『真・らぶ・TRY・あんぐる』

倉智せーぢ

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真・らぶ・TRY・あんぐる 十九・五

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  インタルード2


前日、つまり留美が佑の自宅までお見舞いに行った日の放課後に由香は何をしていたかというと、実は情報局の部室を訪れていたのだった。

「すみません、誰かいませんか?」
応対に出てきたのは、学内でも『正体不明・姓名不詳』で有名な男、情報局ナンバー2にして副局長の一人、人呼んでミスターエックスだった。
「御用の向きは?」
ボサボサの髪で目を隠し、表情がうかがえない彼に
「服部先輩はいらっしゃいますか?」
そう尋ねる由香。
Xはいつもの通り丁寧な口調で
「あなたは?」
そう問い返す。
「立村といいます」
「少々お待ちを」
そう言って引っ込んだ。 するとすぐ声がして、
「入りたまえ」
由香が中に入ると、数三から正明までの情報局の幹部4人が揃っていた。
肝腎の数三はというと、カウチ風の椅子に体を預け、何かの書類を睨んで難しい顔をしている。
「X、マナ、大部」
と、三人に声を掛け
「席をはずせ」
振り向きもせずそう命令する数三に、他の三人は幻のようにその場からいなくなった。
そしてその途端、渋い顔をしていた数三は書類から目を離し、表情を和らげて由香を見あげながら、
「今日はどんな用件かな?」
そう訊いた。
「はい、遅くなりましたけど、前に教わったお礼に伺ったんです」
「ああ、あれか」
知的な顔を緩ませて数三は微笑んだ。

実を言うと、佑が由香を好きになった原因は、由香が頻繁に佑の視界に現れていたからなのである。
別のクラスである由香が佑の視界に現れる頻度が何故高かったかと言うと、それは留美に
「A組の育嶋佑クンのことを調べてユカちゃん……お願い!」
と頼まれたためであった。
推理小説を読んだこともなく、従って今まで誰かを調査するなどとそんなことは考えたことすらない由香は悩んだあげく、情報収集・調査術を情報局に……正確には局長の服部数三に教わることにしたのである。
そして2、3日(時間にして4~5時間くらい)の間、数三の教えを受けてから佑のことを調べ出したのだった。
その調査結果はご承知の通り、興信所顔負けであった。
しかしながら、数三の教えを受けたとはいえ、それまで完全シロウトの彼女は完全に身を隠すことができてはいなかった。
実践経験が足りなかったのだから仕方がない。
結果として、その颯爽とした動き、身のこなし、すらりとした姿、など由香の美点が佑に恋心を植え付けたのだった。
つまるところ、『留美が由香に佑のことを調べるのを頼んだ所為せい』で佑は由香に恋しているのである。
だが、佑本人は由香を目の端々で見ていたことなどまるで気づいていない。 いわゆるサブリミナル効果というやつかもしれない。
――余談だが、そのサブリミナル効果が有名になった実験は、実はデマだったというウワサがある。
が、この際本筋には関りがない。
きっかけはどうあれ、逆境の中でも、いや逆境故に佑の恋心はつのってしまっているのだから。


数三は座り心地のよさそうな椅子から立ち上がり、由香の側へ寄って行った。
そして周りを回るように歩みを進める。
「あたしのレクチャーは役に立ったようだね?」
「ええ、おかげさまで助かりました」
「なあに、あの程度はお安い御用だ。 それにしても立村さんはウチの連中より素質があるようだよ。 あれだけしか教えてないのになかなかのものだったからね」
自分の頬を撫でる髪をかき上げながら感心したようにそういった数三は、急に由香の方を向いた。
その勢いで肩にかかっている黒髪がなびき、ジャスミンのような香りが由香の鼻孔をくすぐる。
「ところで――」
「待ってください」
数三の次の言葉を予想した由香は片手を上げて制止した。
「『ウチに入部しないか?』という内容なら、答えは決まってますんで」
「ほう? どう決まってるんだね?」
興味深そうに問う彼女の眼鏡の奥の鋭くも綺麗な瞳が悪戯っぽそうに笑っている。
由香も対抗するように微笑み、
「『ごめんなさい』と決まってるんです」
その答えに数三は唇の端を少し引き上げるようにして微笑みながら言った。
「それはちょっと残念だな」
そうして由香の頭のてっぺんから脚のつま先まで視線を走らせ、一拍おいて
「いろんな意味で」
由香は苦笑いした。
(やっぱりウワサは本当か……すると、あたしって貞操の危機だったのね)
情報局長・服部数三のそのウワサとは『女の子に手を出す』ということであった。
そんな相手のところに一人で来るのだから、由香もいい度胸をしている。
まあ男相手とは違って実害はないかもしれないが、それでも普通ならそんな相手には積極的に近づきたくないのが人情というものだろう。
それに『だった』ではなく、現在進行形で『貞操の危機』真っ最中なのであった。
「だが、わざわざ礼を言いに来てくれただけでもうれしいよ」
そういってさりげなく肩に触れようとするのを避けるように、
「いいえ、かえってお気を使わせたようですみません。 じゃ、あたしはこれで」
由香はそういって軽くおじぎをし、
「失礼します」
そして速やかに情報局室を退去した。
かくて由香は『貞操の危機』を免れたのだった。



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