
「違うよ。柿崎さん」
「柿崎さん? 会社から?」
「ううん。家」
そこで各々の部屋で過ごしているときは、結婚当初から電話で会話しているのだと伝えると、工藤さんは一瞬言葉を詰まらせました。やがて歯切れ悪く訊ねます。
「失礼なことを聞くようだけど、柊子。もしかして寝室は別?」
「寝室というか生活圏が別なの」
「生活圏?」
更に困惑した声が返ってきます。
「私は一階、柿崎さんは二階を住居としているの。台所とトイレとお風呂は共有ね」
嬉々として答えたら工藤さんは深く息を吐きました。
「悪いけどそれ、立派な家庭内別居だろ。柊子は何を喜んでいるの」
家庭内別居? 思わず背筋が伸びます。また新たなワードが追加された模様です。
「片倉さんじゃなくても怒りたくなるよ」
ですが胸を躍らせる私とは反対に、何故か工藤さんは嘆いていました。しかも叔父さんはまだご機嫌斜めのようです。こんなことは初めてです。一体二人ともどうしたのでしょう。
「今日は叔父様は来ていないようだね」
台所で朝ご飯のサンドイッチを作っていると、柿崎さんが二階から降りてきました。コーヒーメーカーのスイッチを入れて私の手元を覗き込んできます。
「早朝会議というものがあって、今日は真っすぐ会社です」
「わざわざ連絡してきたの?」
柿崎さんは抜かりないなぁと苦笑しましたが、昨夜工藤さんから教えてもらったことを告げると、途端に笑みを引っ込めました。
「工藤くんとは頻繁に連絡を取っているのか?」
「用があるときだけですよ」
「そうか」
呟いてトイレに向かいます。工藤さんまで不機嫌になってしまいました。私が何かしたのでしょうか。どこまで行っても男の人は理解不能です。
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