100日後、巨大隕石落下

橘靖竜

文字の大きさ
65 / 73
第三章 人類の賭け

Day36 Xデー

しおりを挟む
《NASA/PDCO オペレーションルーム》

巨大スクリーンの左上で、
静かに数字が減っていく。

〈IMPACT WINDOW まで:00:03:21〉

オメガの灰色の軌道。
その手前を、
針の先のような白い点――アストレアA――が
じわじわと近づいていた。

「姿勢制御、ノミナル。」
「誘導ループ、安定。」
「最終コマンドシーケンス、実行中。」

報告の声が
乾いた空気に飛び交う。

アンナ・ロウエルは
腕を組んだまま、
モニターから視線を外さなかった。

(ここまで来たら、
 本当に“宇宙力学に任せるしかない”。)

(私たちができることは、
 “何が起きたか”を
 一秒でも早く、正確に
 世界に伝えることだけ。)

別の画面には、
各国中継局のロゴが並ぶ。

〈NHK〉〈BBC〉〈CNN〉〈JAXA LIVE〉

それらすべてが
PDCOのこの部屋と
NASA/JPL・CNEOSのデータを
共有していた。

フライトディレクターが
声を張る。

「全員、最終ポジション。」

「これは本番だ。
 世界中が見ている。」

カウントダウンの数字が
さらに大きく表示される。

〈T-60〉
〈T-59〉

誰かが
小さく、息を飲んだ音がした。



《総理官邸・危機管理センター》

壁一面のモニターが、
同じ映像を映している。

画面右上に
「OMEGA X-DAY LIVE」
のテロップ。

アストレアAからの
白黒カメラ映像。
視界中央に、
ゴツゴツとした岩塊――オメガ――が
ゆっくりと大きくなっていく。

鷹岡サクラは、
椅子には座らず
モニターの前で立ったまま
腕を組んでいた。

「……あんなに、
 “普通の岩”に見えるのね。」

隣で、
白鳥レイナが答える。

「はい。
 ただの“220メートル級の岩”です。」

「ただ、その運動エネルギーは
 広島型原爆の何千発分にも相当する、
 巨大な“石ころ”です。」

藤原危機管理監が
時計を確認する。

「総理、
 予定どおりインパクト一分前の
 メッセージでよろしいですね。」

サクラは小さくうなずき、
カメラの前に立った。

「全国のみなさん。」

テレビの向こう、
無数の家庭や避難所。
コンビニの奥の小さなテレビ。
病院の待合室。

そのすべてに向かって
彼女は言葉を置いていく。

「今、
 人類は一つの矢を
 宇宙に向けて放ちました。」

「この矢がどれほど
 オメガの軌道を変えられるかは、
 まだ分かりません。」

「でも、
 これだけは約束します。」

「成功しても、
 失敗しても、」

「明日も、私たちは
 みなさんと一緒に
 “次の一手”を考え続けます。」

「どうか、
 隣にいる人の手を
 離さないでください。」

「結果を、
 一人きりで
 抱え込まないでください。」

短いメッセージは終わり、
画面が再び
NASAの映像に切り替わる。

〈T-15〉

サクラは息を呑み、
レイナは
モニターのオメガを
睨みつけた。



《世界各地》

・パリの広場
 巨大スクリーンの前で、
 市民がマフラーを巻いたまま
 空を見上げる。

・東京・渋谷スクランブル交差点
 ビルの大型ビジョンに
 “OMEGA X-DAY”の文字。
 足を止める者、
 あえて見上げない者。

・インドの村の集会所
 小さなテレビを囲む人々。
