忠誠の騎士とコクエンの姫

秋桜

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第2話「命名」

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第2話「命名」

 ベローチェに「連れて行け」と命じられた騎士は、彼女を抱えながら城の外へと続く廊下を順調に進み、二人は城下町の前まで来た。ベローチェが何気なく見た空は白んでいる。もうじき夜が明けるのだろう。
 血の匂いから一変、新鮮な空気に気持ちを良くしたベローチェは、開放的な気分と共に息を吐いた。それを密かに見ていた騎士もベローチェに倣って、息を吐く。
 そして、気分転換を終えた騎士が城門をくぐり、人通りの少ない道を選ぼうとしていた時だ。
「少し待て」
 待ったをかけたベローチェが空中に十字を切ると、二人は見えないヴェールに包まれた。気になった騎士は、すかさずベローチェに聞いた。
「ベローチェ様、今のは……」
「ああ、気配遮断の魔法だ。城壁まで真っ直ぐ歩いたほうが早い。わざわざ脇道を使う必要もないだろう?」
「なるほど、流石はベローチェ様」
「……ベローチェでいい、ほら、呼んでみよ」
 騎士は言われた通り口を動かしてみた。
「べ……ベローチェ」
「そうだ」
「…………さま……」
 もしも今、ベローチェの足が地面についていたなら転けていたところだろう。ベローチェは口元を引き攣らせながら、騎士を許した。
「…………まあいい、魔法の効力が切れる前にさっさと進め!」
「はっ!」
 ベローチェは運ばれている最中に考え事をした。結論から言うと、ベローチェは魔眼を使用した。
(……私が「服従」させている間は、会話などできないはず……。魔眼が効かなかった? いや、手応えはあった。なら、なぜ……)
 「服従」の魔眼に睨まれた者は、身体が硬直し、主の傀儡かいらいになる……とベローチェが読んだ古書に記してあった。だがしかし、ベローチェは出不精であった為、実際に魔眼を使用したのは、騎士が初めてだったのだ。
(……興味本位で習得したが、こんなものか。「魔眼」というから期待したのに……)
 黙々と進んでいる騎士をチラリと見てから、ベローチェは物憂げに「ふむ……」と溢した。人形のように眉一つ動かさず姫を抱く騎士と運ばれながら物思いに耽っている赤い淑女、奇妙な組み合わせの二人は無事城下町を抜けることができた。
「もういい、下ろせ」
 国から少し離れたところでベローチェは騎士に命じ、半日ぶりに地面に足をつけた。ベローチェは騎士へ直り、礼を伝える。
「ご苦労だった。お前はもう自由だ。使って悪かったな」
 ベローチェは騎士へ背を向けるが、思い出したかのようにただした。
「そうだ、名は?」
「名……」
「名前だ、連れ出してくれた礼に覚えておこうと思ってな」
 騎士は困惑した表情のまま言った。
「分かりません……。あったような気がしますが、覚えて、おらず……」
 騎士は思い出そうとするが、頭に浮かぶのは一面の夜と誰かの笑顔だった。僅かに残る記憶だが口元だけ再生されるため、男女の区別もつけられず、さらに騎士を困惑させる原因となっていた。
 叱られる子供のように縮こまる騎士を見て、ベローチェは大きな溜め息を吐いた。
「申し訳ありませ――」
「いい、謝るな! なら、私が名付けてやろう」
 ベローチェは騎士のフードを剥ぎ、頬に手を寄せた。
「……お前の名は、『スカビオサ』」
「スカビオサ……嗚呼ああ、ありがたき幸せ、この名を命より大事にすると誓います。貴女の騎士として、忠誠を……」
 スカビオサと名付けられ、舞い上がった騎士は、頬に触れているベローチェの手を取ると、そのまま手の平にキスをした。忠誠のキスにしては長く、紫色の髪が朝焼けに映え、これが生娘であれば愛の告白を受けていると思い、顔を真っ赤にしてしまうだろう。
「や、やめんか!」
 ベローチェはスカビオサの手から逃れ、再び彼に背を向けた。彼女の顔は赤くなっている……そうか、ベローチェは生娘だったか。
 一方、忠誠の騎士「スカビオサ」は、手を擦りながらふるふる震えているベローチェの様子を見て、きょとんとしていた。
「ベローチェ様?」
「何でもない! ……コホンッ、行くぞ!」
「どこへ?」と問いかけるスカビオサへ、ベローチェは咳払いをしてから彼に向き直り、はっきりと言った。
「師の家だ!」
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