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8章「心の在り処」

美術館裏世界Ⅲ 【森の部屋】

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…―――…次の部屋は、緑色の内装がされていた。
全体的に緑系の明るい色がよく使われており、描かれた内容も鑑みればここは【森の部屋】と言ったところか。


【息吹】No.400
今日も優しい自然の息吹が、大気を満たしている。

【ミドリのあさ】
視界には美しく初々しい緑が溢れている。なんて素晴らしいことなのだろうか。

【節制の水】
節制は善きことだ。傲慢に自然を食い散らかす者はいずれ自らを殺すこととなる。

【ガラス水の恩恵】No.401
自然は恩恵を与える。生きとし生ける者が望むものを与えてくれる。

【永遠の恵み】No.402
生き物の一生には困らぬほどの恵み。ただ、永遠に続くといいのに。

【雄大】
自然の雄大さに比べれば、人間のなんと矮小なことよ。それで自然を支配なぞ、滑稽なことだ。

【天の森の福音】
森から零れる聖なる斜光に乗せて、天界から喜ばしい知らせが届く。

【森に眠る】No.411
森の植物に包まれて、ゆっくりとおやすみなさい。

【呑みこめる夜】No.409
夜とはいったい、どんな味なのだろうか。

【堕落したアルムダード】No.410
森には時に悪戯好きな存在も紛れ込んでいるが、その中にいる邪悪なものには気を付けて。

【憧れの夢】No.416
三日月の形のベッドって、良いと思わないか?

【溢れる生命】No.407
零れださんばかりの生命力が、明るい森に満ちている。

【安息の時】
いずれ安らかな時は訪れる。

【常春】No.414
ここは常春の楽園だ。暖かく美しく、そして退屈な場所だ。

【大地下の蠢動】No.417
滅んだ大地の下では、新しい命がまた蠢いている。

【復活】No.406
春は復活の象徴。冬に滅んだ者たちの復活を盛大に祝おう。

【安穏とした夢】No.412
現実は苦しいものだ。せめて夢の中では安息を得られるよう祈る。

【連綿と続く命脈】No.415
命は繋がれ、紡がれ、そして次へと続いていく。

【何処へ】No.405
何処へ行くのだろう。そして、どんな結末を迎えるのだろう。

【萌え出る緑】No.403

【花々のゆりかご】No.413
清楚な花々に守られて、一つの命が眠っている。

【奇跡の星】No.404
天に青い星が輝いている。豊穣と安息をもたらす奇跡の星だ。

【古の森】No.419
全てが巨大な古き森。満ちる息吹も、並大抵のものではない。

【凍る氷雨ひさめ
たまには薄ら寒い冷たい雨も、いいものだろう?

【目覚めの斜光】No.420

【忘れられた祠】No.421


部屋の床を川を思わせる水路が走り、【ガラス水の恩恵】の絵に描かれた傾けられた大きな水瓶からはちゃぽちゃぽと音を立て、ガラスの様に透明な水が溢れ出しその水路に流れている。そして相変わらず空気を読まないいつの間にやら現れていた絵画モンスターたちが徘徊している。

「さて、どうしますか…」
「どうするかねぇ…」

元はと言えば彼を目覚めさせる手掛かりを探しに来たのだが、うっかり今までそれを忘れる程イベントのインパクトが強すぎた。迂闊なことに今やっと思い出したところである。
まあここには何もないかもしれない。でも楽しいのでいい。

『…………?』

3本の水路が合流する四角い池。その四端に立つ白い柱に、脈動するように瞬く光を宿した魔石が嵌め込まれている。

「…何だこれ?」
『さあな…』

それらに気づいたヒビキが寄ってきた。ウィンドウを開くため特に躊躇いも無く、その宝石に手を伸ばし、触れる。

―――キィィイイイィィイイ――!!!

