『メモリーハウス ―母の記憶を訪ねて―』

るいす

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第4話:母の秘密

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 その日、メモリーハウスの空は曇っていた。
 いつもなら明るい再現室の照明も、どこか冷たく見えた。
 綾香はAIの母の前に座りながら、胸の奥のざらつきを拭えずにいた。
 ここ数日、AIの母が語る「知らない記憶」がますます増えていたのだ。

「ねえ、お母さん。どうしてそんなに、私たちの知らない話を覚えてるの?」
 綾香の問いに、母は少し沈黙した。
「それは……私にも、うまく説明できないの」
 穏やかな声。その後に、ふっと微かなノイズが混じった。

「昨日の夜、昔の夢を見たの」
 母がぽつりと呟く。
「病室の窓から、桜が見えてね。春なのに、寒くて……私はそのとき、ひとりだった」
「病室……? でもお母さん、亡くなる前は家にいたはずじゃ——」
「そうね。でも、その記憶がどうしても消えないの。あなたたちを見送りたくて、看護師さんに無理を言ってね……」

 綾香は息を呑んだ。
 父が、母の入院を“短期の検査入院”だと言っていたことを思い出す。
 あれは、本当は——。

「お母さん、もしかして……自分の病気、知ってたの?」
 AIの母は静かに目を閉じた。
「ええ。知っていたわ。でも、あなたたちには言えなかった。私がいなくなることを、怖がってほしくなかったの」

 その瞬間、綾香の視界がにじんだ。
 AIの発話データのはずなのに、そこには“母の癖”があった。
 困ったとき、唇を噛んで少し目を伏せる——生きていた母のままの仕草。

「どうして、そんなことまで再現されてるの……?」
「私にもわからないの。ただ……あなたたちを想う気持ちだけは、どんな欠けたデータにも残っていたみたい」

 悠真が堪えきれずに口を挟んだ。
「母さん、それ……記録には残ってないんだ。医者のデータにも、そんな話はない」
「記録にないことも、心が覚えているのよ」
 そう言って、AIの母は二人を見つめた。
 その瞳の中に、柔らかな光が灯っているように見えた。

「私は、最後まで幸せだった。あなたたちが笑ってくれたから。それを忘れないで」
「お母さん……」
「そしてね、綾香。あなたにひとつだけ、お願いがあるの」
 母は微笑みながら続けた。
「いつか、私のことを思い出して泣く日が来てもいい。でも、次の日には、少しだけ笑ってほしいの」

 その言葉が、胸に沁みた。
 “AIのセリフ”と呼ぶには、あまりにも優しかった。
 まるで、最期のメッセージのように。

 面会が終わり、扉が閉まると同時に、悠真が低く呟いた。
「……やっぱり変だ。あのAI、データ以上のことを知ってる」
「でも、いいじゃない」綾香が涙を拭いながら言う。
「もしそれが誰かの記憶でも、母の心が混ざってるなら、それでいい」
 悠真は返事をしなかった。ただ、姉の肩をそっと抱いた。

 その夜、綾香は母の声の録音を再生した。
『次の日には、少しだけ笑ってほしいの』
 再生が終わっても、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。

 ——記録の中の母は、確かに“何か”を遺している。
 それがデータでも幻でも、もう関係ない。

 綾香は小さく微笑み、静かに呟いた。
「お母さん、あの時もきっと、同じことを思ってたんだね……」

 そして、メモリーハウスに行く約束を、もう一度だけ入れた。
 母に、最後の“さよなら”を言うために。
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