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🌈Last time 君は、心の傘
その命を
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「「もー、遅い!」」
ぴったり重なった憤怒の一声で意識が戻ってきた。
ゆっくりと目を開けると、最初に視界へ入ってきたのは、クリーム色の天井。それと、シャンデリアさながら豪華な照明。
椅子に座っている感覚と、首の後ろに何やらかたい感触。
この状況から考えられるのは、椅子に腰かけて、背もたれに首を預けているらしい、ということだけだった。
「こら、いつまでボーっとしてんのっ!」
突然の怒号に驚いて首を持ち上げる。
すると、しゃれっ気のある白い円卓を挟んだ目の前に、おそろいの白いドレス調の服を身に纏った、ふたりの少女がいた。
栞奈と、結乃だ。
これは、現実なのか。
とたんに目の奥が熱くなり、大和は俯き加減でまぶたを押さえる。
「あっ、やっぱり泣いた」
栞奈は素っ気なく言い、何か不満げにしていたが、隣の結乃に苦笑しながら「まあまあ」となだめられ、泣き止むまで静かに待っていてくれた。
「さて、何から話そうかな?」
数分して、涙が乾いた頃合いで、栞奈が口を開く。
しばらく考え込んだ後、助けを求めるように結乃を見やった。
そんな彼女に、結乃はしかたないなというふうに小さく笑い、耳打ちする。
しばらくすると、栞奈は「あぁ、そうだね。まずはそこからか」と納得してうなずき、咳払いをした。
「今、私たちがいるのは『天界』と呼ばれる場所です」
「天界……天国ってこと?」
大和が言葉を繰り返しつつ尋ねると、「うーん、ちょっと違うかなぁ」と首をひねる。
「天国は、役目を終えた魂が最終的に行きつく場所。天界は、何らかの理由でそこに行けなかった魂がとどまる場所。って言ったら分かる?」
そこに行けなかった――ということはやはり、
「私、ほんとにいきなり死んじゃったから、何が起こったのか、自分でもよく分かんなかったんだ」
訊くより先に、答えが続けられた。
「なんか急に胸が苦しくなって、目の前が真っ暗になったと思ったら、病院のベッドで異様に白い顔してる自分の姿が見えて。そばでお母さん号泣してるし。びっくりだよ」
まるで冗談をかますような軽い口調だったが、大和は緊張感を持って耳を傾ける。
こうして、栞奈の人生は突如として幕を閉じたのだろう。
「もうわけ分かんなかったんだけど、何となく、『このまま幽霊になっちゃうのかも』って怖くなったの」
そういう危機みたいなものは、やはり感覚的に分かるものなのだろうか。その瞬間の恐怖など、自分は知る由もない。
「で、結乃ちゃんが霊感強いことは知ってたから、急いで助けを求めに行って」
そのとき、結乃には薄く透けた栞奈の姿が見えたという。
混乱して泣きじゃくる彼女に、たまたま眠っていたソルトへの憑依を提案したところ、奇跡的に成功。
そのまま朝比奈家で一夜を過ごしたのち、お迎えとやらが来たが、まだ気持ちの整理がついていなかったため、天国には昇れなかった。
結局、魂の一部をソルトの中に残したまま天界へと導かれ、それからもソルトの体を借りて時たまこちらに戻ってきたり、先ほど大和も体験した、テレパシー的な能力を使って結乃と連絡を取り合ったりしていた――らしい。
ソルトが栞奈に乗り移られているというのは、つまりそういうことだったようだ。
「ソルトが無事にうちまで帰ってこられたのは、栞奈ちゃんのおかげなんだよ」
ここで、やっと結乃が会話に入ってきた。どこか弾んだ声でそう言い、「ね?」と栞奈を振り返る。
「そんなことないよー」
苦笑しつつ謙遜する栞奈に聞けば、失踪したソルトを彼女自らがコントロールして、朝比奈家まで連れ戻したというのだ。
何でも、「憑依できるのは対象が意識を手放したときのみ」なのだとか。そのため、目的地から外れたルートを行こうとしたり、車通りの多い場所に出たりしたときは、強制的に眠らせなくてはならない。
制限が多い中での無謀なチャレンジだったので、なかなか大変だったらしい。
おまけに室内飼いの猫だから、帰巣本能はほぼゼロに等しかったという。
ここまで、信じがたいほどファンタジックな話ばかりだが、嘘をついているとも思えない。
「じゃあさ、あのときは?」
ふと疑問に思って、大和は声を上げる。
「ほら、結乃が風邪引いて……」
あの夜、結乃の体調が悪化して我が家に連れてきてからは、近くにソルトの姿はなかった。それに、現れたのは栞奈本人だったはずだ。
