100日後、巨大隕石落下

橘靖竜

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第四章 恐怖と祈り

Day35 割れた希望のあとで

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《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンスチーム》

壁一面のスクリーンに、
割れたオメガの新しい軌道図が映っていた。

元の220メートル級の本体は消え、
代わりに二つの印がある。

〈Fragment A:約100m級/地球軌道から離脱中〉
〈Fragment B:約120m級/地球接近軌道を維持〉

白鳥レイナが、肩にかかった髪を耳にかけながら説明する。

「――まとめると、こうです。」

「一つめの破片Aは、
 アストレアAが“押した”おかげで
 地球を外れるコースに入った可能性が高い。」

「でも問題は、
 このFragment B。」

レーザーポインターの赤い点が、
“B”の文字に重なる。

「直径は約120メートル。
 最初の220メートルよりは小さいけど、」

「もし海に落ちれば
 数十メートル級の津波、
 陸なら大都市を一つ
 ほぼ壊滅させるエネルギーがあります。」

若手研究者が
モニターの数値を見つめながら言う。

「落下候補域は――
 北太平洋から東アジア、ですよね。」

「“日本も含まれる”って
 考えた方がいい。」

レイナはうなずく。

「ええ。
 まだ“日本です”とは言えないけど、」

「“日本ではありません”とも
 絶対に言えない段階。」

後ろのモニターには、
NASA/PDCOとCNEOSからの
オンライン会議画面が開いている。

アンナ・ロウエルの顔が映り、
英語がスピーカーから流れてきた。

 「JAXAの“ツクヨミ”の準備状況を
  SMPAG(宇宙ミッション計画諮問グループ)に
  正式に共有したい。」

 「Fragment Bへの“第二の矢”として、
  どこまで前倒しできるか――
  本気で検討したい。」

レイナがマイクに口を近づける。

「ツクヨミの機体自体は、
 すでにフル組み立て段階です。」

「予定どおりなら
 Day31近辺で打ち上げる計画でしたが、」

「Fragment Bの軌道によっては
 “もっと早いタイミング”も
 検討する必要があります。」

別のスタッフが補足する。

「必要な“ΔV”(軌道を変えるための速度の変化量)は、
 オリジナルの220メートルに比べれば
 少なくて済みます。」

「でも、
 時間的な余裕は
 前よりもずっと少ない。」

会議画面の端に、
“IAWN臨時連絡”というテロップが出る。

世界中の望遠鏡から
Fragment Bの追観測データが送られてきているのだ。

レイナは
一度だけ目を閉じ、息を吐いた。

(アストレアAは
 たしかに“仕事”をした。)

(でも、
 この120メートルを
 どうするかで、
 本当の勝負が決まる。)