 祈りの言葉と、
 英語の解説が混ざり合う。

・黎明教団・本部ホール
 天城セラの前で、
 信者たちが一斉に目を閉じる。

「光は、選別します。」

セラの声だけが
暗いホールに響いた。

「“しがみつく心”と、
 “手放す心”を。」

「さあ――この瞬間、
 あなたはどちらの側に
 立っていますか。」



《NASA/PDCO オペレーションルーム》

〈T-5〉
〈T-4〉
〈T-3〉
〈T-2〉
〈T-1〉

「……IMPACT。」

スクリーンの中央で、
オメガの表面が
一瞬だけ白く弾けた。

続いて、
画面がノイズで埋め尽くされる。

「シグナルロスト、想定どおり。」

「テレメトリ、最終フレーム受信。」

「衝突角度、データ入ります。」

室内には、
歓声でも悲鳴でもない
奇妙な沈黙が落ちた。

誰もが、
自分のモニターに
釘付けになっていた。

アンナが
隣のオペレーターに問いかける。

「GNC(誘導・航法・制御)の
 最終ログは?」

「ここです。」

画面には、
数字の羅列とともに
アストレアAの姿勢と速度が記録されている。

「……命中は、した。」

アンナは
スクリーンに映る
オメガのシミュレーションモデルを見上げる。

「問題は、
 “どれくらい押せたか”。」

巨大スクリーンの別ウィンドウに、
軌道解析用のソフトが立ち上がる。

“CNEOS / JPL”
のロゴ。

世界中の視線が
“次の数字”を待っていた。



《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/管制室》

JAXAのモニターにも、
一瞬遅れて
同じ白い閃光が映る。

「……当たった。」

若手職員が
思わず漏らす。

白鳥レイナは
すぐに隣の席に指示を飛ばした。

「IAWNからの速報は?」

「来ています。
 “IMPACT CONFIRMED”
 “破片の分裂が観測されている可能性”と。」

「美星スペースガードセンターからの
 初期観測も、
 “オメガの光度変化”を
 報告しています。」

レイナは
メモ帳を開き、
太字で二行書いた。

〈IMPACT:成功
 → 本体、分裂〉

「問題は――」

彼女は
自分の手がわずかに震えていることに
気づきながら言った。

「分裂した“どれがどこへ向かうか”。」

「“小さくなったから安心”なんて
 絶対に言えない。」

背後のモニターには、
“JAXA×NASA×ESA 共同ブリーフィングまで 01:00:00”
とカウントダウンが出ていた。



《世界各地・歓声と沈黙》

・パリの広場
 “光った!”
 誰かの叫びに、
 拍手と歓声が起きる。

・日本・リビングルーム
 家族三人、
 固唾を飲んで画面を見つめる。
 父親が小さく「やったか……?」と呟く。

・ブラジル・海辺のバー
 大きなテレビの前で
 ビール片手に叫ぶ若者たち。
 “GO, ASTREA!”
 “人類のホームランだ!”

・黎明教団・本部ホール
 天城セラは目を閉じたまま
 微笑んでいる。

「……今、
 この世界は
 “自分たちの矢”に歓声を上げています。」

「けれど、
 宇宙の物語は
 そんなに単純ではありません。」

「光は、まだ
 私たちを試し続けるでしょう。」



《一時間後/共同ブリーフィング》

各局の特番画面が、
一斉に同じ映像へ切り替わる。

“NASA・JAXA・ESA
 共同記者会見 LIVE”

