結婚三箇条

文月 青

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けたたましいチャイムの音で目が覚めました。うっすら瞼を開けると、もう既に明るくなっているのか、カーテンの隙間から光が漏れています。一体何時だろうと、いつも枕元に置いておくスマホに手を伸ばしたところで、さらさらの感触に行き当たり、ようやく重たい頭をもたげました。

すぐ真横に柿崎さんの寝顔があり、私は飛び上がらんばかりに驚きました。さらさらだったのはまだ整える前の、寝癖のついた髪でした。

しかもここは二階の柿崎さんの部屋です。おまけに私は彼の布団に一緒に包まっています。抱き締められています。残念なことにお互い服は身につけていますが、紛れもなく共寝でございます!

でもおかしいです。噂で耳にする体の違和感とやらがありません。筋肉痛もありません。大人に変貌した気分がしないのです。この間もチャイムは鳴りっぱなしです。

「朝から何をやってるの」

自分の体をあちこち触りまくっている私に、柿崎さんが気怠げに訊ねます。お疲れの様子に、甘く切ない夜が蘇り…ませんね? これは是非とも確かめてみませんと。

「柿崎さん」

「ん?」

「避妊はしたんですか?」

柿崎さんの双眸がばちっと開きました。布団を捲って私の体を眺め、次いで自分の体に視線を落とし、慌ててもう一度布団をかけた後、ほっとしたように安堵の息を洩らしました。

「朝から驚かさないでくれよ。即離婚かと思っただろ」

「もしかして、お預けですか」

「それ、男の台詞だから」

激しく落胆する私に、柿崎さんはくすっと小さく笑んで、そっと髪を撫でてくれます。

「柊子くん的には、この後どんな展開が待っているんだ?」

「子供ができるのですが、柿崎さんの立場を考えて身を隠し、こっそり産むんです。母子二人で生活しているところに、柿崎さんが探しにきてくれて、感動の再会を果たしてハッピーエンド、でしょうか」

以前読んだ小説を振り返りつつ答えます。ただこれ設定が平凡なOLと砂漠の王子様だったので、あまり参考にはならないかもしれませんが。

「もしも俺の子供ができたら、ここで堂々と産んでくれよ」

苦笑しながらも、それにしてもしつこいなと、繰り返されるチャイムに辟易する柿崎さん。

「やっぱり」

私は両手で口元を押さえました。

「してない。とりあえず片倉だと面倒だから、ここから動かないで」

そう言って私の額に唇を落とすと、柿崎さんは来客の対応に向かいます。私は体中の毛穴から熱が吹き出し、茹で蛸状態でくねくねしながら布団に転がっていました。




しばらくぽーっとしていたら、階下が急に騒がしくなりました。やはり叔父さんの来襲なのでしょうか。

「柊子はどこだ!」

叔父さんの苛々した声と、複数の足音が階段を上ってくる音が聞こえます。

「片倉!」

柿崎さんの焦った様子に、上半身を起こしたところで、乱暴に襖が開けられました。そこから顔を覗かせたのは、伯父さんと工藤さん、そして二人を止めるように追いかけてきた柿崎さんです。

「し、柊子。そのしどけない姿は…」

青褪めた叔父さんが呆然と呟きました。どういう意味だろうと、柿崎さんに縋るような視線を向けると、彼は片側がずり落ちて、肩が露わになっていた私のTシャツを直しました。

「まさか…」

反対にうっすら頬を染めた工藤さんが面を伏せました。目のやり場に困っているようです。

「勘違いするな。何もしてない」

朝から厄介ごとを持ち込まれた柿崎さんは、そんな二人を前にうんさりしたようにぼやきます。三人並ぶとまるで信号機です。

「柿崎は黙ってろ。柊子、答えろ。やったな?」

身も蓋もない問い方ですが、断定的な口調にもしや証拠が現れているのではと慌ててしまいました。

「やだ。キスマークが見えてる?」

咄嗟におでこを隠して訊ねます。

「柊子くん?」

目を瞬く柿崎さんを尻目に、叔父さんは絶望したかのように嘆きました。

「俺の柊子が…!」

そう言ったきり言葉が続きません。工藤さんも目を閉じて天井を仰いでいます。

「柿崎。とりあえず義兄さんには報告させてもらう。首を洗って待っていろ。行くぞ、工藤」

叔父さんは普段私の前では見せない、厳しい表情で柿崎さんを睨みつけ、工藤さんを伴って部屋を後にしました。

「早朝、でもありませんが、お騒がせしてすみませんでした」

一方の工藤さんは明らかに心のこもっていない、口先だけの挨拶をすると、淋しそうな笑みを私に残して無言で立ち去りました。

「やってくれたな」

隣に腰を下ろした柿崎さんは、苦笑しながら隠したままの私の額を突きました。

「全く、これがキスマークとは」

くすくす笑いながら私を引き寄せます。柿崎さんの腕の中にすっぽり収まった私は、心臓が口から飛び出そうなほどドキドキしています。

「いずれ井坂部長から連絡がくるだろう。対策を立てるためにも、改めて確認したい」

「何ですか?」

「俺とこの先もずっと、夫婦として暮らしていく覚悟はあるか?」

私は間髪入れずに頷きました。この数日のすれ違いで、私は自分が誰の傍にいたいのか気づきました。もう離れたくありません。

「ありがとう」

静かに零した柿崎さんの顔が近づいてきました。でも私の唇に触れる寸前で止まります。

「今我慢できないと、離婚決定だ」

「またお預けですね」

「だからそれは俺の台詞だって」

柿崎さんは悪戯っぽく笑んで、腕の力を強めました。余裕のある大人だと思っていましたが、柿崎さんの心臓もかなり跳ねていました。





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