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真・らぶ・CAL・てっと 二十四

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そして、ここからは佑の知らない話、ということになる。

「今度その先輩とやらを連れてこいよ。 俺がじっくりと言い聞かせてやるから」
そう言って治に連絡先を書いた紙を渡す。
「あ、ありがとうございます」
そう言いながら受け取った治。

しかし、彼には輝明に頼るつもりはなかった。
というより、恋愛問題を誰にも頼るつもりはなかった。
佑に無理強いをしたくなかったのである。
家に帰った治はそれを破り捨てはしなかったが、自分の机の引き出しの奥にしまったのだ。
そういうわけで、そのメモは日の目を見ない筈だった。 現に今も持って来てはいない。
しかしながら、運命は佑と輝明をひきあわせてしまった。
更には治自身もその場に来てしまう、というおまけまで付けて。
こうなれば、毒を食らわば皿までというか、溺れる者は藁をも掴むというか、なのである。
毒だの皿だの藁だのに例えられているかもしれない輝明には気の毒だが、この際仕方がなかろう。


しかし、やはり治が望んでいるのは
『佑が自発的に自分に』
ということである。
決して、誰かに強制されてでも、とは願っていないのだ。
輝明には、実はそんなことはわかっている。
尊もおぼろげながら理解している。
留美だって状況を知れば見当がつくだろう。
認識不足なのは佑だけなのであった。

「そうだったんですか。 なんかいろいろ北条がお世話になってたみたいで」
保護者ぶっているわけでもなかろうが、佑はそう言って二人に頭を下げた。
「僕も財布を拾ったって連絡していただきましたし、本当に助かりました。 ありがとうございました」
再び二人に礼をする。 そして次の行動を起こそうとしたとき
「ちょっと待て」
と輝明が制止した。
「この場から逃げようとしてっだろ?」
図星であった。
顔面蒼白になる佑に尊が追い打ちをかける。
「えー!? 育嶋さんてばひどい!」
治が黙ってうつむいているだけだったのが、佑には更にこたえた。
「さっき約束しただろ? 『キス』のよ?」
佑としては約束したつもりではないのだが。
困り果てている佑の表情を見た輝明は、今まで責める様だった顔をふっ、と柔らかくして
「他人の目が気になるのかも知れねえ。 というより、なるんだろうが、他人てのは案外こっちのことを見ちゃいねえもんだぜ?」
一般的には確かにそうだろう。
だが、飽くまでも一般的に、であって、今の場合はどう考えても注目の的というやつなのだった。
佑の神経が、こんな状況に耐えられるわけがない。
だが輝明は、元々人の目を気にしないタチらしいから始末が悪かった。
「なあ、こんだけ治くんは君を慕ってんだぜ? 可哀想だとは思わねえのか?」
思うから困るのである。
後輩可愛さと世間の目のあいだで、佑は板ばさみ状態なのだ。
それでも何とか
「僕は、彼に好かれるようなそんな人間じゃないんです」
と言い訳じみたことを言った。 しかし、輝明はあっさりと
「そんなことねえだろ? どうしてそう思うんだ?」
まさか初対面の相手に惚れ薬がどうの、治の持病がどうの、更には女の子の恋人が二人いるだのというそんな込み入ったことは話せない。
「どうもよくわからんが」
腕組みをして首をかしげる輝明。
「どういう理由にせよ、治くんが佑のことを好きで、佑が治くんを受け入れかねてるというのは事実なんだろ?」
治がコクン、と頷き、佑は頭をかかえたい気分だった。
「先輩は、ぼくの命の恩人なんです」
その治の言葉は思いもよらない事だったらしく、輝明の目が点になる。
「なんだ。 だったらそれで好かれてるから、ってか?」
輝明のその問いに、佑は押し黙っているしかなかった。
彼は相当カンが良さそうだ。 これ以上何か喋ったら、なおさら追及され惚れ薬のことも白状してしまいそうだった。
「それにしたってだな、かまわないじゃねえか。 治くんの方がいいって言ってんだからよ」
佑が、そういう行為を望んでいること前提で輝明は話している。
そうではない、などとは想像の範疇外にあるらしい。
「なんにしても、もっと優しく接してやってもバチは当たんねえんじゃねえか?」
そもそもバチが当たる当たらないの問題ではない。
だが、輝明の押しの強さに負けている佑には、そんな抗議ができるわけがない。
「ぼ、僕は、芹沢さんみたいに勇気がないんです」
結局、それくらいしか言えなかった。
だが、輝明はそれをも言下に否定した。
「そりゃ違うな」
「ち、違うって、何がですか?」
弱々しく抗議するように聞き返す。
「俺に勇気や自信があるんじゃねえよ。 タケルが俺に勇気や自信をくれるのさ」
反射的に聞き直す佑。
「自信を、くれる?」
輝明は頷いて
「そうさ。 だが、文字どおり『くれる』わけじゃねえぜ?」
真面目な話の最中でもちょくちょくギャグが入るところが輝明である。
「こいつといると、こいつが慕ってくれると」
夢見るような表情で呟くようにいう。 左腕はくすぐったそうな顔をしている尊を抱き寄せている。
「こんこんと勇気や自信が湧いてくるのさ」
そして真顔になり
「なあ、佑。 わかるか? 俺は『自信を持て!』っていってるんじゃなくてだな」
「『自信は持つことができる』と」
何かに目ざめたように言葉をだす佑。 輝明はゆっくりと頷いた。
「ああ、そうだ」
(そういえば)
佑は思った。 自分にも輝明がいうような体験があったのだ。
由香と留美は、確かにあのとき自分に自信をくれた。
不運にもそれをすぐ手放すことになってしまったとはいえ、彼女たちのおかげで自信や勇気が湧いて来たのは事実だったのである。
そして今、自分は治に慕われている。
惚れ薬のためもあるのだろうが、それをさっ引いたとしても可愛い後輩である。
慕われるのは悪い気持ちのするものではない。
それに輝明の言うように治の方が望んでいるのである。
抱き寄せて頬にキスくらいはしてやっても問題はないだろう。 特にお互い実害があるわけではない。
佑はそう思いはじめていた。
一般的には『血迷った』と言うべき状態だっただろう。 輝明がそそのかした、と言ってもいいかもしれない。
だが、佑にせよ輝明にせよそんな気持ちはなかった。
「芹沢さん」
「『輝明』でいいぜ? こっちは『佑』て呼んでんだしよ?」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる佑に、輝明は額を押さえた。 無論、自分の額である。
「お礼を言われる筋合いのものじゃねえって。 ったく、どうして俺ぁこんな目にあっちまうんだか」
輝明はそうぼやく。
だが、佑にはその理由がなんとなくわかっていた。 『傍目八目おかめはちもく』というものだろう。
と、そこに女の子の声がした。
「治くん、待った?」
振り向く治。
「茗ちゃん?」
茗の声に、待ち合わせをしていたことを思い出す治。
(あ、すっかり忘れてた……)
そして治は、一気に日常に引き戻された。

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