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🌈2nd time 開花予報、のち
芽生えた瞬間
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薄暗い子供部屋で布団に包まりながら、結乃は小さなくしゃみをした。
「なにあんた、風邪引いたの? さっきからずっとくしゃみしてない?」
もう寝ていると思っていた志歩に話しかけられ、鼻をこすりつつ、
「うーん、分かんない」
ほんのちょっぴり、嘘をついた。
何となく風邪っぽいなとは、数日前から思っていたのだ。少し体がだるくて、たまに頭痛がする程度だったから、それほど気にしていなかったのだけれど、習い事から帰宅したあたりからくしゃみが止まらなくなった。雨に打たれたせいだろうか。
「寝込むとか勘弁してよ。明日の夕方からしばらくふたりなんだから」
サラリーマンである父は今日から三日間の出張で家を空けており、看護師の母も、明日は夜勤のため、夕方に仕事に出たら翌朝まで帰ってこない。
「はーい。悪化させないために今日はもう寝まーす」
「いいお返事で」
背中合わせに志歩とふたりでくすくす笑い合いながら、鼻声だなと自分でも思った。一度そんなことを考えてしまったら、何だか寒気までする気がして、同じ布団の中で丸くなって眠っているソルトを、そっと抱き寄せる。
「おやすみ!」
口早にそう言って、掛布団を頭までかぶった。暗闇の中で、愛猫のぬくもりを独り占めしていたとき、ふと、大和の顔が脳裏をよぎる。
直人のことが話題に上がったときは、正直焦った。仲を疑われはしないだろうかと。だから、彼の中にその疑惑が生まれる前に、訊かれもしない事情を自ら説明したのだ。
ただでさえ難しい恋をしているというのに、これ以上厄介事を増やしたくはない。
再び髪を伸ばし始めたことに、彼は気づいてくれているのだろうか。以前のようなロングには、まだまだ遠い。けれど毎日、確実に長くなっているはずの髪をいじりながら、結乃は思う。
――言えない。 彼には口が裂けても言えない。
直人が、この想いに気づくきっかけになった人物だなんて。
望まぬキスを、されただなんて。
*
大和は、縦に長いベージュ色の封筒を片手に、朝比奈家の前に立っていた。志歩が授業終了とともに早退してしまったので、月曜の時間割を渡しに来たのだ。
慶太から聞いた話によれば、結乃が風邪でダウンしたらしく、夕方から看病する人が誰もいなくなるので、出勤前に母親に迎えに来てもらったのだという。
――結乃、大丈夫かな。
昨日、雨の中、洗濯物の取り込みを手伝ってもらったのがよくなかっただろうか。
そんなことを考えながらインターホンを押すと、「はーい」といつもより少し高めな志歩の声がして、玄関のドアが開いた。
「なんだ、大和か」
相手が大和だと分かった瞬間、彼女は気が抜けたように言って、意識して作っていたらしい笑顔を真顔に戻す。
「これ、月曜の時間割」
封筒を差し出すと、「あぁ、ありがと」と納得したような表情で受け取って、言った。
「あのときと立場が逆ね。具合悪いのは私じゃないけど」
あのとき――しばらく考えて思い当たる。たぶん、大和が栞奈を失ったショックで体調を崩していたときのことだろう。
過呼吸やら湿疹やらのせいで、ずいぶんと後回しになってしまったけれど、結乃は志歩に頼まれて、翌日の時間割を渡しに来たのだった。
今目の前にいる彼女は、自身のメンタルが弱っているのをいいことに、雑用を妹に押しつけたわけだ。だが、今となっては感謝すべきかもしれない。あの瞬間がなければ、結乃に対して、こんな淡い感情が芽生えることも、なかっただろうから。
「入る?」
志歩のちょっとからかうような誘いに、大和は小さく息を呑む。
「心配でしょ?」
それは否定しない。否定しないが――
視線で問うと、「気づいてないと思った?」とでも言いたげな目つきを返された。
「さ、どーぞどーぞ。お姫様が眠る子供部屋までご案内しまーす」
完全に遊ばれている。
拭えない悔しさを抱えながらも、ひとまず中にお邪魔し、玄関で靴を脱ぐ。
志歩に先導されて子供部屋まで行くと、氷枕に頭を預けて布団に包まり、パジャマ姿で苦しそうな呼吸を繰り返す結乃がいた。
何だか助けを求められているようで、そんな彼女の傍らに座り込む。ちっとも穏やかでない寝顔を見やりながら、
「熱、高いの?」
と志歩に尋ねた。
「うーん、朝測ったときは三十八度五分だったかなぁ。昨日の夜から怪しいなと思ってたら、やっぱりダメだったわ」
その言葉に、忘れかけていた罪悪感が顔を覗かせる。
「ちょっとくらいひとりで大丈夫だって言い張ってたけど、こんな状態だとね……ま、部活もはっきり言って面倒だし、大会前のスパルタ練習をまっとうな理由で休めたんだから、私としては好都合よ」
志歩はカーペットの上をのんびり歩いていたソルトを抱き上げると、勉強机のそばにある椅子に腰かけ、そのままくるりとこちらを向いた。
「……ごめん。僕のせいかも」
大和が呟くと、彼女はソルトの背中を撫でる手を止め、「え、なにが?」ときょとんとした眼差しで問いかけてくる。
「いや、実は昨日、雨の中で洗濯物取り込むの手伝ってもらったんだ。だから、それがよくなかったかなって……」
すると、彼女は考えるように天井を見上げた。
「ふうん。じゃあ、贖罪するつもりでさ」
その表情と声色に、明らかな企みを感じ取ったときには、
「結乃のこと、しばらく看ててくれない?」
もう、手遅れだった。
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