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真・らぶ・CAL・てっと 二十五

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「ごめんね、こんなに遅くなるつもりじゃなかったんだけど」
実は治がここに来たのは、食事のためだった。
ファミレスなのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
今日は、両親ともに仕事で出かけているので外食にすることにしたのだった。
茗と待ち合わせだったのだが、佑と輝明たちが一緒にいたことで驚いて、頭の中から従姉妹の事は消えていたのである。
茗の方も、練習がのびて遅くなってしまったのでお互い様ではあったが。
それでも急いで来たらしく、練習着姿である。
首に掛けたタオルで汗を拭きながら
「って、あら育嶋センパイ?」
ひょいと佑の方をふり返る。 治と同じく、彼がここにいるとは予想外だったのだ。
「ひ、飛弾野さん?」
突然の茗の登場に口をはさむ余地がなかった佑。 彼にとってもこんなシチュエーションに彼女がやってくるとは想像の範疇外であった。
「愛しの先輩と、あら、こんなイケメン二人に」
含み笑いをしながらそう口に出す茗に
「め、茗ちゃん……」
治がたしなめるが茗はかまわず
「囲まれて、ずいぶん楽しそうね? もしかして、あたしお邪魔かな?」
「茗ちゃんてば!」
小声で治が抗議してもやめる気配はない。
尊は流石にびっくりしていたし、輝明ですら怪訝な顔つきだった。
「うふん」
と楽しそうに茗が微笑む。
面食らっていぶかるような顔をしていた輝明だが、素早く気を取り直し治に尋ねた。
本人に聞くのはなんとなく気がひけたのである。
近頃『俺ぁスゲー女と知り合う運命なのかな?』とボヤくことが多々あるからなおのことだった。
「あー、その、なんだ。 彼女は治くんの肉親か?」
初対面で、しかも会ってから1分とたたないというのにそれがわかるとはものすごい洞察力である。
いとこ同士とはいえそんなに似ているわけではないのだから、茗もこれには驚いた。
「お兄さんすごいなー」
つい驚嘆の声が出る。
が、そこは体育会系である。
姿勢を正した彼女は丁寧にお辞儀をした。
「どうも失礼しました。 あたし飛騨野茗と言います。 治くんの従姉妹です」
「そうか、俺ぁ芹沢輝明ってもんだ。 佑と治くんの友達さ」
いきなり友達扱いされて佑は驚いたが、治は前の時のこともあるので少し赤くなっただけである。
「もしかしてダブルデートってやつですか?」
興味津々の表情で佑に尋ねる。
佑と治のことはいざ知らず、輝明と尊がカップルだと茗が思ったのは、彼女の趣味によるものかそれとも当てずっぽうなのかは佑にはわからない。
今までの経験が災いしているため、なんとなく女の子に弱い彼は気圧されつつ
「い、いや偶然なんだよ」
そして治も先輩をかばうように
「そうだよ茗ちゃん。 大体ぼくは茗ちゃんと待ち合わせてたんでしょ」
すっかり忘れてたけど、とこれは心の中だけにとどめておいて今度は佑に向かい
「でもそう言えば、先輩はどうしてここに?」
「いや、実は財布を落として。 この尊くんが拾ってくれたんだ」
「で、ここで待ち合わせたってわけさ」
「そうだったんですか」
治と茗が異口同音に言った。
そういう気の合いかたはイトコ同士である。
思考のリズムがある程度似ているのだ。
更に、一緒に住んでいるのも同然の環境なのだからシンクロ率が高いのだった。

ところで、
余談だが、彼らは食事をする機会を失していた。
治が注文していなかったからだが、それ以外に話にかかりきりだったためもある。
グストでは、ファミレスとしては珍しいことに『お持ち帰り』が出来るのでそれほどの問題はない。
だが店側としてはそれなら席を占領しないでもらいたかったろう。
しかし、特に混んでもいないので文句も言いづらかったようである。

「それじゃ俺達はこれで失礼するな? もひとつケリがついてないのは心残りだが」
複雑な表情の輝明。
昨日の今日でこの状況、しかし、決着がつかずにこの場を離れるのはかなり不本意だ。
だが、これ以上ここにいるといろいろまずいような気がして、彼は退散することにした。
そもそもウェイトレスの目付きが険しくなっている。
まあ仕方がないのだが。
「ああそうそう、忘れるトコだった。 これ、俺のメルアドだ」
メモを手渡すと、佑は恐縮した面持ちで
「あの、僕、その」
「何だ?」
「携帯持ってないんですけど」
「パソコンからでもいいぜ?」
「すみません、パソコンはありますけどインターネットに繋がってなくて」
厳密には、彼のパソコンには繋がっていないだけである。
父や母のそれには当然繋がっている。
そうでないと仕事にならないからだ。
もっとも、仕事に関わるものなので、佑としてはそっちに触る気すらないから数に入らない。
「今どきか? そりゃ弱ったな」
「じゃあ、輝明さんの携帯の番号なら?」
尊が助け船を出す。
「あ、そうだな」
一瞬の後、しまった、というふうに眉を寄せた輝明。
「あ、覚えてねえや。 自分ではあまり、いやまるっきり使わねえからなあ」
「ボクのにあるよ? えーと、ちょっと待ってね?」
尊が内ポケットを探り携帯を取り出す。
「んーと」
少しの間操作していたが、輝明の携帯番号が表示されたらしい。
「えっと、いい?」
反射的に佑が手帳を、そして治が携帯を出す。
治が出す必要はないのだが、せっかくだから尊の番号も聞いておきたかったのである。
治にとってはほとんど初めてと言ってもいいくらいの『友達』であったからだ。
「尊くんの番号も教えてくれる、かな?」
「え? うん、いいよ」
治の心細そうな問いに、尊は屈託なく笑って承諾した。

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