「あぁ、あれは天界にいる私の魂が直接人間界に来たの。本当はルール違反なんだけど、『大事な人が苦しんでるんです!』って粘り続けたら、特別に許可が下りて」
栞奈は、ちょっと悪巧みをするようなにやけ顔で、詳細を説明する。
それから、「ちなみに、今もお兄ちゃんの夢と天界をつなげてるだけだから、ソルトは関係してないよ。もう子供部屋で眠ってる」と付け加えた。
「このやり方は体に負担がかかるから、あんまりよくないんだけどね」
そう苦笑して、「言ったでしょ? 見てるって」と胸を張る。
そんな彼女に納得しつつ、思う。話を聞くうちに、ひとつ分かったことがある。
――あの子は……絶対死んじゃ……ダメなの。だって……
意識を失う直前、結乃が、息絶え絶えに発した言葉。
愛猫を守りたい一心だったのだと思っていた。もちろん、それも間違ってはいないだろう。けれど、おそらくもうひとつ。
彼女が命を懸けたのは、栞奈との、この関係性があったからだ。
それを伝えるように、結乃へそっと視線を送る。
すると、彼女も控えめにうなずき、
「ごめんね。こんなことになっちゃって……」
と申し訳なさそうに俯いた。
「そんな……結乃が謝ることなんて何も」
大和があわてて首を振ると、
「そうだよっ! 結乃ちゃんが助けてくれなかったら私、今頃幽霊になってふわふわ浮いてたかもしれないんだから」
なんて、栞奈も明るく同調する。
「じゃ、いろいろと謎が解けたところで、本題に移りましょうか」
湿っぽい空気を吹き飛ばすように、弾んだ声で切り出した栞奈。彼女が指を鳴らすと――そのほぼ全身と、結乃の左半身が薄く透けた。
それだけではない。クリーム色の天井、シャンデリア風の照明や、白い円卓まで。
大和の身の回りにあるものの大半が、半透明になっていた。
自分の体と同じようにはっきりとした色彩を保っているのは、結乃の右半身と、栞奈の左腕の一部くらいだ。
「いい? お兄ちゃん。よく聞いてね」
状況が呑み込めない大和をなだめるように、栞奈はゆっくりと話し始める。
「これは、お兄ちゃんを基準にして、この空間にあるものを、人間界と天界とで識別した状態。つまり、色が透けて見えるものは、すべて天界にあるってこと」
そこまで聞いたときにはもう、彼女がどんなことを言い出そうとしているのか、何となく分かった気がした。もはや、今の状況に順応しつつある。
「さっき、ソルトの中に魂の一部を残したって言ったでしょ? それって、言い換えれば、託した者と、その分の魂を交換した――寿命を譲ってもらったことになるの」
物静かで、落ち着いた口調。
「でも、私の場合はほんのちょっとだけだし、もう自分の体もないから、ずっと人間界にはいられない」
彼女は、そこで一呼吸置き、自分の左腕を切なげに見つめた。そしてその後、再び前を向いて、告げる。
「半分、だよ」
結乃の半透明の左半身と、鮮明な右半身。一部だけ生命の色を保っている、栞奈の左腕。
目の前にいる彼女たちが、魂そのものだと考えれば、その言葉が示すところも理解できた。
「お兄ちゃんが結乃ちゃんのダメになった魂を引き受けて、その分の命を譲り渡せば、結乃ちゃんはまだ生きられる。今までと同じように、人間界で」
どうする? と問うように、少し前のめりになった栞奈。
彼女に微笑みを返してから、大和は一度視線を外し、その隣に座る結乃を見つめる。
そして、ゆっくりと顔の前で右手のひらをかかげると――そこにそっと、彼女の透けた左手のひらが重ねられた。
「そんなの……」
触れそうで触れない、もどかしさ。でも、確かに感じる体温。
「嫌だなんて、言うわけない」
ファンタジーでも何でもいい。このぬくもりのためなら、命の半分なんて、安いものだ。
その言葉に、栞奈は安心したように優しく目を細め、「決まりだね」と呟いた。
「じゃあ、目つむって?」
ふたりは、彼女の指示通り、目を閉じる。手のひらは、重ねたままで。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
言われた次の瞬間、全身を無理に引っ張られたような、鈍い痛みが走る。
けれど、今の大和には、それすら愛おしかった。
*
目を開ける。
そこには、ベッドのやわらかな感触と――切なげに濡れた彼女の瞳があった。
「ただいま……」
現実を確かめるように呟いた、彼女の左眼から、澄みきった小さな玉がこぼれ落ちる。
「……おかえり」
大和の頬にも、優しげなあたたかみを持った、同じものがつたった。
幸せって、きっとこういうことだ。
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