彼女はいつも斜め上

文月 青

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番外編

一緒にいる理由

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夏休みが終わった。今年は耐え難い暑さの日は少なかったというのに、この疲弊した自分は何なのだろう。

水島とは宿題を教える合間に、遠くにある大型書店に行ったり、プロ野球の試合を観戦したり、はたまた航空祭なんてものに連れて行かれたりと(車を運転するのは俺だが)、何だかんだで結構一緒に時間を潰していたと思う。相変わらず女らしくないあいつは、傍にいても苦になるどころか、いろんな発見があって面白いのでまぁいい。

問題なのはむしろ水島に絡んでいる、不幸の元凶・和泉静香いずみしずか。要するに俺の元の彼女だ。水島から情報を引き出しているのか、常にこちらの行く先々に現れては行動を共にする。しかも水島はそれを嫌がらない。俺は和泉とは二度と関わりたくないのに、まるで仲立ちをするかのように足並みを揃える。非常に不愉快だ。

「だったら葉菜に二人で会いたいと言えばいいのに」

講義を終えて二人で水島家に向かう道すがら、友人であり水島の兄でもあるりょうがおかしそうに笑う。

「別に二人で会いたいわけじゃない」

俺は憮然として答えた。面倒なのは水島が和泉をけしかけていることだ。三人でいればどうしても俺と和泉の共通の話題が多くなる。無視するのも大人気ないし、同級生の名前が出てくれば自然と言葉を交わす回数も増える。そんなとき水島は決まってこう言う。

「お二人は本当に仲がいいんですね」

そこで俺が違うと否定しても、

「雅人は昔から照れ屋なのよ」

和泉がすかさず余計な嘘を盛り込めばあっさり納得してしまう。

「葉菜ちゃんが雅人とおつきあいしているというなら、私は諦めるけど?」

そんな質問をされれば即座にこう返す。

「いえ、全くそんな事実はありませんのでご遠慮なく」

だから和泉がますます一人で盛り上がり、俺への接触が多くなるのだ。水島にしてみれば友達の姉だし、邪険にできない部分もあるだろうが、同じようにつきあっていた相手に振り回された者同士としては釈然としない。

「脇坂の本音がどうあれ、葉菜は二人がよりを戻すつもりだと勘違いしているんじゃない?」

「どうしてそうなる」

俺が唸ると涼は困ったように苦笑した。

「葉菜は人とずれているからね。それにさ脇坂。このままだといずれ葉菜にも彼氏ができるかもしれないよ」

予想外の話に驚いて目を見開く。

「葉菜は別に男嫌いじゃないんだよ。知ってるよね」

そうだった。水島は自分勝手な男はご免だと言っているだけで、俺のような極端な女嫌いではない。いつかまた誰かと並んで歩く日もくるかもしれない。

「もしかしてその兆候があるのか?」

「いや、今のところは…ってあれ?」

ふいに足を止めた涼の視線を追うと、水島家の門の前にちょうど水島が立っていた。学校帰りなのだろう、制服姿の彼女は一人ではなかった。いかにも運動部といった感じの、日に焼けた長身の男と一緒だったのだ。おそらく近隣の高校の生徒に違いない。

二人はアドレスでも交換しているのか、スマートフォンを出して何やら笑っている。こうしていると水島もちゃんと女子高生に見えるから不思議だ。いやその前にこいつは男の前でも笑うんだな。

「後で日程を送るよ」

やがて男は手を振って帰っていった。日程云々というところから、たぶん出かける約束でも取り付けたのだろう。

「葉菜」

門扉を開こうとしていた水島に涼が声をかける。こちらを振り返った水島はにこりともせずに頭を下げる。

「さっきの男の子、誰?」

涼の問いに水島は首を横に振った。

「友達の彼氏の友達」

更に詳細な説明を求められると、何故か半ば俺の方に視線を移す。

水島と同じ高校二年生だというその男は、例の高校野球観戦をした日に水島との約束をすっぽかした友達、つまり和泉の妹の彼氏の友達なのだそうだ。しかもその日俺の母校と対戦して敗れた高校の野球部に所属しているらしい。

