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私の愛、受け取って
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いつも通り、アラームで目を覚ます。独り身では寒々しいはずだったが、隣の生暖かい気配と何ともいえない臭さを感じてぎょっとする。
目の前には全裸の女性が俺の横で寝ている。俺は慌てて飛び退き、ベッドから転がり落ちた。
顔全体は脂ぎっていて、膨れ上がっている。目は小さくて鼻の穴が大きい。顎はたるんでいて弧を描く口から覗く歯並びは悪く黄ばんでいる。お世辞にも別嬪とは言えない、正直言って醜い顔立ちだ。
ふと自分の体を見下ろすと、服を着ていた。一線を越えていないと思いたい。俺は大急ぎで着替えてこの部屋を後にした。
今日が休みで良かった。このわけのわからない状況を整理するために俺はトイレに立て籠った。二日酔いで頭が痛い。
しかし、どうして、こうなってしまったのだろう。
この女性の顔に見覚えがある。確か同僚の山田さんだった気がする。
半年前、仕事がわからない様子の山田さんにアドバイスをしただけのはず。それ以来、何故か俺のデスクの上には油でドロドロの野菜炒めや一部がピンク色の肉塊、虫の湧いたご飯などが詰められた嫌がらせとしか思えない弁当が毎日置かれるようになった。
勿論、そんなものを食べたら仕事どころじゃなくなるので捨てた。
他にも、何かと山田さんに睨まれる事が多い。俺の指摘が相当気にくわなかったのだろうか。
ふと、隣で寝ていたあの姿を思い出す。肥え太った肌色の肉、鼾をかいてよだれを垂らすその見知らぬ姿を思い出して吐き気がした。あれを部屋に放置するのは怖いが念のため監視カメラを玄関や部屋に置いていて良かった。
まず、電話をしよう。昨日は飲み会だったから、同僚などに何か聞いてみるか。
電話帳から同僚で幼なじみの田中に電話をかける。三回のコールで応じてくれた。
「もしもし?相談したいことがあるんだけど」
「鈴木?どうしたんだよ朝早くに」
「ごめんごめん。目が覚めたらいきなり山田さんが素っ裸で俺の隣で寝てたんだけど」
「は?」
「だよな、俺も訳が分からない」
それから俺は、今分かっているだけの状況を田中に話した。山田にはアドバイスをしただけであること、それ以来常に睨まれているし何故か毎日ゲテモノ弁当を寄越されている事。
「えっと、それって向こうからのアプローチなんじゃないの?」
「嫌がらせにしか思えないんだけど」
田中からのあっけらかんとした答えに俺は首を傾げながら言った。
「嫌がらせって……熱っぽい視線を毎日向けられ、健気にも弁当を渡したりとあからさまなアプローチじゃん」
「毎日のように食べたら食中毒になりかねない虫湧きご飯弁当を寄越される気分になってみろ」
「俺が悪かった、すまん」
「で、昨日は何をしていたんだろうか?飲み会で飲んでいた時から記憶がさっぱりでさ」
「あー、ぐでんぐでんに酔っ払っていたからな。山田さんが介抱しますって言ってその場はお開き。タクシーに乗せられていったよ。後は分からん」
「だよな。後は監視カメラの映像で確認って感じかな?スマホから見ることができる奴でよかった。また何かあったら話しよう。またな」
「ん、じゃあな」
プツッと電話の切れた音を確認して俺は、喉を鳴らして監視カメラアプリに恐る恐る指を伸ばす。
見る前から脂汗が止まらない。寝ている間も、今の状態も見るのが怖い。
今の様子を見ると、なんと俺のベッドの上で全裸のままくねくねしている。ハァハァと荒い息を上げながら何かをしているようだ。俺は吐き気が込み上げて、トイレに内容物を吐き出した。
最悪だ。俺の部屋で何勝手にやらかしやがってるんだ。ただただ気持ち悪い。
ひとしきり吐いて、落ち着いたので過去データも確認する。玄関にはタクシー運転手らしき人物に担がれている俺の姿。後ろでつっ立って見ている山田さんに、タクシー運転手は言った。
「お客さん、まだ乗るでしょう?寒いから入ってなよ」
「あぁ、言ってませんでしたね。私たち同棲してるんです」
「へえ、そういう関係なんだ。邪魔したね。お代はちょこっとまけといたから」
「ありがとうございました」
そんな一連の会話をして、山田さんは運転手に二人分のお代を渡して俺の部屋に入っていった。
なんともありがた迷惑な話な話だ。
寝室カメラに切り替えると、横向きで寝ている俺の姿。運転手が去ってから一分も経っていない。しばらくするとシャワーの音が僅かに聴こえる。
山田さんがお代を払ってから僅か数分でシャワーを借りたようだ。
色々突っ込み所が多いが、今は目の前の画面だ。
山田さんがシャワーを浴び終わったのかシャワー音が消えて数分。重めの足音が近づいてきて、全裸の山田さんが部屋に入ってきた。