「……ツクヨミの“本番”は、
 ここからです。」

「“失敗したときの保険”じゃなく、
 “Fragment Bを狙うための矢”として
 計画を組み直します。」



《国際オンライン会議/IAWN & SMPAG合同》

世界地図を背景にした
オンライン会議画面に、
各国の旗と顔が並ぶ。

NASA/PDCO、ESA、JAXA/ISAS、
そして各国政府の宇宙担当機関。

さらに、
国連宇宙局、
アメリカ政府、日本政府の代表。

ジョナサン・ルース大統領の代理として
国家安全保障担当補佐官が、
モニター越しに言う。

 「アメリカは、
  引き続きアストレアAのデータ解析に
  最大限のリソースを割きます。」

 「Fragment Bへの対応については、
  JAXA主導の“ツクヨミ計画”を
  SMPAGの“正式な第二ミッション”として
  支持する。」

日本側からは、
外務大臣・田島が発言する。

「日本政府も、
 ツクヨミを“第二の矢”として
 位置づけることに同意します。」

「ただし、
 打ち上げが成功してもなお、
 Fragment Bがすべて消える保証はない。」

「各国には、
 “地球規模の防災”としての
 備えを続けていただきたい。」

チャット欄には、
各国代表からの短いメッセージが
次々と流れていく。

〈カナダ:観測網の増強を継続〉
〈オーストラリア:南半球観測のギャップを埋める〉
〈EU:追加予算案、緊急協議中〉

SMPAG議長が
会議を締めくくる。

 「本日の結論は一つ。」

 「“220メートル級の脅威は減ったが、
  120メートル級の脅威は続いている。”」

 「人類は一度矢を放ち、
  部分的に成功した。」

 「これからは、
  “第二の矢”と、
  “地上での備え”を
  並行して進める段階に入る。」



《総理官邸・執務室》

サクラは、
IAWN/SMPAG会議の要約資料に目を通していた。

藤原が淡々と報告する。

「……国際的には、
 “勝利のあとに続くハードモード”という
 空気です。」

「“220メートル級を避けられただけでも奇跡だ”と
 受け止める国もあれば、」

「“まだ120メートルも残っているのか”と
 怒りや不安を募らせる国もある。」

中園広報官が
SNSのトレンド一覧を投影する。

〈#アストレアAありがとう〉
〈#まだ終わっていない〉
〈#FragmentBってなに〉
〈#ツクヨミ計画〉

「日本でも、
 “勝ったのか負けたのか分からない”という
 声が多いです。」

「“なんで最初から二本矢を用意しておかなかったんだ”
 という批判も出ています。」

サクラは、
苦笑に近い表情を浮かべた。

「……本当は、
 “そんな余裕がある世界”じゃなかったのよね。」

「予算も時間も、
 みんな“別の危機”に
 取られていた。」

彼女は資料を閉じ、
窓の外に視線を向ける。

(それでも、
 “二本目を用意していた”ことだけは、
 胸を張っていいはず。)

(ツクヨミに乗って宇宙へ行くのは、
 この国で生きてきた技術者たちの
 “積み重ね”なんだから。)

「国民には、
 こう伝えましょう。」

「“アストレアAは
 オメガを二つに割り、
 被害を小さくしてくれた。”」

「“それでもまだ、
 120メートル級の破片が
 こちらに向かっている可能性がある。”」

「“だからこそ、
 ツクヨミを含めた第二の対策と、
 国内での備えが必要だ”と。」

里香秘書官補が
メモを取りながらうなずく。

「“まだ怖がっていていいんだ”と
 言ってあげる感じでしょうか。」

サクラは
少しだけ笑った。

「“怖がっている自分を
 責めなくていい”と。」

「“その怖さを、
 何に使うか一緒に考えましょう”と。」



《世界各地・ニュースと人々》

・日本の朝のワイドショー
 スタジオに
 地球とオメガ破片のCGが映し出される。

 専門家が解説する。

 「220メートル級が
  二つに割れたので、
  エネルギーは分散されました。」

 「でも120メートルというのは、
  東京タワーの半分くらいの高さの
  “超巨大ビル”だと思ってください。」

 「それがものすごい速度で
  地球にぶつかる可能性が
  まだ残っている。」

 アナウンサーが
 真剣な顔でまとめる。

 「“助かった”と
  安心しきるには
  まだ早い、ということですね。」

・アメリカのニュース専門チャンネル
 “ASTREA A:PARTIAL VICTORY”
 の文字が踊る。

 コメンテーターが言う。

  「人類は初めて
  “本番の矢”を当てた。」

  「でも、ゲームで言えば
  “ボスの体力バーが半分減った”だけ。」

  「ここから第二ラウンドだ。」

・ヨーロッパのSNS
 “アストレアA擬人化”イラストに続き、
 “ツクヨミちゃん”のファンアートが
 投稿され始める。

 〈二本目の矢がんばれ〉
 〈月の女神、お願いだから当たって〉

 その一方で、
 こんな投稿も流れる。

 〈結局、“誰の頭上に落ちるかゲーム”は
  続いている〉
 〈“一度拍手したあと、
   また黙り込む世界”って
   すごく怖い〉

・黎明教団・信者たちのグループチャット
 セラの短い音声メッセージが
 拡散される。

 「矢は一度、
  光の意志に触れました。」

 「それでもなお、
  120メートルの破片が残った。」

 「それは“浄化が続く”という
  サインでもあります。」

 「まだ揺さぶられている世界でこそ、
  “目覚めた魂”が求められるのです。」



《新聞社・社会部》

桐生誠は、
朝刊の一面を見つめていた。

大きな見出し。

『人類の矢、オメガを分裂
 それでも120m破片は地球へ』

隣には、
昨日のXデーの写真。
パブリックビューイングで歓声を上げる人々と、
その後に配信された
共同会見の無表情な三人。

若手記者が言う。

「“勝ったのか負けたのか
 よく分からない”って声、多いですね。」

「“半分だけ助かった”って
 どう書いたらいいんでしょう。」

桐生は
ペンを回しながら答える。

「“勝ったつもりで
 エンディングロールを待ってたのに、」

 “急に第二部が始まった映画”って感じかな。」

若手が苦笑する。

「読者、怒りませんか。」

「怒っていい。」

桐生は
画面に新しいタイトルを打ち込んだ。

『“部分的な勝利”の翌日――
 それでも世界は、
 会社に行き、学校に通う』

(220メートルが120メートルになった日。)

(人類はたしかに
 何かを“減らすこと”に成功した。)

(でも、
 誰かの頭上に落ちるかもしれない
 “120メートル分の不安”は、
 まだ空のどこかに
 ぶらさがったままだ。)

Day35。
オメガ予測落下日まで35日。

“割れた希望”のあとで、
ツクヨミという第二の矢と、
それぞれの国と人々の
静かな覚悟づくりが始まっていた。



本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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