「今度秋季大会とやらがあるので、勉強がてら誘われました」

確か九月半ばに県大会が予定されている筈だ。日々野球のルールを覚えている水島にとっては、実際の試合に触れるのが一番いい勉強だ。

「脇坂はどうですか? 行けそうです?」

当然のように水島が俺の都合を訊ねる。

「たぶん。日程がはっきりしたら教えろ」

「承知」

そんな会話を交わしながら門の中に入ってゆく俺と水島の後ろで、涼が何とも言えない大きなため息をついた。

「分かってんのかね、この二人」




今ここで後悔しても時は既に遅いが、少し考えれば分かったことだと思うとやはり悔やまれる。

和泉、その妹、その彼氏、水島、俺。何と最悪なこの面子。しかもフェンス越しのグラウンドには水島を誘った野球少年がいて、時折和やかに会話を交わしている。その分和泉は俺に纏わりつく。目眩がしそうだ。

「お姉ちゃんの彼氏、格好いいね」

妹が和泉の脇腹を突く。

「まあね」

得意げに嘘をつく姉。

お褒めに預かっても光栄ではないし彼氏でもない。そこを間違えるな。全く姉妹揃って脳みそが沸騰している。

やがて試合開始時刻が近づくと、ようやく水島は客席の中段にいる俺の右隣に座った。ちなみにとっとと失せてほしいのに和泉は左隣にいる。加えて妹カップルが前列で二人の世界に浸っているのが場違いで余計にうざい。

今日は秋季大会のいわば県大会初日。八月下旬から行われていた地区ブロック戦を勝ち抜いたチームが、数日間かけて地方大会代表の座を争う。幸い祝日に当たったので、県営球場には観客がそれなりに入っているが、夏の予選よりは幾分落ち着いた雰囲気だ。

「これが春の選抜に繋がるわけですね」

水島が少しレベルアップしたルールブックを膝に置いて口にする。例の子供向けの本と併用しているようだが、こいつの妙に努力を惜しまないところは大したものだと思う。今日の帰りにはスコアブックを選んでくれとまで言い出した。俺もそこまでは詳しくないので、昨夜慌てて弟から情報を仕入れた次第だ。

「今年はチーム力に差がなくて面白いらしいぞ」

新聞の受け売りを伝えたところで第二試合が始まった。野球少年はスタメンに選ばれてショートの守備についている。

「葉菜ちゃん、野球が好きなの?」

一番打者がバッターボックスに入ったところで和泉が水島に訊ねた。

「いいえ。知識が殆ど無かったので勉強しているんです」

そういえば少し前まで野球の試合が九回までだと知らなかったんだよな、こいつ。つくづくえらい変わりようだ。

「その話本当だったの?」

大方野球少年目当てだと決めつけていたのだろう。和泉は目を白黒させている。

「面倒じゃない?」

「面白いです。この前は脇坂にプロ野球観戦に連れていってもらいましたが、めちゃくちゃ興奮しました」

「へぇ」

心底意外そうに目を見開いて和泉が俺を眺めた。例え少年野球の試合であろうと、連れていったのに途中で帰った女に文句を垂れる資格はない。しかも試合に集中したい水島の邪魔をするな。

「でも雅人は連絡がまめじゃないから、待ち合わせとか困らない? メールの返事なんて十回に一回くればいい方だったわよ」

それは和泉が頻繁にくだらないメールを送り付けてくるからだ。返事をする必要があったのがその一回だけだったのだろう。いつまでもおはようからおやすみまでつきあってられるか。もはや憶えてもいないが。

「そうなんですか?」

グラウンドから目を離して水島が心持ち首を傾げる。和泉はさっきより更に目を丸くした。

「違うの?」

「私脇坂の連絡先は知らないので」

「は?」

今度はぽかんと口を開ける和泉。そんなに驚くことか。俺だって水島の連絡先なんて知らない。調べようと思ったこともない。

「俺も知らん」

煩いから最初に情報を与えてやったのに、和泉は迷惑なほどぎゃんぎゃん騒ぎ出した。曰く約束はどうやってするの、都合が悪くなったらどうするの、急に会いたくなったら困るんじゃないの等々。昔のことが蘇って正直段々腹が立ってくる。