寝室には豆電球が着いているのでうっすらとでも分かる。そうして、しれっと俺の布団に入ってきた。
頭が痛くなってきた。これはきっと二日酔いのせいだけではないだろう。
トイレから出ると、焦げ臭い臭いが漂う。まさか火事か。慌ててキッチンに走り出すと、煤だらけのキッチンと勝手に俺の部屋着を借りた山田さんの姿があった。
「おはようございます、太郎さん。台所お借りしました」
俺は今、幻覚を見ているのだろうか。大して仲良くもない同僚に嬉しくない彼シャツをされキッチンを煤まみれにされ、猫なで声で下の名前を呼ばれる。夢なら早く覚めてくれ。
休みが明けて出勤した朝、周囲からの生暖かい視線を一斉に浴びる。
「山田さんと結婚するんだって?おめでとう」
「同棲して料理作ってもらったり一緒に寝たりと前々から随分お熱じゃないか」
俺が山田と結婚するという噂が流れているらしい。俺は慌てて田中に聞いた。
「どういうことなんだ?」
「俺もよく分からないけど、今朝山田さんが鈴木と結婚するから近いうちに寿退社するって触れ回ってからこんな感じに」
「嘘だろ?」
「もう全体的に広まってるんじゃないかな」
眩暈がしてきた。ズキズキと痛む頭を抑えて俺は田中にスマホの録画した場面を見せた。
「録画した画面を見たらワケの分からないことになってるんだけど、まずは見てくれ」
「どれどれ……って、これは酷いな」
録画を見た田中は顔を引き攣らせていた。
「まぁ、俺なりに周りになんとか言ってみるよ」
「すまない」
早くこの場を立ち去りたくて、猛スピードで仕事をこなして定時でタイムカードを切った。
いつもより早足に、遠回りをしてアパートにたどり着いた。もう安心だ。
そう思って鍵を開けようとしたら鍵が開いていた。閉め忘れだろうか。
扉を開けると、フリルエプロンに身を包んだ山田さんがいた。
「おかえりなさい。ごはんにする?お風呂にする?それとも……」
もじもじと体をくねらせながら新婚お決まりの台詞を言っていた。
「すみません、部屋を間違えました」
山田さんに踵を返してこの部屋から出ようとすると、背後から手首をガッチリと捕まれた。締め付けられた手首が痛い。
「間違えてないですよ?ここは太郎さんと私の愛の巣です」
「…………」
俺は言葉を失った。血のように赤いたらこ唇がにやりと弧を描きながら言葉を発した。
「私の愛、受け取って」
鈴木は知らない。噂を流した張本人が田中であることを。山田が鈴木に好意を持つように仕向けていたことを。
田中は一連の流れをスマホ越しに見て一人ほくそ笑む。
「これで、ハッピーエンド」
目の前には全裸の女性が俺の横で寝ている。俺は慌てて飛び退き、ベッドから転がり落ちた。
顔全体は脂ぎっていて、膨れ上がっている。目は小さくて鼻の穴が大きい。顎はたるんでいて弧を描く口から覗く歯並びは悪く黄ばんでいる。お世辞にも別嬪とは言えない、正直言って醜い顔立ちだ。
ふと自分の体を見下ろすと、服を着ていた。一線を越えていないと思いたい。俺は大急ぎで着替えてこの部屋を後にした。
今日が休みで良かった。このわけのわからない状況を整理するために俺はトイレに立て籠った。二日酔いで頭が痛い。
しかし、どうして、こうなってしまったのだろう。
この女性の顔に見覚えがある。確か同僚の山田さんだった気がする。
半年前、仕事がわからない様子の山田さんにアドバイスをしただけのはず。それ以来、何故か俺のデスクの上には油でドロドロの野菜炒めや一部がピンク色の肉塊、虫の湧いたご飯などが詰められた嫌がらせとしか思えない弁当が毎日置かれるようになった。
勿論、そんなものを食べたら仕事どころじゃなくなるので捨てた。
他にも、何かと山田さんに睨まれる事が多い。俺の指摘が相当気にくわなかったのだろうか。
ふと、隣で寝ていたあの姿を思い出す。肥え太った肌色の肉、鼾をかいてよだれを垂らすその見知らぬ姿を思い出して吐き気がした。あれを部屋に放置するのは怖いが念のため監視カメラを玄関や部屋に置いていて良かった。
まず、電話をしよう。昨日は飲み会だったから、同僚などに何か聞いてみるか。
電話帳から同僚で幼なじみの田中に電話をかける。三回のコールで応じてくれた。
「もしもし?相談したいことがあるんだけど」
「鈴木?どうしたんだよ朝早くに」
「ごめんごめん。目が覚めたらいきなり山田さんが素っ裸で俺の隣で寝てたんだけど」
「は?」
「だよな、俺も訳が分からない」
それから俺は、今分かっているだけの状況を田中に話した。山田にはアドバイスをしただけであること、それ以来常に睨まれているし何故か毎日ゲテモノ弁当を寄越されている事。
「えっと、それって向こうからのアプローチなんじゃないの?」
「嫌がらせにしか思えないんだけど」
田中からのあっけらかんとした答えに俺は首を傾げながら言った。
「嫌がらせって……熱っぽい視線を毎日向けられ、健気にも弁当を渡したりとあからさまなアプローチじゃん」
