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第1章:魔法学院入学編

第38話:最強賢者は諦めかける

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 四人を同時に無力化することに成功した。――敵はもう一人しかいない。

「諦めろ。もうお前にはどうすることもできない!」

 俺は剣の切っ先を向ける。こちらは三人、いつでも倒せるのだ。

「まいったなあ……」

「おとなしく投降しろ。これだけ巨大な組織なら司法取引を持ち掛けられる。誠意をもって供述すれば命まで奪われることはないだろう」

「投降……ふっ」

 男は両手を持ち上げ、胸に手を当てる。
 次の瞬間、懐から短剣を抜き、全力で飛び込んできた。

「馬鹿が! その程度の覚悟でここにいるわけがないだろうが!」

 キン!

 俺は二刀流をクロスさせ、短剣を防ぐ。
 いくら相手が聖騎士であろうと、レベル差が極端に開いていない限り二本の剣を持って対応すれば防御は十分可能である。

「まったく、愚かなやつだな!」

 おとなしく投降していれば、命の危険はなかった。
 そもそも論ではあるが、命を助けられたとはいえ、こんな組織に身を染めなければ、犯罪に走ることもなかった。
 ダンジョンの最奥で信じていた仲間に裏切られた悲しみ、悔しさは俺には想像できない。彼を救った聖騎士会は褒められてしかるべきことをしたのだろう。
 だが、それとこれとは話が別だ。

「……俺の短剣を防ぐとは……信じられない」

「腕前はさすがだと思ったよ」

 攻撃力、速度、技術ともに申し分のない攻撃だった。
 レベルが近ければ危なかったかもしれない。
 話によれば過去に有数のパーティに所属していたらしい。……いくつもの修羅場をくぐってきた猛者なんだろう。

 つくづくもったいない。

「短剣をそこまで極めるとは、敵ながら感服するよ。……だがな、RPGにおいて経験値の差は絶対だ! お前が腕を磨いて有数のパーティに入っていた? ああ、結構なことだよ。よく頑張ったよな。でもな、俺はお前より幼いころから地道に魔物を倒してきたんだ! お前だってもう少し力をつけていれば……赤龍を倒せる力をつけていれば見捨てられることはなかった! 恨むなとは言わねえ、でもそれを他人のせいにするんじゃねえよ! この雑魚が!」

 俺が大声でこの長々としたセリフを投げつけると、男は拳を握りしめ、こめかみに青筋を浮かべる。

「うるせえよ! てめえは強いからそういうことが言えるんじゃねえのか!? 上から上から……全部結果論だろうが! てめえに俺の何がわかる! この恵まれない職業でここまで強くなった俺のなにが!」

 俺は耳を疑った。
 こいつなんて言った? 聖騎士のくせして『俺の何がわかる』だと?
 俺が今まで何万時間をLLOに、聖騎士につぎ込んできたのかこいつは知らねえんだよな。攻略サイトを見てステータスを暗記するくらい眺めて、一番効率の良いスキルポイントの振り方を考えて、ダンジョンの最速クリアの方法を考えて、何度も何度も検証して……努力の桁が違うのだ。

 だが、そう言ってやりたい衝動は抑えることにした。今の俺が聖騎士について語っても説得力はないからだ。

「聖騎士よりもさらに虐げられた存在が賢者なんだろう! その俺よりも弱いっていう無力さをまず恥じろよ! 賢者に比べりゃ聖騎士は恵まれてんじゃないのか!?」

「……だが……俺は……」

 男は言葉を失い、のけ反る。

「……俺は……まだ負けてない」

「いや、お前の負けだよ。もういいだろう」

 男はおそらく悟っている。
 さっき剣を交えた時に、俺には勝てないのだと。
 ゲームをやっているときに自分の攻撃を敵の防御力が上回り、ダメージカウントが1だったという経験があれば想像しやすいだろう。

 今の場合はダメージが1すら入っていない状況なのだ。
 俺が本気を出せば、瞬殺できる。そのくらいの実力差がある。
 これ以上の戦いは無意味であることを、少しは頭のまわるこいつなら理解できているはずなのだ。

 なのに、まだ負けを認めない。投降しようとしない。

「貴殿は攻撃力が勝っていれば勝てるという考えなのだな?」

 男が静かに聞いてくる。
 顔は少し青ざめているが、闘志をメラメラと燃やした目をしていた。
 正直、かなり不気味だ。
 この後に及んでまだ俺に勝てると思っている真性の馬鹿なのか?

「ああ、もう勝負は終わっている」

「そうか」

 ふっと男が笑う。
 そういえば、さっきも奇妙な笑いを浮かべた後、攻撃をしかけてきて――。

「フハハハハハハハハハ!! 俺の勝ちだああああああ!!!!」

 男は上着を脱ぐと、上半身裸になった。
 その上半身にはほぼ全面に魔法式が描かれていた。
 その魔法式は――自爆術式。

 この至近距離で爆発を起こせば――いや、至近距離でなくてもこの魔法式の量だと学園を一撃で吹き飛ばせる火力を持つ。
 まさかこいつ……最初から死ぬ気で!?
 常軌を逸した行動には想像もできない。

「くそ……!」

 だが、自爆する相手に成すすべはないのだ。
 今からリーナとエリスを連れて【空間転移】ゲートで逃げ出すにしても、時間が足りない。レベルの上がり切っていない【空間転移】では、多少なりとも時間がかかる。普段は気にならない発動時間も、ここでは足を引っ張ってしまう。

 もう次の瞬間には爆発してしまう。
 なにか、まだ何かできることはないのか――!

 俺は思考を放棄し、目をつぶった。
 多分人は死を迎える時、目を閉じるのだと思う。目の前の現実が怖くて、目を背けたくなるのだろう。
 しかし、結果として俺は死ななかったし、爆発にも巻き込まれることはなかった。

 俺はゆっくりと目を開ける。
 すると目の前には、カチカチに凍った男の姿があった。凍ってしまったため、自爆術式は起動しなかったのだ。爆発しなかった理由はわかるのだが、どうして男は凍ったのかわからない。

 凍った男の背後には、腕を伸ばした状態のエリスが立っていた。

「エリスがやったのか……?」

「正確には私だけど私じゃないわ」

「それってどういう?」

「これ」

 エリスが指さすのは男の背中である。俺は歩いていき、背中を確認する。
 そこには一枚の紙が貼られていた。

「あ……」

 これは昼食の時にエリスに渡したものだった。

「寮に帰ってから一枚使ったんだけど、出力が大きすぎてカチカチに凍っちゃったのよ。でも、今なら役に立つと思って」

 俺が紙に刻んだ冷凍の魔法式は思ったよりも効果が強かったらしい。
 二枚渡したうちの一枚をエリスが持ったままになっており、今使ったという顛末だ。

「しかし咄嗟によくこれが使えると判断できたな。……すごいぞ、エリス」

「ほ、褒められても……ぜ、ぜんぜん嬉しくないし……」

「そうなのか?」

 エリスは顔を真っ赤にしているから、てっきり嬉しくて照れているのかと勘違いしてしまったじゃないか。
 それにしても、生きるか死ぬかという状況で最後まで諦めなかったエリスは、俺よりも戦いのセンスがあるのかもしれない。
 きちんと育てれば面白いことになりそうだ――そう思った。
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