「特にどうもしませんね」

のんびり答えた水島に俺も頷く。

「お互いどこで何をしているか大体想像つくしな」

平日は高校、休日は読書、家にいなければ書店が水島。平日は大学とバイト、休日はほぼ水島家訪問、時々野球観戦が俺。その隙間に今日のように共に外出する日があるが、涼もいるし連絡が取れなくて不自由したことはない。

「ありえない。いつの時代の人間よ」

和泉は呆然と呟いたが、俺達は腑に落ちずに首を捻るばかりだった。そもそも要らぬ世話だ。

ところでどうでもいいことだが、水島以外の奴らは野球を観戦するつもりは微塵もないのだろうか。少年が今披露したグローブ捌きは、かなり高度なものだろうに。哀れだ。


和泉のろくでもない質問に惑わされているうちに、試合はどんどん回を重ねて終わってしまった。少年の高校は無事次の試合に駒を進めている。周囲は観客が入れ替わり、ごちゃごちゃ人の流れができていた。

「妹から聞いたんだけど、葉菜ちゃんのことを気に入ったらしいわよ、彼」

和泉の視線の先には水島と片づけをする少年がいて、またフェンス越しに何事か話している。水島の手にはルールブックがあるので、おそらく疑問点を確認しているのだろう。

「いいんじゃねーの」

運動部だからと括られてしまえばそれまでだが、少年は挨拶も雑用もちゃんと率先してやっているし、素人ながら堅実な守備だったと思う。きっと悪い奴ではない筈だ。

「いいの?」

「あぁ。つーか俺に訊く意味が分からん」

頼むから黙っててくれという代わりに俺はさっさと立ち上がった。ちょうど少年がグラウンドを後にして、水島が体ごとこちらを振り返る。

「水島、帰るぞ」

声をかけるとぱたぱたと駆け寄ってくる。うだうだ抜かさずに行動が早いのもこいつの美点だ。

「どうして雅人が葉菜ちゃんと一緒に帰るのよ?」

すかさず和泉が非難するように割り込んだ。

「今度は何だ」

「だってさっきの男の子と葉菜ちゃんのこと!」

「だからいいんじゃねーの」

険悪なやり取りをぶった切って俺は踵を返した。他の連中から見えなくなった辺りで一旦足を止める。和泉や妹カップルに別れを告げた水島がすぐに追いついてきた。

「行くぞ」

「はい」

出口へ向かう人波に逆らわず、ゆっくり並んで歩きながら、ふと俺は和泉に指摘された話題を振ってみた。

「水島は野球少年と一緒に帰りたいか?」

「いいえ」

水島は不思議そうに首を横に振った。その顔にはさすがに日焼けの跡はない。

「脇坂は和泉さんと帰りたいですか? でしたら私は遠慮しますが」

「冗談でもやめろ。お前以外の女を車に乗せるなんて真っ平だ」

勢いよく吐き捨てると、水島はほんの少し口元を緩めた。

「なら特に問題はないのでは」

「それもそうだな」

納得して肩をすくめる。そこでもう一つ引っかかっていたことがあったのを思い出した。

「そういえば水島は他の奴とは結構話すんだな」

和泉にしろ、野球少年にしろ、俺に対するときよりは圧倒的に口数が多い。

「話さないと考えが伝わらないんです。脇坂も同様ですよ?」

和泉さん然り、兄然り、と続ける。言われてみればそうかもしれない。

「脇坂だと要点だけで通じるのですけれど」

かなり労力を使うんですよ、と水島は疲れたように零した。

「確かに」

再び納得した俺は足取りも軽く球場の外に出た。駐車場に向かう途中で、泥んこのユニフォームの集団がいるなと何気なく窺えば、ミーティング中の野球少年のチームだった。

一瞬俺と視線が絡んだ少年は、かなり驚愕の表情を浮かべていたが、仲間に促されてすぐに監督らしき人に注意を払っていた。

「腹も減ったし、何か食べてからスコアブックを見繕いに行くとするか」

「承知」

たぶん水島は少年の存在に気がついていない。その事実に何故か安堵する俺。そんな自分にも、安堵する理由にも見当がつかず、やはり最近不可解なことばかり起きるな、とこっそり嘆きの息をついた。






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