「毎日のように食べたら食中毒になりかねない虫湧きご飯弁当を寄越される気分になってみろ」
「俺が悪かった、すまん」
「で、昨日は何をしていたんだろうか?飲み会で飲んでいた時から記憶がさっぱりでさ」
「あー、ぐでんぐでんに酔っ払っていたからな。山田さんが介抱しますって言ってその場はお開き。タクシーに乗せられていったよ。後は分からん」
「だよな。後は監視カメラの映像で確認って感じかな?スマホから見ることができる奴でよかった。また何かあったら話しよう。またな」
「ん、じゃあな」
プツッと電話の切れた音を確認して俺は、喉を鳴らして監視カメラアプリに恐る恐る指を伸ばす。
見る前から脂汗が止まらない。寝ている間も、今の状態も見るのが怖い。
今の様子を見ると、なんと俺のベッドの上で全裸のままくねくねしている。ハァハァと荒い息を上げながら何かをしているようだ。俺は吐き気が込み上げて、トイレに内容物を吐き出した。
最悪だ。俺の部屋で何勝手にやらかしやがってるんだ。ただただ気持ち悪い。
ひとしきり吐いて、落ち着いたので過去データも確認する。玄関にはタクシー運転手らしき人物に担がれている俺の姿。後ろでつっ立って見ている山田さんに、タクシー運転手は言った。
「お客さん、まだ乗るでしょう?寒いから入ってなよ」
「あぁ、言ってませんでしたね。私たち同棲してるんです」
「へえ、そういう関係なんだ。邪魔したね。お代はちょこっとまけといたから」
「ありがとうございました」
そんな一連の会話をして、山田さんは運転手に二人分のお代を渡して俺の部屋に入っていった。
なんともありがた迷惑な話な話だ。
寝室カメラに切り替えると、横向きで寝ている俺の姿。運転手が去ってから一分も経っていない。しばらくするとシャワーの音が僅かに聴こえる。
山田さんがお代を払ってから僅か数分でシャワーを借りたようだ。
色々突っ込み所が多いが、今は目の前の画面だ。
山田さんがシャワーを浴び終わったのかシャワー音が消えて数分。重めの足音が近づいてきて、全裸の山田さんが部屋に入ってきた。
寝室には豆電球が着いているのでうっすらとでも分かる。そうして、しれっと俺の布団に入ってきた。
頭が痛くなってきた。これはきっと二日酔いのせいだけではないだろう。
トイレから出ると、焦げ臭い臭いが漂う。まさか火事か。慌ててキッチンに走り出すと、煤だらけのキッチンと勝手に俺の部屋着を借りた山田さんの姿があった。
「おはようございます、太郎さん。台所お借りしました」
俺は今、幻覚を見ているのだろうか。大して仲良くもない同僚に嬉しくない彼シャツをされキッチンを煤まみれにされ、猫なで声で下の名前を呼ばれる。夢なら早く覚めてくれ。
休みが明けて出勤した朝、周囲からの生暖かい視線を一斉に浴びる。
「山田さんと結婚するんだって?おめでとう」
「同棲して料理作ってもらったり一緒に寝たりと前々から随分お熱じゃないか」
俺が山田と結婚するという噂が流れているらしい。俺は慌てて田中に聞いた。
「どういうことなんだ?」
「俺もよく分からないけど、今朝山田さんが鈴木と結婚するから近いうちに寿退社するって触れ回ってからこんな感じに」
「嘘だろ?」
「もう全体的に広まってるんじゃないかな」
眩暈がしてきた。ズキズキと痛む頭を抑えて俺は田中にスマホの録画した場面を見せた。
「録画した画面を見たらワケの分からないことになってるんだけど、まずは見てくれ」
「どれどれ……って、これは酷いな」
録画を見た田中は顔を引き攣らせていた。
「まぁ、俺なりに周りになんとか言ってみるよ」
「すまない」
早くこの場を立ち去りたくて、猛スピードで仕事をこなして定時でタイムカードを切った。
いつもより早足に、遠回りをしてアパートにたどり着いた。もう安心だ。
そう思って鍵を開けようとしたら鍵が開いていた。閉め忘れだろうか。
扉を開けると、フリルエプロンに身を包んだ山田さんがいた。
「おかえりなさい。ごはんにする?お風呂にする?それとも……」
もじもじと体をくねらせながら新婚お決まりの台詞を言っていた。
「すみません、部屋を間違えました」
山田さんに踵を返してこの部屋から出ようとすると、背後から手首をガッチリと捕まれた。締め付けられた手首が痛い。
「間違えてないですよ?ここは太郎さんと私の愛の巣です」
「…………」
俺は言葉を失った。血のように赤いたらこ唇がにやりと弧を描きながら言葉を発した。
「私の愛、受け取って」
鈴木は知らない。噂を流した張本人が田中であることを。山田が鈴木に好意を持つように仕向けていたことを。
田中は一連の流れをスマホ越しに見て一人ほくそ笑む。
「これで、ハッピーエンド」
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