突如鼓膜を劈く甲高い音が辺りに鳴り響き、視界を塗りつぶす程眩い光が発せられる。

『…ッ!?』
「う…何ですか!?」
「…………ぐっ!?」

流石に耐えきれず、耳を押さえて蹲る。



甲高い音が聞こえなくなり、瞼越しに脳を酔わせる程眩い光が収まるまでヒビキはその場から動かなかった。
…そう、転移はおろか、一歩も動いていないはずだったのに。
頬と甲に当たるに気づいて目を開け、手を下ろす。
あたりは、やけに暗い。

「…………は?」

………………目の前に広がる光景は、さっきまでいた美術館のモノではなかった。
まず異様に暗い。光源はといえば道しるべ代わりか所々でぼんやり光っている謎の石。
微かに見えるのは、乱立する大きな墓標。
地面に散らばる高クラスと断言できる武器の残骸。
挙句の果てには明らかに人間サイズではない棺桶が無造作に置かれていたり。
取りあえず確実なのは、

「…墓場、か。大きさからみて人間のではないだろうが…」

後、意識を研ぎ澄ませてみれば通常のダンジョンと比べて異常な程魔力が濃いのが分かる。しかも属性がこんがらがって意味が分からない。

「取りあえず、連絡……って…ぁ?」

まだ混乱が収まらぬ様子でウィンドウを開こうとすると、それよりも速くポーンという音を伴って一枚のウィンドウが宙に開いた。淡い青の光が視界に現れる。


《イベントハイライト》
平素よりザ・ファイナルリコード・オンラインをプレイしてくださり、誠にありがとうございます。
此度、第2章となりますイベントの最終条件が達成されました。
よって、条件達成イベント《魔宮の主たち》と第2章【千変万化と支配の剣】を同時スタートいたします。

今回のイベントは「プレイヤーがダンジョン支配権を恒久的に得られる」イベントです。
対象ダンジョンは【こちら】をご参照ください。
但し、幾つか条件がございます。

・プレイヤーレベル500以上、尚且つ転生5回以上である。
・そのダンジョンの完全なマッピングを行っている、かつ宝箱などのアイテムは全て取得したことがある。
・そのダンジョンボスをソロで、又はタッグで倒すことができる。

ダンジョン支配権は早い者勝ちです。支配権を得るとそのダンジョンの主となれる他、
・ダンジョンの持つエネルギーの範囲でダンジョン内部を好きに改造できる(ダンジョンのメイン属性&サブ属性は変更不可・出現モンスターの種族は違和感のない範囲なら可能・ダンジョン特質を付け足す、変更するのは可能ですが消すことはできません)
・ダンジョンが自動生成するアイテムの一部を無条件で入手できる
・そのダンジョンに挑戦者がいた場合、対象が死に戻りした際に落としたアイテムを得られる
・ダンジョンのメイン属性・サブ属性と同じ属性のスキルにボーナスを得られる
・ボスとして対峙する際、戦闘中のみ有効な迷宮誓約スキルを得られる
などがあります。

【attention】
ダンジョン支配権を得るには、対象のダンジョンのダンジョン主部屋に辿り着き、ダンジョン主を倒した後に出現する「鎖の剣」の柄を取れば自動的に権利が移行します。しかしこのイベントは期間があるので、期間中に自分が同じ目的を持つプレイヤーに倒されると支配権は奪われます。奪い返すには自分もまた相手を倒さなくてはなりません。

皆様の御武運をお祈りいたしております。
Re:ザ・ファイナルリコード・オンライン運営チーム


「………………まさか、なあ」

異様な暗さの中、ヒビキはウィンドウを前に記憶の海に潜る。少し前に実装された☆20のずば抜けた難易度を誇る墓場のダンジョン。確か名前は……

「【巨人墓場】か…」

【巨人墓場】は実装直後からそれまでに実装されたダンジョンとは一線を画す途轍もない鬼畜さで恐れられた一方、腕試し好きな上級以上のプレイヤーが好んで潜っていた。なんせ内部を徘徊するモンスターと戦うだけでもスキルレベルの上がりがいいのだ。十分な実力があればそのぐらいは可能である。