壇上には三人。
NASA代表としてアンナ・ロウエル、
ESAのミッション責任者、
そしてJAXAを代表して白鳥レイナ。

背後のスクリーンには、
最新のオメガ軌道図と
“破片”と書かれたマーカーが
表示されている。

マイクの前に立ち、
最初に口を開いたのはアンナだった。

「まず、結論からお伝えします。」

「アストレアAは
 予定どおりオメガに命中しました。」

「その結果、オメガ本体は
 大きく二つの破片に分裂しています。」

スクリーンに、
220メートル級の球が
二つに割れる図が映る。

片方には
“Fragment A(約100m級)”、
もう片方には
“Fragment B(約120m級)”
の文字。

「Fragment A――
 直径約100メートルの破片は、」

「アストレアAが与えた“押し”によって
 地球軌道から外れる軌道に
 入ったと考えられます。」

「これは、
 非常に良いニュースです。」

一瞬だけ、
会場に安堵の空気が流れる。

だがアンナの声は
すぐに引き締まった。

「一方で、
 Fragment B――
 直径約120メートルの破片は、」

「依然として
 地球に接近する軌道上にあります。」

会場の空気が
一気に張り詰める。

アンナは
スクリーンを指し示した。

「オリジナルの220メートル級オメガと比べれば、
 そのサイズは約半分になりました。」

「それでも、
 都市一つを壊滅させるには
 十分すぎるエネルギーを
 持っています。」

「衝突確率については、
 現在CNEOSと各国機関で
 再計算中です。」

「現時点でお伝えできるのは、」

「“リスクは小さくなったが、
 決してゼロにはなっていない”
 ということです。」

続いて、
白鳥レイナがマイクの前に立つ。

「日本のJAXA/ISASとしても、
 この結果を重く受け止めています。」

「美星スペースガードセンターを含む
 国内外の観測網――
 IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)と連携しながら、」

「Fragment Bの軌道を
 継続的に追跡していきます。」

彼女は一度、
深く息を吸った。

「同時に、
 日本主導の第二のインパクター――
 “ツクヨミ”計画を、」

「“保険”ではなく
 “本気の第二の矢”として
 前倒しで準備を進めます。」

「どうか覚えていてください。」

「今日のアストレアAは、
 プラネタリーディフェンス――
 “地球防衛”の
 最初の実戦に過ぎません。」

「私たちの仕事は、
 ここで終わりではなく、
 ここから始まります。」

記者の一人が手を挙げる。

「Fragment Bの
 “落下地点の候補”は?」

アンナとレイナは
一瞬だけ目を合わせた。

アンナが答える。

「現時点では、
 “北太平洋から東アジア地域の
 いずれか”という
 非常に広い範囲でしか
 お伝えできません。」

「特定の国や地域名を
 この段階で挙げることは、」

「誤解と不要なパニックを
 生むだけです。」

「ただ――」

アンナは、
ほんのわずか声を落とした。

「“誰かの頭上”に
 落ちてくる可能性が
 残っていることだけは、
 誤魔化しません。」



《総理官邸・執務室》

共同会見を見終え、
サクラはソファに深く座り込んだ。

藤原が
淡々と要約する。

「……オメガ本体の220メートル級は消滅。」

「代わりに120メートル級の破片が
 地球接近軌道上に残存。」

「“北太平洋~東アジア”という範囲は、
 日本を含むと見ていいでしょう。」

白鳥レイナが、
資料を抱えたまま言った。

「まだ“ここです”と
 言える段階ではありません。」

「でも、
 “日本が他人事ではない”ことは、
 私たちが一番よく分かっています。」

サクラは
天井を見上げた。

(人類の矢は、
 たしかに届いた。)

(でも、
 “外れた破片”の一つが――)

(もしかしたら、
 この国に向かっているかもしれない。)

「……国民には、
 どう伝えるべきか。」

中園広報官が
メモを握りしめながら答える。

「“今日は部分的な成功です”と。」

「“最悪のシナリオは回避されたが、
 “危険は続いている”と。」

「その上で――」

サクラは、
ゆっくりと言った。

「“ここからが
 本当に恐怖と向き合う時間だ”と。」

「“今日の拍手で
 全部を終わりにしないでください”と。」

窓の外、
東京の夜空には
何も見えない。

ただ、
どこか遠くの宇宙で
一つの岩が割れ、
その半分が
まだこちらへ向かっている。



Day36。
オメガ予測落下日まで36日。

人類の矢・アストレアAは
たしかに標的を捉え、
オメガを二つに割った。

そのうちの一つ――
直径約100メートルの破片は
地球を逸れつつある。

だがもう一つ――
直径約120メートルの破片は、
なお地球へ。

歓声と、
言葉にならない沈黙のなかで、
新しいカウントダウンが
静かに進み始めていた。



本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...