「まあ、丁度いいか」

確認したところ、ここも対象内だった。現にちらほらとプレイヤーの反応が先ほどから引っ掛かっている。ついでに奇妙なことに、カイが首から掛けていたはずのペンダントの石の片一方がいつの間にかヒビキの右手に握り込まれていた。黒と青の正八面体形の石が細い黒金の鎖に繋がれている。

「………………………………別にいいか」

ついでに連絡しようかと思ったが、しなくてもなんとかなると思い直した。
ペンダントをつけかえた後、ヒビキは【魔力探知波マジックソナー】を発動する。が、

「ありゃ、予想より範囲狭いな。まあ何とかなるか」

【巨人墓場】に満ちる濃く混沌とした魔力に邪魔されて、普段通りの範囲とはいかなかった。しかし、ある程度取れれば十分である。マッピングができない範囲でも、モンスターなどは【索敵】で感知できればレーダーに表示されるので問題はない。

「さてと、じゃ一人で頑張ってみますか」

――光属性魔法スキル【浮かぶ光】。

ただ浮遊するだけの光玉を作り出すだけの魔法スキルだが、こんな時には重宝する。
ランタン代わりの光玉をひとつだけ伴い、ヒビキはスケールの違う墓場の奥へと姿を眩ませた。長袖ロングコートの軍服が黒いので、光玉が無ければ歩いて数秒で完全に彼の姿を見失うだろう。それほどにここは暗闇に満ちていた。

***

暗い、昏い、くらい。どこからか荘厳な鐘の音が聞こえてくる。
暗闇に満ちた墓場の最奥、最も"深み"が濃く入り交り、また深淵の神の力が最も強く影響する領域。熱量を持たぬ灰色の炎が燃えるトーチの祭壇に置かれたひとつの大きな銀で縁取られた黒い棺が、がたごとと音を立てて動いた。重たい音を響かせ蓋がずれ、中身が露わになる。

「…………?………………??」

棺の中身は意外な事に、ぱっと見普通の人間の姿をしていた。ただし顔の上半分は真っ黒い布が巻かれて完全に見えず、最低限の露出しかない肌色は若干青白みがかかっているように見える。細身な割に体格はよく身長はヒビキと同じくらい、185㎝ほどはあろうか。

棺の傍らには、黒鞘に納められた一振りの長刀が。棺の中には白木の枝が置かれている。副葬品といったところか。
口元は無表情で、恐らく彼を見ていた者がいたなら「死人みたいだ」と答える者が多いだろう。
半身を起こした彼は、無表情のまま呟く。

「…***………」

どうやら誰かの名前らしいが、ここには今彼と修道女以外意思持つ者はいない。そのことを認識した彼は僅かに俯いた。その様子は何故だか悲しげに見えた。微かな光を反射する短髪は闇の様に黒く、ざっくばらんに切られてある。前髪は丁度額にある黒曜石のような円錐型の一本角で半分に分けられていた。

服は元が何だったか分からない程古びているが、黒地であり丁度背の心臓の位置に小さな貫通痕がついている。
右頬に小さい月の紋章があるのを見るに、この墓場と深いかかわりがあるのか。

祭壇の奥には、蛍石フローライトであろう月形の宝石が光る美しい魔杖を捧げ持ったまま彫像のように動かない、黒い修道服姿のシスターらしき人影がある。彼女の目元もまた影になって見えなかった。

祭壇の手前に突き立った螺旋細剣の篝火が、ぱちぱちと儚く火の粉を散らす音だけが鳴る。

彼は半身を起こしたまま、その場からは動かなかった。
彼女もまた、周りで起こっていることなどに興味もないとばかりにそのポーズのまま動かなかった。
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